ここはゆっくり実験室。
月の頭脳、八意永琳のゆっくり実験が、今日もゆっくりと行われるのだ。
さて。
「「「「ゆっくりしていってね!!!!」」」」
永琳の目の前に、四匹のゆっくりれいむがいた。
どこからどうみてもただのれいむで、実際その通りなのだが、ちょっとだけ違うところがある。
この四匹のゆっくりは、産まれた直後に親から引き取り、永琳が自ら管理・育成したものだ。
ちなみに親は子供達を取られることに激しく抵抗を示したが、ちゃんと育てると言ったらすぐ納得してくれた。
純粋なのか薄情なのか。それとも単に『子を取られる親』のポーズをしていただけなのか。
いずれにしろろくなものではない。今はどこかの部屋でゆっくりしていることだろう。
閑話休題。
この四匹のれいむは、産まれたときからずっと同じように育てられてきた。
同じ量の餌を与え、同じ量の運動をさせ、同じ時間に眠らせ、同じ時間に起こされた。
その甲斐あってか、四匹のゆっくりは全く同じ体型・重量を持つゆっくりとなった。
無論、永琳の目的はただ同じゆっくりを育てることにあったのではない。
これからこの四匹を使って、とある実験を行うのである。
まず、実験の前段階として、永琳はれいむ達に簡単なテストをしてみた。
「今日はみんなにこれをあげるわ」
と、永琳はれいむ達に、赤、青、黄、緑の色違いのリボンをつけてあげた。
「ゆゆ! れいむかわいいよ!」
「れいむもにあってるよ! おしゃれさんだね!」
「おねえさんありがとう! ゆっくりかんしゃするよ!」
「またなにかちょうだいね!」
最後に若干厚かましいことを言ってきたが、それを気にした様子もなく永琳は笑ってみせた。
「うふふ、でもずっとつけてると髪にクセがついちゃうかもしれないから、晩ご飯の前に一度外しましょうね」
「「「「ゆっくりそうするよ!!!!」」」」
四匹は唱和して、その日も(本人達は自由に遊んでいるつもりだが)永琳が用意した運動メニューに沿って過ごした。
晩ご飯を食べたあと、永琳は前もって予告していた通りにリボンを外した。
「もっとつけていたかったよ!」
「ごめんなさいね。また明日つけてあげるわ。そのかわり、ちょっとみんなで遊びましょうか」
と永琳は、三つの黒い箱を持ってきた。ちょうどれいむがぴったり収まるサイズだ。
「なにするの?」
「当てっこよ。今から、三人に箱をかぶせて、私が一つずつ箱をどかすから、残った一人がそれが誰か当てるの。いい?」
「「「「ゆ! おもしろそう! やるやる!」」」」
早速、永琳は四匹のうち三匹に箱をかぶせた。普通ならここで騒ぎ立てたりするのだろうが、新しい遊びということで好奇心が勝ったようだ。
「それじゃあ行くわよ。……はい!」
待ち構えていた一匹の目の前で、永琳は箱を外した。三十秒ぶりにゆっくり姉妹が対面する。
「これは誰かしら? さっき着けていたリボンの色で答えてね」
「ゆ! わかるよ! きいろのりぼんをつけてたれいむだよ!」
得意げに、青いりぼんをつけていたれいむは答えた。
「正解! よーし、それじゃあ次に行きましょうか──」
その後、残りの二匹についても、れいむは正解してみせた。
難易度を上げて、箱にいれた三匹のれいむをシャッフルしても結果は同じだ。
念のため残りの三匹についても同じことをしてみせたが、やはり全員全問正解だった。
もちろん、自分がつけていたリボンの色も覚えている。
永琳から見ても同じ顔にしか見えないゆっくりだが、どうやら個体識別はちゃんとできているらしい。
「すごいすごい! あなた達、ちゃんと姉妹の顔が分かるのね。判子絵師が描いた立ち絵みたいな均等品質のくせに」
「あたりまえだよ! れいむたちはかぞくだもん!」
「かぞくのかおをまちがえるわけないよ!」
「ねー!」
「ねー!」
何気にバカにしていた表現にも気づかず、気をよくするゆっくり達。
……ところで、永琳からも見分けがつかないほど同じ顔をしたゆっくり達なのに、何故永琳はれいむの答えが正解だと分かったのか。
それは実に単純な話で、リボンを外したあとのれいむ一匹一匹の動きを、完全に記憶していただけのことである。
そんな天才薬師八意永琳は、いよいよ今日の実験の本番に取り掛かった。
「正解したみんなへのご褒美に、今日は特別な晩ご飯を用意したわ」
「ゆぅん! はやくもってきてね!」
「おなかすいたよ! ゆっくりはやくね!」
口々にご飯をせがむゆっくり達を、まぁまぁ、と永琳はなだめる。
「そう慌てないで。何しろ特別なご飯だもの。食べ方もちょっと特別なの。頭のいいあなた達ならわかるわよね」
「! うん! れいむたちあたまいいからね! ちゃんとわかってるよ!」
「ゆっくりまつよ! だからはやくね!」
永琳はにっこり笑うと、さっきと同じ黒い箱にれいむを四匹とも入れた。
ただし今回の箱は、れいむの正面と左側に、同じ大きさの穴が開いている。
「ゆ! せまいよ! なにもみれないよ!」
「ゆっくりだしてね! ごはんちょうだいね!」
みじろぎも出来ないほど狭い箱に押し込まれて、ゆっくり達が抗議の声を上げた。
「だから慌てないで。これからみんなをごはんのあるところに連れて行くの。
ちょっと準備が大変だけど、ちゃんとみんな食べられるから安心してね。
口のところにある穴からストローが差し込まれるから、それを吸えばご飯がでてくるわ」
「ゆ、そういうことならゆっくり待つよ!」
わくわくとした気配で、ゆっくり達はご飯が出てくるのを今か今かと待ち続けた。
「…………」
永琳は無言で、ゆっくり達の左側面の穴に、穴と同じぴったり太さの管を差し込んだ。
管は、箱の中のゆっくりの皮を貫いて、その先端を二センチほど体内にめりこませた。
「ゆぎっ!? な、なにかはいっでぎだよぉ?!」
構わず、永琳は残り三匹についても同様の処理を行う。
「ゆぎゃっ!」「ざざっでる! へんなものがざざっでるよぉ!」「ぬいでぇぇぇ!」
さっきまでとは打って変わって悲鳴が上がるが、永琳はそれを笑顔で封殺する。
「ごめんなさいね。しっかり固定しておかないと危険かもしれないの。
痛いけどゆっくり我慢してね。そうでないと、ずっとゆっくりできなくなるかもしれないわよ?」
「「「「ゆっ……ゆっぐりがまんずるよ!!!!」」」」
ゆっくりできない、という言葉が効いたのか、ゆっくり達は素直に痛みに耐えた。
「うん、あなた達は強いゆっくりだわ。それじゃあ今から、ご飯をあげるわね。口を開いていてね」
そして永琳は、四つの箱を正方形に並べた。
あるゆっくりの側面の管は、隣のゆっくりの正面の穴に宛がわれている。
そのゆっくりの側面の管は、やはりその隣のゆっくりの正面の穴へ──
全方向から同時に押し込めば、箱とゆっくりが四本の管で円状に連結されることになる。
(そう……これこそ『ムゲンゆっくリング』!!!)
カッ!と心の中に稲妻を轟かせ、永琳は天才的なネーミングセンスによってこの実験に名を与えた。
天才とは凡人には理解できないものである。
永琳は鈴仙とてゐとついでに適当な兎に手伝わせ、四方向から箱を押し込む。
「「「「ゆっ!!!!」」」」
ゆっくり達の口の中に管が差し込まれる。
狭いところに押し込まれ、痛い思いをしてまでようやくありつけたご飯だ。ゆっくり達は、それぞれ思いっきり管を吸った。
そして口の中に甘みが広がり──同時に、自分の身に起きた異常を悟る。
「「「「!!??!?!!?!!?!?」」」」
自分の中身が、さっき痛みを感じた場所からどんどん流れ出ていく感触。
あんこの量が生死を左右することを、ゆっくりは本能的に知っている。だからこそ、自らに迫りつつある死の気配を、れいむ達は敏感に感じ取った。
そして同時に、自分が吸っているものの正体が何であるかも悟った。
抜け出すのと同じ量だけ入ってくる甘み。味わったことがないはずなのに、どこか懐かしさを感じさせる味。
それは、自分の姉妹の中身なのだと。
そして、自分の中身もまた別の姉妹に食われているのだと。
だが気づいたところでどうしようもなかった。一瞬でも動きを止めれば、その隙に自分の餡子が吸い出されてしまうのだ。
四匹のゆっくりは、最早相手が姉妹であることも忘れたように、ひたすら餡子を吸い続けた。
一匹でも力尽きれば、その瞬間に最終勝利者が決定するこの地獄のループ。
だが永琳の手によって、完全に均質に『調整』されたゆっくり達は、どれも同じ吸引力を持ち、どれも同じように疲労していった。
餡子を吸い、吸われ、吸い、吸われ──
そして一時間と十五分と三十七秒が経過したとき、四匹のゆっくりは同時に力尽きた。
「……ゆっ?」
ゆっくりれいむは目を覚ました。きょろきょろと辺りを見回すと、自分以外も三匹も同時に目を覚ましていた。
「あら、起きたかしら?」
いつも聞いている声が降ってきた。
それは自分達に餌をくれる優しいお姉さんの声だった。
だが今日は、いつもと事情が違う。
「ひどいよ! れいむにれいむのあんこたべさせたね!」
「あんなひどいことするおねえさんとはもうゆっくりできないよ!」
「ゆっくりできないおばさんはゆっくりしんでね!」
「しね! ゆっくりしね!」
四匹分の罵声が、永琳を攻め立てた。だが永琳はただ、いつもと同じ笑みを浮かべるだけ。
「はいはいゆっくりゆっくり。大丈夫よ、もうあんなことしないから。
でも、訊いてもいいかしら」
「……なに」
警戒心もあらわに、れいむ達は上目遣いで永琳を睨みつける。
永琳は笑みを深めた。
それは氷のように冷たい笑みだった。
「──ねぇ。
自分が何色のリボンをしていたか、覚えてる?」
そう訊かれ、れいむ達は思い出そうとして、──思い出そうとして、
「「「「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!?!?」」」」
四匹のれいむは、完全な恐慌状態に陥った。
「「「れ゛い゛む゛は゛だ゛れ゛な゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!????」」」」
「自らの存在を問う──哲学的ねぇ」
そこら中を転げまわるゆっくりの中で、永琳はしきりに頷いて見せた。
永琳は、ゆっくりの餡子がゆっくりの血であり肉であり、内臓器官であり、脳であることを、これまでの実験で理解していた。
通常の生物で考えれば『おかしい』作りではあるが、あえて人間の器官で表現すれば、ということだ。
また、多少の餡子が喪われても、他のゆっくりの餡子を詰め替えたり、或いは市販品の餡子を詰めてやれば、意識が回復することも分かっている。
およそ半分の餡子を喪うと死に至ることも同時に明らかになっているが、つまりそれは、餡子の量によって意識の主導権が変わるのではないかと永琳は踏んだ。
それを踏まえての今回の実験である。
一時間と十五分をかけて、ゆっくりの体内の餡子は均等に混ざり合った。体内の餡子の総量自体は全く変化させないままに。
その結果がこれである。
改めて、ゆっくりの自我の実在と、驚くべき生命力(人間で言えば脳味噌をかき混ぜられたようなものだ)が明らかになったわけだが……
(指摘されるまで気づかないなんて……これぞゆっくり脳ってことなのかしらねぇ)
全く以て飽きない実験材料だ。永琳はそう思いながら、絶叫の合唱をよそに、実験室を去った。
三日後。
鈴仙に適当に餌だけ投げ込んでおくよう指示していた永琳は、例のれいむ四姉妹の様子を見に行くことにした。
「「「「ゆっくりしていってね!!!!」」」」
れいむ達は、再び新たな自我を確立していた。無論、永琳のことも覚えていた。
色々聞いてみると、どうやら三日前の記憶は綺麗さっぱり消えてしまっているようだ。
だが、永琳があの四色のリボンを取り出すと、全員石像のように硬直してしまう辺り、完全に忘れたというわけではないようである。
『逃避』という高度な精神活動が行われたことに、永琳は素直に驚きつつ、次の実験のテーマを練り始めた。
(次は、ゆっくりの精神活動について、詳しく調べてみましょうか……)
このゆっくり達は、後日、四匹の母親を加えてまた新たな実験が行われることになるのだが……それはまた、別の話である。
ここはゆっくり実験室。
月の頭脳、八意永琳のゆっくり実験が、明日もゆっくりと行われるだろう。
あとがき
前々から考えていたネタを、904.jpgを見た誰かに先を越される前に書いた。
反省はしていない。
あと、別に判子絵師(誰とは言わない)に恨みがあるわけではありません。むしろ好きです。イベ絵は綺麗ですし。
これ以上は年齢制限にグレイズかしら……
最終更新:2008年09月14日 11:01