ゆっくりいじめ系257 ほほえみの村_1

微笑みの村

(1.ゆっくり旅立ってね!)

 すべてのゆっくりが幸せに暮らせる場所があるという。
 そこには外敵がおらず、善良なゆっくりたちが集うゆっくりの楽園。そこでは捕食種さえゆっくりに危害を加えることなく、
ゆっくりたちと同じものを食べて共存しているらしい。
 満ち足りた日々に、住民の微笑みは絶えることはない。
 いつしか、その村は憧憬をこめて「微笑みの村」と呼ばれるようになっていた。
 ゆっくりまりさ一家がそんな桃源郷の噂を聞いたのはたった今、隣のれいむ一家の引越しの挨拶の折だった。
「ここじゃゆっくりできないから、ほほえみの村目指して旅立つね!」
 三日前、外敵に子供を四匹を奪われ、残る三匹の子供を連れたれいむ一家。昨日まで泣きはらした真っ赤な目をにこすりながら、
まりさ一家と別れを惜しむ母れいむ。
 お互い励ましあって厳冬を乗り切ったことある間柄だけに、送り出す母まりさの目も悲しげだ。
 そんな親たちの様子を遠巻きに見ていた母まりさの子供たち。その九番目の子供、まだ人間の握りこぶし大の末っ子が、遊び相手の
旅支度に興味を引かれてとてとてと走ってくる。
「どこいくの!?」
「西だよ! こっから七日ぐらい西に行くとね、いつまでもゆっくりできる場所があるんだよ!」
「ゆっ! ほんと!」
 末っ子まりさは目を輝かせる。
 れいむ一家が半壊して以来で、この地域のゆっくりは誰一匹としてゆっくりできていない。
 手早く餌をかきこみ、周囲に怯えながら這うように家に帰る毎日。
 どれだけきれいにお花が咲き誇っても、水浴びを誘う清浄な小川が流れていようと、見とれたりのんびりできない。すぐに母親に
叱られ、口に飲み込まれて強制的に穴倉の中へ。末っ子まりさはそれがいやだった。9匹の大家族で、姉たちはほとんどが一人前に
近い大きさ。おうちは常にぎゅうぎゅうだ。すし詰めの息苦しさに比べて、草木香る春風の草原はどれだけゆっくりできることか。
「いいな! まりさもゆっくりできる場所にいきたい!」
 新緑の草原に寝転んだ自分を想像してよだれをたらす末っ子まりさを、れいむ一家は微笑ましそうに見つめる。
 母ゆっくりれいむだけが、末っ子まりさから、その親へ視線を戻していた。
「まりさもいっしょにいこうよ! そこって、れいむたちを食べる子がいないみたいし、みんな幸せに暮らせる場所なんだって! 
他所から来た人もすぐ受け入れてくれるんだよ!」
 希望に目をキラキラさせて、れいむはまりさとその家族を誘う。
 れいむに残された三匹の子供たちもぴょんぴょん跳ねて賛同を促していた。
 でも、母まりさは渋い顔。
 それは、たくさんの子供を抱えるまりさ一家では飲めない提案だった。
「ゆー……うちは子供が多いから、移動がたいへんだよ! 家族の少ないれいむたちが羨ましいね!」
 その返事に母れいむの表情がこわばる。
 好きで減らしたしたわけでもないだけに、その言い草が気に障っていた。
 だから、母れいむもそれ以上、その話題を続けなかった。
 自分たちが何に襲われ、何に気をつければいいのか。そんな大切な情報を教える気が消えうせてしまったゆっくりれいむ。
「気が向いたらまりさもきてね!」
 お義理に言い残して、まりさと別れていく。

 れいむが旅立ったとなれば、当然れいむの巣穴は空いていた。
 ゆっくりまりさの当面の不満は、自らの住居がれいむの巣穴に比べて狭いこと。
 れいむとの別れから三日がすぎてそのことに思い至り、母まりさは主を無くした巣穴に別の種が住み着いていないか確認に行く。
 子供たちは、遊びにいった時に見知っていたれいむ一家の巣穴がもう自分たちのものになると決めつけて、この部屋は誰の部屋だ
なんだのとわいわいと話し合っていた。
 結果として、それは無駄な会議となることも知らずに。
 れいむ邸に残された、れいむたちが持っていけなかった分の食料。母まりさがそれに舌鼓をうっているうちに、事態は取り返しの
つかない方向に流れていく。
 姉妹みんな、それぞれの部屋を持とうね笑いあっていた巣穴の中に、突然の疾風。
 吹き込むのならば、まりさたちも経験がある。
 だが、吸い出されるのは初めて。
 入り口から激しく吸い上げる力に引かれ、ころころと転がりだす子まりさたち。
「ゆー、おもしろーい♪」
「らくちーん♪」
 状況判断をあっさりと放棄して、きゃいきゃい騒ぎ、喜びだす。
 れみりゃや他の捕食種の侵入を防ぐため、小さな出入り口とそこへつながる通路。そんな、ちょうどゆっくり一匹分の広さの通路に
到着順に一列に並んでいく。
「ゆっ! まりさがいちばーん!」
 未知の力で吸い上げられているのに、誇らしげなゆっくりまりさ。
 部屋の奥で遊んでいた子ありさと、末っ子まりさの2匹を除く6匹が数珠繋ぎなって、不思議な現象に無邪気なはしゃぎ声。
「次はまりさがいちばんだよ!」
 ぷううと膨れる他のまりさ姉妹が思い思いに散ろうとしたその瞬間だった。
 風の音がごううううと洞窟に轟くなり、比べ物にならない暴風がゆっくりまりさ姉妹を襲った。
 まりさたちの帽子が一瞬で吹き飛び、吸い込まれていく。
 同時に砂埃や住処に拾い萃めたゆっくりたちの宝物、家族9匹を養うための食料。巣穴のあらゆるものが外に吸い出されて消えていく。
 子まりさ自身も同じだった。
 吸い上げられ、すべる体。異変に気づいて踏ん張ろうとしても、土に食い込ませた体がその浮いた土ごと引き寄せられる。
 圧倒的な力。
 砂埃舞う暴風に目をしかめていた子まりさたち。そのうち一匹が、顔を真っ赤にして何とか目を薄く開く。
 そして、見た。今日は快晴で青空が広がっているはずの出口。だが、今は真っ赤にてらてらと光る何かに、入り口をすべてが
覆われていた。そしてその奥で揺れるのどちんこに、今か今かと子ゆっくりを待ち受け蠢く舌。
 それは、ゆっくりゆゆこの口腔だった。
 体つきこそ母まりさと同じか少し小さいぐらいだが、自分より体積の大きな2m級ゆっくりですら飲み込んでしまう食欲の魔王。
 それが今、ゆっくり一家の声を聞きつけて、巣穴の中身すべてを丸呑みしようと吸い上げ始めたのだ。
 ゆっくり子まりさたちは、自らをひきつける暴風の意味をようやく悟った。
 だが、すでに事態は手遅れとなりつつある。 
「ゆぎいいいいい! 吸い込まれるうううう!!!」
 ゆゆこの咽というシュワルツシルト半径が及ぼす引力圏にとらわれ、ずりずりと引き込まれていくゆっくりまりさたち。
 ゆっくりまりさのゆっくりした歩行速度では、脱出速度には到底達していない。
「やめでええええええええ、だずげでえええええええ!」
 ゆゆこの口という事象の地平線にみるみる近づいていく先頭のゆっくりまりさ。
 一列に規則正しく縦に並んでゆゆこのもとへ。
「おがあぢゃあああああああん!!!」
 岩に体をこすりつけて母の名を叫んで奇跡を願うが、そこの母まりさはれいむの巣穴の中。子供用にとっておこうとしたもう一山の
食料を、ついついつまみ食いしている最中だった。
 まりさたちが待ち望む、ゆゆこを後ろから跳ね飛ばして颯爽と登場する母の姿。
 しかし、引き寄せられる体はそれまでもたないとばかりに、ぎりぎりと悲鳴を上げている。
 ゆゆこのそばへ行くほど、さらに強烈になっていく吸引力。
 先頭のまりさがこぼす涙も、流れた先からゆゆこの口の中に消えていった。
「おねえぢゃん! まりざをだずげでええええええええ!」
 もう、自分の力だけでは限界だと、後ろに控える姉まりさの髪をかみしめる最前列のまりさ。
「いだいいいいいいい! やめでええええ! ひっばらないでへえええええええええ!!!」
 後ろから妹にまで引っ張られて、姉ゆっくりも半狂乱。
「まりさをはやくひっぱってね!」
 自分だけが二匹分を支えるのは不公平だと、さらに前のまりさの髪をかむ。
 無論、そう考えるのはその二匹だけではない。
 その動きはとうとう最後尾のまりさにまえ伝わった。最後尾のまりさの後ろ髪を引く、五体分の重み。
「おへーはん、ひっはってええええええ!」
 五匹とも、口々に最後尾のまりさに嘆願する。
 姉妹すべての救出を勝手に託されて、最後尾のまりさは一切の身動きが封じられた。
「やめでえええええ! じにだぐないいいいいい、はなぜえええええええええ!!!」
 六体が並んだことで前のまりさが風よけになり、こそこそ逃げるタイミングをはかっていた最後尾まりさ。
 だが、ぎりぎりとかみ締める姉妹の歯の力によって、いつのまにやら一蓮托生。
「お願いいいい! はなじでよおおおおおおおおお!」
 生憎、噛み付く姉妹は狂乱の最中。最後尾まりさの嘆願を無視して、かみ締める力をひたすらに高めていた。かすかにあった二、三匹の
犠牲で終わる可能性は、完全にここに費える。
 こうして、ゆっくりまりさ8姉妹のうち、6匹分の運命は決した。
「ひぎぎぎぎぎ!」
 背中を吸い込もうとする凄まじい吸引に耐えていた最後尾のゆっくりまりさ。
 抵抗の終わりを遂げたのは、くぐもったびりりという破裂音。
 なぜか、突然体が軽くなった。
「ゆぐうううう!」
 後ろに視線を向けて驚愕する。
 風圧によって、自らの背中に裂け目が生じていた。
 最初は5cmほど一直線の切れ目、そこからぽとぽとと餡子が吸い込まれていく。止まってえええと声ならぬ悲鳴を上げるが、
望みはかなわなかった。
 びりりりりと裂け目が広がっていく。
 餡子が消えていくすさまじい喪失感。
 一呼吸する間にもぽろぽろと勢いはとまらない。
 自分の体が半分になったのを朦朧とした意識で感じながら、みるみるしぼんでいくゆっくりまりさ。
 やがて餡子がすべて抜け落ち、目玉までも吸い込まれた状態でびくんびくんと震えるまりさの体。かろうじて強くかみしめた歯だけが
残っていたが、やがてかまりさの皮も何もかもがゆゆこの口に吸い込まれて消えていった。
 そのまりさに噛み付かれていたまりさは、後ろから噛み付くまりさの消失に心底ほっとする。
 だが、最後尾にいたまりさがかみ締めて自らの後頭部に裂傷が生じていたことを、最後尾まりさの知らなかった。自分に、同じ運命が
待ち受けていることも。
 ぶぼっと、くぐもった音がしたかと瞬間、まりさの餡子の半分が、塊となって地面を転がっていく。
 ふわりと浮き上がり、ゆゆこの口へ。
 同時に、密度の少なくなった体に改めてゆゆこの吸引が襲い掛かる。
 餡子の抜けたからだで、ひょろひょろと浮き上がるまりさ。
「ゆゆゆーっ! なんでまりさ、おそらとんでいるのおおおおおお!!!」
 叫んだのがまずかった。
 姉の髪という命綱を放して、今度こそ完璧にテイクオフ。何者にもとらわれることなく中空へ。
 かつて赤子の頃、母親の体から飛び降りた頃の、あの初めての浮遊感を思い出していた。
「わーい、おそらをとんできゃふうぅぅぅ……」
 あどけない声も遠くなり、唐突に途絶れる。
 子まりさは、ほのかな笑顔のままゆゆこの口に消えていった。
「おねえざああああん!」
 かろうじて奥に逃れた二匹の呼び声も、続けざまの悲鳴にかきけされていた。
「まっ、まりざのがわが、ながみがああああああああ! いやだああああ、いぎだくないいいいいいい!!!」
 ずるずると、犠牲者の位置まで引き寄せられていく3匹目の声。
 後続の子まりさたちを引き連れて、死の暴風圏に到達し、同じ運命をたどる。
 3匹目、4匹目、5匹目、みんな無慈悲にゆゆこの口に消えていった。
 4匹目からは踏ん張ることに疲れ果てて力なく吸い込まれていき、体が破れることもなかったが、その分生き地獄を味わうことに
なったのかもしれない。
 ゆゆこの口の中に吸い込まれた子まりさは、すさまじい潮汐力で飴のようにねじれ、渦巻きながら細長くのびきってゆゆこの咽の
奥に消えていく。
 その消える瞬間まで、ありえないほどにひしゃげた体の、奇想天外な位置に移動した目で外を見つめる姉妹のうつろな瞳を、
残された二匹の姉妹は生涯忘れることはできないだろう。
 生きたまま棒状となって消えていったまりさ姉妹がどんな光景を見ているのか、恐ろしくて想像もできない巣穴の奥にいる二匹。
「なんでええええええ! だれもだずげでぐれないのおおおおおお……ぉぉ……」
 最後の6匹目の声も遠くなり、「腹八分目~♪ あと九割二分は入るわねえ♪」というゆゆこらしき声が遠ざかるのを聞いて、
恐る恐る姿をあらわすゆっくり姉妹。
 ゆっくり姉妹は、もう二人きりの姉妹となってしまったことを知った。
 姉たち姿も、姉たちの痕跡もない、大切に萃めた姉たちの宝物も何もかも、消えうせて影も形もない。
 二匹だけで静まり返る巣穴。
 あの狂乱もまるで嘘のようで、二匹は夢をみていたのだと思い込もうとした。今にも遊びに行った姉妹たちが帰ってくるのでは
ないか、と。
 淡い期待をだいて待つが、がらんどうの巣穴と過ぎていく時間は、ゆっくりと二匹に現実とその成れの果てを思い知らせていく。
 確信したのは、帰ってくるだろう姉妹を入り口に迎えに出ていた妹まりさがくわえて来た、一つだけ飲み込まれなかった姉まりさの帽子。
「どうじでごんなごどになるのおおおおおおお!!!」
「かくれんぼ、まりさのまげでいいがら、でてぎでええええええ!!!」
 姉妹それぞれの悲嘆に応えるものはなく、ただおいおいと鳴き続ける姉妹。
 深い絶望感に包まれていた。
 また、ここにゆゆこが来るかもという危惧は浮かぶが、もうこの喪失感の最中ではどうでもよくなっていた。
「ゆっくりしていたー?」
 そん折、外から陽気な声が入り込んでくる。
 母ゆっくりまりさだった。
「れーむのおうち、広かったよ! 食べ物はなかったけど、ゆっくりできそう!」
 わざとらしい笑顔で入り口を、先刻、娘たちが泣き叫びながら消えていった道を降りてくる。
 そうして、二匹の有様に惨状を知った。
「どうじでなのおおおおおお! れいむのあがぢゃんがああああああああ、こどもがああああああああ!!!」
 子供たちは母親の慟哭に、本当に姉たちが死んでしまい、もはやどうしようもなくなったことをようやく悟る。
「ひっぐ……おねえぢゃんと……もっど、ゆっぐりじだがっだあああああああ!!!」
 呆然として、流すことすら忘れていた涙が子まりさの頬を幾重にも伝っていく。
 いつしか、親子はお互いの涙をこすりつけあうように一塊となって、ひたすらに泣き喚いていた。

「……もう、ここにはいられないね」
 未だ姉妹がしゃくりあげる声の中、ぽつりとこぼれた母親の言葉。
 子まりさたちは即答できない。中で熱くじんじんと響く悲しみの衝動と、先ほどまでの広い巣穴に家族みんなで暮らす夢から
急転直下の事態に、まだ心が順応できていなかった。
 母まりさ、姉まりさ、末っ子の妹まりさの三匹に、沈黙が降りる。
 が、捕食種に居場所が知られている母まりさには理性が戻ってきたのか、苛立ちの表情。
「ここにいると、ゆっくりできないんだよ!」
 母まりさの瞳には、ゆっくりしすぎて娘たちを失った自責と、残された娘たちだけでも守りたいという新たな信念が燃え上がっている。
 強い口調に頷くしかない子まりさたち。
 末っ子まりさが呟く。
「こんな想いをしなくていい、ゆっくりの楽園にいこうよ……」
 現実から少しでも目を逸らそうというのか、うっとりとした声。
 子まりさの脳裏にあったのは、今日の朝、ゆっくりれいむから聞いた夢の楽園の情景。微笑みの村。
 そんなところ、本当にあるのだろうかと姉と母は内心考える。
 それでもその案はゆっくりまりさ一家に垂らされた蜘蛛の糸。
 糸が切れませんようにと祈りながらすがることしか、生きていく道は残されていなかった。


「ゆっくりいそぐよ!」
 お母さんまりさの声に急き立てられて、生まれ育った我が家を後にする三匹だけのゆっくり一家。
 ほっぺ一杯に集めた家族の分の食料のせいでまん丸に近いお母さん、まるで遠足のようにその母の後ろで跳ね回る妹。
「うん、いってくるからね!」
 ゆっくりお姉さんは最後方。少し大きめの形見の帽子を深めに被って、巣においてきた自分の帽子を眺めている。
 置いていく自分の帽子は、かつてここで暮らしていたその幸福の墓標。
 姉妹の分まで幸せになって、お母さんを助け、幼い妹まりさを守っていかなければならない。
 修羅場を潜り抜けた姉まりさの目には決意がにじんでいた。
「しゅっぱーつ!」
 妹ゆっくりの声に、意を決してもう戻らない道を歩き出すゆっくり一家。
 姉まりさは春先の日差しに導かれるように、新緑まぶしい森の中へ分け入っていく。
 この一歩ごとに、至福にゆっくり生活に近づいていくんだ。
 そう心から信じることで、不安に震える姉ゆっくりを駆り立てていく。
 こうして、一家は藪の向こうに消えていった。



(2.ゆっくりしね!)


 春先の穏やかな季節とはいえ、ゆっくり親子三匹で遠出をするのは無謀以外の何者でもない。
 勝手知ったる我が家の周辺では、ゆっくりたちだけが知る身を隠せる場所がいくらでもある。
 しかし、未知の地形では獣に追われたら近くに避難場所があることを願って一度きりの賭けに挑まなくてはならなかった。
 また、日暮れに旅の疲れを癒せる場所も未知の領域。
 眠っているうちに穴倉の元の主、狐や蛇の類が忍び寄ってきたらもうおしまい。
「ここはまりさたちのおうちだよ!」
 一応はそう主張するだろうが、登記簿謄本の複写を持ってくる人間すらほとんどいないのに、悠長に異議を唱える野生生物が
いるわけがなかった。大抵は、賃貸料としてまりさ一家の体を朝食として回収するだけ。いつもにこにこ現物払いだ。
 そんなことにならないよう、まりさ一家はゆっくりなりに細心の注意払う。
 日が暮れて完全没した午後七時に寝床に入ると、母まりさだけはそのまま眠らず、暗がりの中で草むらを踏む外敵の物音に注意を注ぐ。
強行軍でつかれきった体が欲する眠気を、死んでいった娘たちの姿を思い浮かべて必死にこらえていた。
 午前0時、母ゆっくりの体がぶれて限界に達すると今度は姉まりさの出番。
 午前5時の夜明けの暁を見て母と妹を起こし、再び森の奥へと一列に並んで歩いていく。
 本能に刷り込まれた睡眠欲を耐え抜いての行軍。
 気を抜けばふらふらとゆっくりしたくなる体に鞭うっての苦難の道だった。
 次第に生気がなくなっていくゆっくり一家。最初は張り出す木々の小枝を器用によけていたが、すでに朦朧とした意識でその中を
突っ切っていく。
 ほっぺにざっくりと線を残しながら、その痛みで眠気を振り払って歩みを続ける。
 跳ねて進んでいたのは最初の一日だけ。
 今はずりずりとなめくじの歩み。
 そのあまりの鈍さに、いつになったら村とやらにつけるのだろう。そして、それは本当にあるのだろうかと疑心暗鬼になっていく
まりさ一家。
 それでも、倒れた倒木を越すために頭に妹まりさを乗せ、その上に立たせたときの「引き上げてあげるね、お母さん!」という
無謀な言葉に、思わず微笑んでしまう姉まりさ。
 この子が助かって本当によかった、母まりさと二人きりなら、もう心が折れていたかもしれないと、姉まりさは心から思っていた。
 目の前を雪解け水を集めて急流と化した川が横切っていたときも、途方にくれていた自分と妹れいむに母ゆっくりがセリの一束を
くわえてきてくれて、その青い香りを味わって気を取り直すことができた。
 川伝いに歩いて、人間のかけた丸太橋を見たときは三匹とも感涙に震えて、その幸福を喜びを分かち合う。
 そして運命の七日目、ゆっくりれいむの言葉によればゆっくり村にたどりつく日数。
 同時に、それはゆっくりが旅をできるぎりぎりの日数だった。
 ゆっくり親子三匹はぼろぼろに汚れ、擦り傷のない部分はほとんどない。その上、三匹ともふらふらで、立つのもやっという有様だった。
「ゆっくり……少しずつ進もうね……」
 三匹、体を寄せ合ってお互いが体を支えあうようにして這っていく。
 肌の張りは完全に失われ、皮も垂れ下がり気味。表情は痛みと苦しみと空腹、それにゆっくりできなかった七日間で泣き笑いのような
表情。こうなると、もう大きななめくじに帽子をかぶせた生き物にしか見えなかった。
 こんな脆弱なゆっくりたちがここまで生き延びた理由。
 それは、子まりさが我侭を言わなかったことと、母まりさが最後まで自分が親であることを忘れなかったことと、何よりも捕食種に
襲われなかったという幸運があった。
 だが。
「ぎゃおー♪」
 その幸運は、まさに後一歩のところで尽きようとしている。
 空からの声に、歪む母ゆっくりの顔。
 三匹、転がるように草むらへ。
 だが、春先のために育ちきっていない露草の一群は背が低く、水平から見ても母ゆっくりの頭が少し見えるほど。ましてや、上空からは
緑の中に黒と肌色の点が三つ見えるだけで、目立つだけの有様だった。
 しかし、平原の只中にいるゆっくり一家には、他に身の伏せようもなく、息を殺して絶望の悲鳴を飲み込むだけ。
「うー♪ いいにおいがするどおー♪」
 一匹のれみりゃが草むらのそばに降り立った。
 目を開けばすぐそばに肌色の餌が見えるのに、最初ゆっくりの匂いを感じた鼻をさらにくんくんさせて、それで相手の位置を探ろうと
している。
 助かったというより、相手のお馬鹿さで終幕が少し伸びただけの状況。永遠にアンコールに応えてくれるとは思えない。
 息を殺して様子を伺う三匹。ふと、姉ゆっくりが横をみると、母ゆっくりが音をたてないよう、妹ゆっくりに青草をこすりつけて
草の匂いをまとわせようとしていた。窮余の策。
「ゆっくりじっとしていてね」
 声を殺して言い残し、草の上を這っていく。
「ゆ?」
 不思議そうに母ゆくりと姉ゆっくりを見比べる妹まりさ。
 姉ゆっくりはある種の予感に震えながら、声を出すことができない。
 草むらの向こうに、突然大声が響いた。
「こっちだよ!」
 草むらから飛び上がって見える母ゆっくりの姿。
 まりさ種特有の憎たらしい顔でれみりゃを挑発すると、一目散に背をむけて駆け出す。
「おばかなれみりゃから、ゆっくり逃げ切っちゃうよ!」
「れみりゃはかしこいどぉ~!」
 真っ赤になって追っていくゆっくりゃに、母親の作戦を理解する姉ゆっくり。同時に、二度と会えないことも感じ取っていた。
 なんで、ここまできてお母さんを失わないといけないだろうと、泣き叫びたい絶望に震える姉ゆっくり。
 しかし、声を出せば母ゆっくりの想いと避けられない死が無駄になる。
 目をつぶり、うづくまってあふれ出そうな悲鳴を押さえ込む姉ゆっくり。
 その耳に飛び込んでくるのは、草むらの上をのたうつ重い音と、上機嫌なれみりゃの声。
「とったど~♪」
 その言葉に、姉ゆっくりの真っ赤な顔からこらえようもない涙がこぼれ、下に抑えていた妹まりさの上に落ちる。
 妹まりさが母の窮状を知ったのは、この瞬間だった。
「おがあぢゃんをはなぢでねええええええ!!!」
 甲高い、全身全霊を込めた声が響いた。
 小さな体をぶるぶる震わせた妹ゆっくりの声。ゆっくり一家全滅の運命を知らせる終幕のベル。
 どさりと、草むらの上に何かが落ちて「ぐびゃ」と母のうめきがもれた。
「うー♪ こどものほうがおいじいの、れみりゃしってるどー♪」
「まっ、まっでえええええ! まりさのほうがおいじいいよおおおおお! こどもはらめえええええ!!!」
 後を追う母まりさの絶叫に耳も貸さず、ゆっくり姉妹のほうへ一直線。
 無論、ぱたぱたと風にそよぐ羽毛のような速度なのだが、疲労の極にあるゆっくりの足はさらに遅い。
 そもそも姉まりさは逃げようとはしなかった。
 姉まりさは妹を草むらに押し込んで隠し、飛来する捕食種に向き直る。
「まっ、まりざが……い゛ち゛は゛ん、た゛へ゛こ゛ろ゛だよおおおおおお! だぐざん、たべられるよおおおおお!!!」
 泣きながら、自らの旬を知らせるまりさというのもそうはいまい。
 ただ、姉まりさにとって最悪なことに、れみりゃはゆっくりまりさが期待するほどの知恵がなかった。
「うー!!! れみりゃ、ちいさい方をたべるってきめたどぉ~♪」
 言いながら、最初から目をつけていた子供のまりさに手を伸ばす。
「まりざがおいじいって、いっでるでしょおおおおおお!!!」
 ぶるぶる身を震わせて絶叫する姉の前を素通りして草むらへ突っ込むと、すぐに中から陽気な声が聞こえてくる。
「でざーど、みつけたど~!」
 言うなり、デザートこと妹まりさを掲げてふわりと空へ。
「うわーん、お空をとんでるみだいいいいいい!」
 自分の運命が薄々わかっているためか、現実逃避しているためか、泣きながら喜んでいる妹まりさ。
 今すぐにでも我が身を引き換えにしてでも助けたいが、相手は手の出しようがない空にいる。
「あ゛あ゛あ゛ああああ……どうじでっ声だしだのおおおおおお! やああああああ!!! まりさのこども、だれがだずげてえええええ!!!」
 母親が絶叫を残して泣き崩れていた。
 れみりゃの襲撃で昏倒をしてもおかしくなく出餡量だが、興奮と怒りがそれを上回っている。
「れみりゃああああ! そんな未熟な子よりも、まりざのほうが成熟じだ大人のみりょぐあるよおおおおおおおお!」
 姉まりさがなおも叫ぶも、れみりゃは妹と姉を見比べて、いーっと、姉に向けて舌を出した。
「おおきいのは、ぽいなの!」
 言うなり、大きく口を開く。
 その口腔に光る牙、それがまさに妹まりさに突き刺さろうとしたその時。
「うまうま」
 妹まりさがかじられるよりも早く、れみりゃの声が聞こえてきた。
「いっだいいいい!!!」
 続く悲鳴もれみりゃのもの。
 いぶかしんで見上げると、そこには妹ゆっくりにまさに噛み付かんとするれみりゃの、その頬をさらに噛み付く別のれみりゃがいた。
「うああああ、ざぐやああああああ!」
 その状況が理解できないようで、泣きわめきながら癇癪のままに妹まりさを振り落とす。
「まりざのこどもがああああ!」
 母まりさの絶叫。
 2mぐらいの高さとはいえ、体のあちこちが敗れたゆっくりの体。硬い土の上に落ちれば弾けて死ぬ。
 必死に妹まりさを追う姉まりさだが、瞬きほどの間に地面に迫る妹ゆっくりの体。
 思わず目をつぶったそのとき、妹ゆっくりの声が聞こえてきた。
「ゆ!? 痛くないよ!」
 野草の密集した場所に落ちたのだろうか、ほっとして目を開く姉まりさの動きが止まる。
 襲ってきたれみりゃと、そのれみりゃの頬を噛む別のれみりゃ、それらとはまた違うれみりゃが一匹、ピンクのスカートを広げて
妹ゆっくりを受け止めていた。
 もう姉ゆっくりにはどうすればいいのかわからず、固まるしかない状況。さらには西の空に二体のゆっくりゃの新手を見て、完全に
姉まりさの思考はショートする。
 母まりさの方は、先ほどの絶叫で体力を使い切ったのか、へにゃりとつぶれたように平べったくなって気絶していた。
 姉ゆっくりは意識こそあるが、頭の餡子が焼ききれたように身じろぎ一つしない。最初のれみりゃが後続のれみりゃたちに噛みつかれ、
嬲り者にされて、間抜けな声をあげて息絶えても、微動だにしていなかった。
 姉まりさの意識が現実に戻ってきたのは、その体が浮遊感に包まれたとき。
 気がつけば、れみりゃに抱えられて空を飛んでいた。
 自分だけではなく母も妹も。れみりゃの胸に抱えられてゆっくりと空を行く。
 ああ、これから巣で食べられるんだと、冷静な思考で現状を認識する姉まりさ。
 感情を爆発させすぎたせいだろうか、今はひたすらあらゆることが面倒くさい。
 でも妹だけは、助けたかったな。
 ぼんやりと悔いを感じながら、旅の終わりを受け入れつつあった。
 そうなれば、冬の名残を残す春風に凍えた体が、れみりゃの服越しの体温で温められるのも悪くない。
 そんな考えを思い浮かべているうちに、景色は小高い丘を越えていく。
 その奥に開けた、山間の谷に降下していくれみりゃたち。
 こうしてたどり着いた、ゆっくり一家の旅の終焉の舞台には、奇妙な配役たちがひしめいていた。
 ゆっくりれいむに、ありす、まりさにぱちゅりー、他もろもろのゆっくりたちがわいわい騒ぎながら、自分たちを見上げている。
 誰一匹、れみりゃの存在に臆することもなく。
「ゆっくり間に合ったね!」
「うー♪ うー♪」
 集団の先頭に立つゆっくりアリスが呼びかけると、姉まりさを持っていたゆっくりゃからご機嫌な返事。
 そのまま、ゆっくりたちの集団の前に降ろされると、ゆっくりゃたちはどこへともなく飛び去っていく。
 代わって、ゆっくりたちがまりさ一家を取り囲んだ。
「小さいまりさは気を失っているだけみたいだね!」
「大きいまりさは手当てが必要だね! 止餡用のはっぱを、ゆっくり持ってきてね!」
 その言葉に、まりさは自分たちが救われようとしているのだと、おぼろげに気づいていた。
 これは幻想ではないか。声を出して確かめようとする。
「ゆうううう」
 震える咽の響きが、現実だとまりさに教えてくれた。
 その声にかけよる一匹のゆっくりアリス。
「気がついたの? ゆっくりしてね!」
 安心させるようなその微笑。
 表裏のない満面の笑みに、姉まりさはここがどこか、ようやく思いあたる。
「ここはもしかして微笑みの……」
「うん、そう呼んでる子もいるみたいだね! とにかく、もう大丈夫! ここにきたからにはあんなこと、二度と起こらないから、
いつまでもここでゆっくりしていいんだよ!」
「そうだよ、ゆっくりしていってね!」
 アリスの言葉を裏付けるように、周囲のゆっくりたちからも歓迎の言葉が続いて、じんわりとにじむ姉まりさの涙。
「ゆっ、ゆぐううう!」 
 一度あふれ出すと止まらない。
 暖かい涙が、次から次からこぼれてくる。
 ゆっくりアリスは優しい眼差しで、姉まりさの気持ちが落ち着くのを待ち続ける。
「ゆっぐり、じでいぐよおおお!」
 そんな嗚咽交じりの挨拶を、村に住むゆっくりたちは極上の微笑を受け止めていた。
 姉まりさの心にわきあがる安堵。
 それともに、緊張がとけて遠くなっていく意識。
「アリスによりかかって、ゆっくり休んでね」
 アリスの言葉と頬にふれるその体温に触れているうちに、ふうと景色が暗くなっていく。
 幸せそうな寝息をたてはじめる姉まりさ。

 こうして、笑顔あふれるこの村での生活が始まった。


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最終更新:2022年01月31日 00:55
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