ゆっくりゃととある栽培者
ある日のことだ。僕が市場での買い物を終えて、我が家に帰ってきた時だった。
「うっうー♪ ぷっでぃーん♪ぷっでぃーんがたべたいどぉ~♪」
自分の家の庭が騒がしかったので、何事かと思い庭に向かう。しかしそこで見たのは、目を疑うような光景だった。
まず目に飛び込んできたのは、小さいなりに僕が丹精込めて作った家庭菜園が無惨に荒らされていた光景と、
そこら中に散らばった野菜の変わり果てた姿だった。そして、ぐちゃぐちゃに荒らされた畑の上で、体つきゆっくりれみりゃ、
通称ゆっくりゃが僕の育てた野菜を引っこ抜き、傍らに投げ捨てていた。
「おやさいきらい!まじゅいのぽい!!すてちゃ、うー☆」
ゆっくりゃは、舌足らずな言葉で何言か嬉しそうに喋っている。そして僕の目の前で、まだ畑に埋もれている野菜を、
手に持った傘で掘り起こしていた。野菜を掘り起こして見つけるたびに、ゆっくりゃの円らな目がぱっと輝く。その瞬間だけは、
宝物を見つけ出したような子供のような微笑ましい表情に見えただろう。そのあと野菜を嬉しそうに投げ捨てていることに目をつぶれば。
見かけはいくら可愛らしく、子供らしい純真な姿でも、やっていることは全くの間逆な邪悪な行為である。
人様の敷地に勝手に入り込んで、さらに畑や家を荒らしたとなれば立派な犯罪行為であるのに、このゆっくりゃの豆腐よりも
柔らかそうな構造の脳細胞では理解することができないのだろうか。
この光景をしばらく呆然と見ていた僕。ふと我に返った時には、僕の好物であり、家庭菜園の中で特に手塩にかけていた愛しいプティトメィトゥーが
ババ臭い服を着た悪魔の手で毟り取られる寸前であった。
やめろッ!その泥と肉汁で穢れた薄汚い手で僕の神聖なプティトメイトゥーに触るんじゃあないッ!
「おい貴様ッ!何をしてるッ!!」
咄嗟に出したにしては自分でも驚くような大声が口をついて出ていた。その声に一瞬硬直するゆっくりゃ。
自分の知らない人間からいきなり怒鳴られ、当然の反応だろう。しかし、次の瞬間にはさっきのふてぶてしい笑顔が復活し、
こっちに向かってもたもたと近づいてきたではないか。
「う~☆おながすいだ~♪ぷっでぃんたべどぅ~☆」
そういって何かを期待するように僕を見つめ始めた。
僕が、奴のあまりの図々しさにしばらく動けないでいると、奴は地団駄を踏み、その下膨れの顔をさらに膨れさせて僕に向かって言った。
「う゛~~!!どっどどぷっでぃんかっでくどぅどぉ~!!ざぐやにいいつけぢゃうどぉ~!!」
やたらと濁音の多いセリフだ。どうにか解読してみると、どうやら僕に『ぷっでぃん』なるものを買って来いと命令しているようだ。
解読に成功した途端、僕の理性がプッツンしそうになった。
僕よりも明らかに年下の風貌のくせして、こいつは僕に命令しようとしているのだ。あろうことか僕の大切な家庭菜園を
再起不能にしたあとで。
どうにかして断裂寸前だった理性を繋ぎ止めると、僕はゆっくりゃに向かって静かに、しかし威厳を込めた声で言い放った。
「ここはおまえのような饅頭が入ってきていい場所じゃあないんだ。とっとと僕の目の届かない所へ消えうせてくれ。」
しかしゆっくりゃは僕の最後通告すら無視した。
「う゛-!!いいからかっでぐるどぉ~!がってごないどた~べちゃ~うぞ~!」
……ほう、そういうことを言うのかこのクサレ肉まんは。そういう態度を取るのかこのド低脳は。
いいだろう、お前がそこまでの決意を持っているなら僕も決意をみせてやる。『絶対にタダでは済まさん』という決意をだッ!
「わかった……『ぷっでぃん』が欲しいんだな…?家の中で待っていろ…。」
「うっう~☆ぷっでぃ~ん♪」
そういってゆっくりゃはもたもたと僕の家の戸口に向かう。その隙に、急いで壊滅寸前の家庭菜園に近づく。さっきから気が気では無かったのだ。
あの時、まだ奴は手を付けていなかったハズ………やった!無事だッ!
思わず顔を綻ばせ、足取り軽く玄関に向かう僕の腕の中には、大切なプティトメイトゥーちゃん達の姿があった。
家庭菜園は再起不能になっちゃったけど、この子達だけでも助かったのは不幸中の幸いだったな!
そんなことを思いながら玄関に戻ると、ゆっくりゃが泣きながら、玄関の引き戸を手前に引っ張っていた。
どうやら引き戸の開け方がわかっていないらしい。よくもまぁ今まで生きてこられたものだ。僕は思わず溜息を漏らした。
家の中に入ると、ゆっくりゃは辺りに置いてある物に興味津々の様子で、なかなか前に進もうとしない。
僕はそんなゆっくりゃの尻を突っついて急かし、奥に向かわせた。途中何かゆっくりゃが講義するような目で僕を睨んでいた気がしたが、
無視することにした。
そんな幼児体系に色気も恥じらいもあったものではないだろう。恋や懸想をするならもっと大人びた、優しいカンジの女性がいいと思います。守ってあげたいと思う…。
「う~?ぷっでぃんどこぉ~?」
しばし物思いに耽っていた僕の心は、耳障りなゆっくりゃの言葉で現実に引き戻された。いけないいけない、僕としたことが…、剣呑剣呑。
ゆっくりゃはというと、部屋の中に勝手に入って辺りをきょろきょろと見回している。一人暮らしをしているにしては、
僕の部屋はかなり片付いている方だと思う。食料やら何やら大事なものはそこらへんに置いたりせず、きちんと整理しているからだ。
そんな僕の部屋を見て、ゆっくりゃはあまり面白くなさそうな顔をしていた。
確かにゆっくり達からしてみれば、(ゆっくり達には)遊ぶものも食べるものも何も無いこの部屋は、さぞかしゆっくりできない、
つまらない場所だろう。もちろん、そう易々と侵入させるつもりもないが。
僕はゆっくりゃをその部屋に放置すると、急いで腕の中のプティトメイトゥー達を、野菜を入れている籠の中に非難させた。
「ほら、危ないからそこに隠れていてね。怖い怪獣に食べられちゃうからね。じっとしているんだよ?」
僕は籠から離れながら、プティトメイトゥーちゃん達に話し掛ける。プティトメイトゥーはいい。他人にも親にも理解されない僕の孤独と心を癒してくれる、大切な友人兼、話し相手だ。
もちろんプティトメイトゥーちゃん達は話すことはできない。僕が一方的に喋るだけだ。でも、そんなことは関係ない。
言葉がなくったって、気持ちはきっと通じるハズさ。だって、芽を出してこの世に生を受ける前からずっと僕が優しい言葉をかけつづけてあげていたんだから。いい子になってね、美味しくなってねって。きっと彼らも僕に食べられることを望んでいるはずさ。
そうに決まっている。あぁ、早く食べてあげたいなぁ……。グフッ、グフフフフフ……。
再び自分の世界に軽くトリップしつつ、ゆっくりゃの所へと戻る。奴は部屋の中央にペタリと座り込んで何やらみょんな歌を歌っていた。
「うっううー♪うーうー、うっうーうあうあ♪」
まったく、自分の境遇も知らないで、暢気なものだな。
僕は奴に多少の哀れみを感じながら、テーブルと椅子を持ってきて適当に座らせ、部屋の中を暴れ回られないように足を縛って固定すると、台所に向かった。
僕の可愛い子供達が助かって機嫌がいいとはいえ、僕は制裁をやめるつもりは無かった。
このゆっくりゃには、食べ物の大切さを教え込んでやらなければならない。二度と食べ物を粗末にしたりしないように。
プティトメイトゥーを食べずに捨てるなどという間違いを犯さないために。
さぁ、お仕置きの時間だよ、ベイビー。
とは言っても、僕は殴ったり体を切り裂いたりするような残虐な真似はしない。そんなことをしても、奴らが覚えるのは『痛み』と『恐怖』だけだ。肝心な事については、ほとんど理解してはいないだろう。そうならないために、僕は彼らに自発的に覚えさせるのだ。
食べ物を嗤った者は、食べ物に泣くということを…。
「ほら、お待ちかねの『ぷっでぃん』ができたぞ」
「うっう~!ぷっでぃ~~ん♪♪」
『ぷっでぃん』が何かわからないので適当なことを言いつつ、ゆっくりゃの前に皿を出す。
「うっう……う~?」
出された物を見て首をかしげるゆっくりゃ。それもそのはず、目の前の皿に乗ったコレは、皮の剥かれたただのタマネギであり、
ゆっくりゃが所望した『ぷっでぃん』とはまるで違うものだからだ。
「う゛う゛~~!!ぷっでぃんたべどぅの!!ぷっでぃんがいいの゛ぉ~~!!」
だだをこねて泣き叫ぶゆっくりゃ。ここで僕に一つ悪戯心が湧いた。
「それは見た目は変だけど、食べると『ぷっでぃん』の味がするんだよ」
それを聞いたゆっくりゃの泣き顔が一瞬消える。だがしばらくして、思い出したように再び喚き出した。
「ぢがうも゛ん゛!!ぷっでぃんはごんなにぐさぐな゛いも゛ん゛!!あま~~ぐでぷるっどじでるんだも゛~ん゛!!!」
さすがにコレはごまかされないか。でも僕は見たぞ。一瞬考え込んで嘘の言葉に流されそうになったのを…。
やはり所詮はゆっくりブレイン、たかがしれている。
「う゛~!!ごんなのいらにゃい!!ぽい!ぽいするもん!!」
そういってゆっくりゃは皮を剥いたタマネギを『素手で掴んで』投げ捨てた。ふん、やはり予想通りの行動に出たな。
後でお前は後悔することになる。今の自分のした行動を…。
僕はテーブルに腰掛け、皮を剥く際に手についた玉葱の汁をタオルでふき取りながら、ゆっくりゃの行動を観察することにした。
その後、ゆっくりゃはぷでぃん、ぷでぃんとだだをこねていたが、しばらくして目をしばしばと瞬かせ始めた。
玉葱の強烈な匂いの成分が、ゆっくりゃの目にちくちくと刺激を与えているらしい。やがて本格的に痛み出したのか、
ゆっくりゃは大声で泣き叫びはじめた。
「う゛あ゛ーーーー!!めぎゃいだいい゛い゛い゛い゛い゛!!ざぐや゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!」
滝のような涙を流そうが、大声で助けを乞おうが、一度目にしみた玉葱の痛みはそう簡単に消え去らない。
そのうちゆっくりゃは、目に付いた玉葱の成分を何とか拭おうと手で目元を擦った。
あろうことか、大量に玉葱の汁が付着したその手で。
「びゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
当然の悲鳴。目を蝕む激痛に体を仰け反らせるゆっくりゃ。体を激しく動かして暴れるものの、固定された椅子からは逃れられない。
玉葱を侮ってうっかり素手で触ったのが運の尽きだったな。お前が今まで捨ててきた野菜の怖さを、玉葱を通してじっくりと思い知るがいい。
「ぎゃいいいい!!う゛あ゛あ゛あ゛~~!!」
もうすでに激痛でまともに思考ができないのであろうか、ゆっくりゃは激痛が走る目を無意識的に手で擦り、
「ぎゃお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」
爆発したように泣き叫ぶ。今ここに地獄のゆっくりゃループが完成した。
「しょうがないな、ほら、これで顔を拭けばいい。」
そう言ってゆっくりゃに持っていたタオルを投げ渡す。そう、さっき僕が持っていたあのタオルだ。
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う」
タオルを渡されたゆっくりゃは、タオルに顔を埋めると頭だけを左右に振って顔を拭い、
「……………!………………!!!!」
そして仰け反る。もはや痛すぎて声も出ないらしい。
さて、一体いつそのループから抜け出せるかな?おっと、もうこんな時間か。プティトメイトゥーちゃんたちの話し相手をしてやらなきゃな。
僕は悶え苦しんでいるゆっくりゃを見て悶え喜びながら、その部屋を後にした。
それから僕は、時間を忘れてプティトメイトゥーちゃん達と最後になるであろう会話を楽しんでいた。
「今までよく頑張って育ってくれたね。おにいさんは嬉しいよ…。みんなとても美味しそうだね!食べるのが楽しみさ!」
おぉっと、すっかりあの部屋に放置していたゆっくりゃのことを忘れていた!楽しい時間はすぐに過ぎ去るということは
本当だったんだな…。
「それじゃみんな、あいつがゆっくり反省しているのを見ながら締めくくろうか!」
プティトメイトゥーちゃん達を入れた籠を小脇に抱え、ゆっくりゃのいる部屋に戻る僕。そこで部屋に足を踏み入れた僕は、
ゆっくりゃが愉快な状態、もとい悲惨な状態になっているのを見て呆然としてしまった。
「う゛う゛う゛う゛う゛!!」
ゆっくりゃは両手をピンとまっすぐ下に伸ばしたまま、プルプルしながら真後ろにエビ反りになるというなんだかすごい姿勢で硬直していた。
硬く瞑った目と、必死に食いしばった口元、そして全身を緊張させたその姿からは、目を襲う激しい痛みに耐えている様子がありありと見て取れた。
手を下に伸ばしているのは、なるべく腕を顔から遠い位置に固定し、玉葱の汁のついた手で無闇に目を触らないようにするという、ゆっくりゃなりの知恵だろうか。
見た瞬間、思わず噴出してしまった。
しかし、自分に困難な姿勢を強いて何かにひたすら耐えているという光景は、何処かの修行僧を彷彿とさせるな。
そう考えると、迂闊に邪魔はできなくなってきたので、しばらく放置する。
「う゛う゛う゛…!ごべん゛だざい゛…ゆ゛る゛ぢで…!」
どうやら玉葱責めは思いのほか効果を発揮したらしい。ゆっくりゃは真っ赤に泣きはらした目で僕を見て、嘆願してきた。
これほどの目に合わされたゆっくりゃは、もう二度と野菜を捨てたりしなくなるだろう。
僕の制裁はしっかりとゆっくりゃの心に刻まれたのだ。僕は自分の仕事に満足する。
しばらく見ていると、さすがに長時間のこの姿勢はかわいそうだと思い始めたので、椅子から拘束を外してやることにした。
急に固定が外れ、無理な体勢が崩れたためゆっくりゃは頭から床に落ちた。
「ぶぎゅっ」
カエルの潰れたような声でゆっくりゃがうめく。僕は床に這いつくばったゆっくりゃに問いかけた。
「もう食べ物を粗末に扱ったり捨てたりしないか!?」
「…もうじまぜん…」
「そうか…もし再び人様の畑を荒らすような真似をしたら、また罰を与えるぞ…こんな風な罰をな…。」
僕は今度こそ清潔なタオルで顔を拭いてやり、外に開放してやった。
別に殺すのが目的ではないのだ。しっかりと野菜に対する敬意を覚えてくれればそれで何も言うことはない。
地獄の責め苦から開放されたゆっくりゃは目が真っ赤な上に虚ろというなんだかすごい状態だったが、家の壁にぶつかったり
茂みに突っ込んだりしながらなんとか帰っていった。
ようやく、僕の家に静寂が訪れた。籠の中から一つプティトメイトゥーを摘み、口元に運ぶ。悶えているゆっくりゃを横目に、
プティトメイトゥーを食べるということは果たせなかったが、別に今となってはどうでもいい。
プティトメィトゥーが守られ、ちゃんとこうして僕の口の中にいる、それでいいじゃあないか。そういえば…アイツの言ってた『ぷっでぃん』が結局なんだったかわからなかったなぁ…。
そんなことをつらつらと考えつつ、僕は舌の上でプティトメイトゥーを転がしながら午後の優雅なひと時を過ごすのだった…。
「レロレロレロレロレロ、
レロレロレロレロレロ…」
END
最終更新:2022年01月31日 01:22