永遠亭×ゆっくり系6 ゆっくり夫婦の出産-1

ゆっくり夫婦の出産

 永遠亭のほど近く、竹林の奥にそのゆっくり夫婦は住んでいた。
 ゆっくりまりさと、ゆっくりれいむ。
 二匹でどれだけの時を過ごしてきたのだろう。
 その膨れ上がったその体は大人が両手を広げたよりもなお広い。
 重量だけでも一般的なゆっくり三十匹分を優に超すのではないだろうか。
 そんなゆっくりれいむとゆっくりまりさが巨体を横たえるのは、竹林の藪に隠されたとある洞。
 かろうじて入れるだけのスペースに二匹みっちりと入り込んで、ひたすらにゆっくりと動かないでいた。
 あまりにもゆっくりしすぎたのだろう。巣穴の外側に向けた皮にコケが付着して、二匹の住処は竹林に完全に沈み込んで見えた。二匹はなるべく動かない方がゆっくりできることも知っていた。長年、生き抜いてこれた要因のは、偶然とそれを生かすわずかな知恵。
 そんな完璧に擬態する二匹を、その日因幡てゐが発見できたのは、竹林のことを知り尽くしていることよりも、天性の幸運とひたすら暇だった境遇ゆえだろう。
 鈴仙と永琳が研究にこもって三日目、統率するものもいない永遠亭でてゐは暇をもてあまし、竹林を一匹で歩いていたところだった。

「でけー」

 あきれたようなてゐの嘆息。
 巣穴の出入り口をふさぐ巨体に、古い妖怪であるてゐですらあっけにとられていた。
 巣穴からかすかにはみだした赤いリボンは、おそらくれいむ種のものだろう。体躯のでかさに合わせて腹巻サイズのリボン。この鮮やかな朱が、てゐをゆっくりたちの存在に気づかせた。
 てゐはその巨体を前にどうしたものか一端途方に暮れて、その紅リボンをひっぱってみる。
「ゆっ!? だれなの、やめてね!」
 びりりと地面を揺らすようなゆっくりれいむのくぐもった声。
「ここはまりさとれいむのおうちだよ! 子供が生まれるから放っておいてね!」
 同じくこもった声が続く。言葉の内容で、この二体が夫婦であることも判明した。
 と、同時に悪戯っぽく緩むてゐの唇。
 最初は軽くからかって暇つぶしをするつもりだった。でも、この二匹を使った悪戯を思いついてしまった。思いついたからには艱難辛苦を乗り越えてでもやらねばなるまい。それが悪戯兎なのだから。
「ごめんね、驚かしちゃった?」
 完璧な猫なで声。言葉遣いも純真な少女の口調そのもの。鈴仙などはその声を聞いただけで、裏に流れる何かを感じて悶え苦しむだろう。
 とはいえ、人間がその声に目じりが下がってしまうのと同様、ゆっくりたちの警戒を少しだけ解くことになる。
 巣穴の表面がぞぞぞと回転して、お人よしそうな瞳が外に向いた。黒髪、ぺたんとして存在がわからない鼻、何かもの言いたげな口。パーツこそ巨大だが、まぎれもなくゆっくりれいむだった。
「ゆっ! 人間さんじゃなくて兎さんだ! ゆっくりしていってね!」
「兎さん!? れいむ、まりさが食べるから捕まえてね! 兎さんはゆっくりしていってね!」
「ゆぐーっ! ゆっくりおざないでええええ! 赤ちゃん、つぶれるううううう!」
 食欲にかられた奥のまりさに押されているのか、きゅうきゅうに張り出したれいむの顔。
 針で一突きすれば破裂しそうと思うてゐだったが、てゐのしたい悪戯はそんなことではない。にこにことした笑顔でゆっくりに話しかけていた。
「食べられないと思うよ。私は妖怪兎さんだからね」
「ゆっ! 妖怪さん!」
 その言葉を皮切りに、れいむの膨張が止まる。
 妖怪。人間ですら恐れるその存在を、長生きしていたこの二匹は存分に知っていた。
 今度は逆に奥へ引っ込もうとするゆっくりれいむ。
「ま゛り゛さ゛! 奥へ行ってええええ、食べられちゃうううう!!!」
「やべでえええ、まりさの中のあがぢゃんがつぶれるよおおおおお!!!」
 もう、てゐが立っているだけで赤ちゃんの命は風前の灯といえる状況だったが、それではもったいない。
 てゐは悪意をまったく感じさせない柔和な笑顔を浮かべて見せる。
「大丈夫だよ、私はゆっくりを邪魔しないから」
 いいながら、れいむの頭をそっとなでる。
「ゆ?」
 そのくすぐったい感触に、れいむは逃げるのをやめて振り向いた。
「うさぎさん、ゆっくりさせてくれるの?」
 まりさの声も続く。
「ゆっくりさせてくれるのなら、さっさとでていってね! 二度とこないでね!」
 れいむを盾に、きっちりと要求。
 その様子が面白くて、くすくすと笑みをこぼすてゐ。
 てゐは、このゆっくりたちをゆっくりさせないことにした
 そのための言葉を、思いつくままに投げかける。
「でも、私が見つけたぐらいだから、すぐに他の妖怪がみつけちゃいそうだね」
 二匹のぷるんぷるんという蠢動が、凍りついたかのように停止した。
 地面を伝うゆっくりたちの忙しないささやき。
 うさぎさんのいうとおりだよ。見つかっちゃうのはいやだよ。別のところにいかないと。でも、どこに。
 こそこそと巣穴の中で話し合うれいむとまりさ。てゐのウサミミには丸聞こえだった。
「このおうちで、ゆっぐりじだがっだのにいいい……」
 挨拶のころの元気よさはどこへやら。弱りきった口調でゆっくりれいむがつぶやく。
 れいむが家族とはぐれてこの巣にたどり着いた頃、この巣はもっと狭くて、それなのに一人ぼっちで寒々としていた。
 それがまりさと出会いを経て暖かなおうちになって、体が大きくなるのに従って巣を少しずつ広げていった。
 そのおうちに、子供のためのスペースを作りはじめたのはいつ頃だろう。出産と子育てというゆっくりにとって一番危険な時期を無事のりきるため、二匹はずっと子供を安全に育てられるまで自らが大きくなるのを待っていた。
 万全の準備で子づくりに挑んだ二匹。何年も待ち望み、求めてやまなかったわが子を熱望していた。
 それから、まずはまりさが妊娠する。出産のための餡子は十分にお互い溜め込んでいたため、あとはゆっくりと待つばかり。
 ただ、ゆっくりれいむも子供を妊娠したかった。わが子を生み出すという夢のために何年も準備していたのはれいむとて同じこと。
 寂しげなれいむの様子に、ついついまりさも同情した。
 そんな経緯で、二匹揃って妊娠したれいむとまりさ。このまま、何事もなければ、まりさだけが出産するよりも二倍の幸福が待っている。そのはずだった。
「二人ともお腹に赤ちゃんがいるから、あんまり動けないのおおおおおおおおお!」
 まりさの悲嘆に続く、れいむのひぐひぐという鬱陶しい泣き声。
 一方、てゐは新たな事実を前に瞳を輝かせていた。
 二匹とも妊娠している?
 好奇心がざわめくてゐの瞳。
 一般に、ゆっくりたちはタチとネコに分かれて妊娠させる役と妊娠する役を分担する。出産準備中に子供の餡子となる分の餌を集めるタチ役、じっとして子供の生えた茎が成長するのを待つネコ役という具合に。
 だが、体の中でゆっくりを育てて出産する大きなゆっくりは、元から莫大な餡子を抱えている。役をわける必要がない以上、この二匹はお互いを妊娠させあったのだろう。二匹とも身重になって状況の変化に対応できないという予測はまったく思いつかないままに。
 その場の勢いに任せて、本当に馬鹿だ。
 そんな感想を抱きながら、てゐはそっと目を伏せる。
「可哀想だね……」
 ありもしない地雷によってゆっくりの安寧を奪った張本人の台詞とは思えない。心からの同情に満ちたその表情も、見事だった。
 真に迫った演技に、ゆっくりたちはたやすくすがり付く。
「うさぎさん、お願い、ゆっくりできるところを教えてええ!!!」
「んー、あるかなあ。あ、そうだ!」
 頭に電球が浮かんでもおかしくないようなそぶりで、手を鳴らす。
 自分の体より小柄な兎の少女に、ゆっくり二匹は命運を握られて、必死のまなざしでてゐを見つめていた。
「ねえ、あなたたちさえ良ければ、ゆっくり子供を生める場所を紹介してあげようか」
「おっ……お゛ね゛か゛い゛し゛ま゛す゛ううう!」
 頭を擦り付けるようなゆっくり二匹の礼に、今日もいいことしたと晴れやかな笑顔のてゐだった。


「ここが、あなたたちの部屋ね」
 てゐに案内され、ゆっくり二匹が通されたのは永遠亭の一角。広くはないが、品のいい調度品で統一された和室だった。
「ゆっ! すごい、ゆっくりできるね!」
 れいむがぴょんぴょんと部屋に飛び込んでいく。
 その巨体で飛ぶものだから、着地のたびに畳と底板がみしみしと悲鳴をあげている。
 それでも、てゐの笑顔にほころびはない。
 続けて、れいむの後ろを追っていこうとしているのは、先ほどはずっと穴倉の奥にいたゆっくりまりさ。
 だが、縁側から後一歩で和室の中というところで、立ち止まり恐る恐るてゐに向き直る。
「うさぎさん、ここは人間さんのおうちじゃないの?」
 ゆっくりを長生きさせていたもの。それは、お互いの領域をわきまえる知性を育めたことだった。
 てゐはその賢さに、正直ささやかな驚きを感じてしまうものの、表情は微塵も揺るがぬ一面の笑顔。
「大丈夫だよ。ここは私のうちで、持ち主の私がこの部屋をあなたたちの部屋だと決めたのだから」
 その笑顔と言葉に、まりさはほっと一息。
「すごい! やわらかくて暖かいよ! はやくきて、まりさ!」
 先行するれいむの声にたまらず、閑静な日本家屋に飛び込んでいく。
 大きな振動と、土ぼこり。
 穴倉の中にいたまりさの体が、たたみに大きな泥のかたまりをのせ、巨体でずりりとこすり付ける。
 向かう先にはゆっくりれいむ。その巨躯で体当たりした結果、大穴の開いた襖。その半壊した奥は押し入れのようだ。
 その押入れからは、雪崩のように布団の一段がすべり落ちている。れいむは土まみれの体をこすりつける。幸せそうな「やわらかーい、ゆっくりできるよおお!」という歓声と共に。
 楽しげなパートナーの様子に、まりさも辛抱できなかった。
「まりさもゆっくりするうう! ……っ! ひぐうっ!!」
 駆け寄るまりさの巨躯では、足元が見えない。そのため、ちゃぶ台にもろに下あごをぶつけていた。
 派手な音が響いてひっくりかえるゆっくりまりさとちゃぶ台。ちゃぶ台の上のガラス皿がごろごろと重い音を立て、皿にのせていた果物を床に転がす。
「……ゆっぐりいたぐなっでぎだああああ!」
 ひんひんと滝のような涙を流すゆっくりまりさ。
「まりさっ! れいむの赤ちゃんは大丈夫!?」
「……っ! だ、だいじょうぶ、ゆっぐりじでいるよおお」
 何がわかるのだろうか、てゐにはうかがい知れないが、子供を心配しあう二匹には十分な母性の強さを感じる。
 子供の大切さがひしひしと伝わる光景。このまま出産しても、二匹は母としての勤めを果たすことが可能だろう。
「ゆっ!? 果物さんだ!」
 先ほどの衝突で床にこぼれた果物。
 その桃の甘い香りにまりさが不意に気づいていた。
 いつのまにか、涙は止まっている。その代わりに、大きな口の端からだらららと、留処ないよだれ。
 二体はずるずると這うような動作で五個の桃を集める。
 まずは仲良く、二個づつ。
「むーしゃ、むーしゃ。しあわせー!」
 ほほえましい二匹のやりとり。
 ゆっくりが桃をかむたび、その果汁がだらだらと顎を伝い、畳と布団に染みをつくっていった。
 あっという間に、部屋の本来の持ち主の好物ゆっくりのお腹に納まっていき、残すは一個。
 もちろん、長年にわたって深く愛し合う二匹は奪い合ったりはしない。
 まりさとれいむは桃をはさんで向かい合い、桃をお互いの口を押し付けあって持ち上げた。そのまま、双方から食べていく。
「むーしゃ、むーしゃ」
 お互いが食べあうため、近づいていく唇。最後は二匹の唇がぺったりとくっついた。
「ゆううう、れいむのくちびる、あまーいよお♪」
「まりさのくちびるも、あまくてぎもぢいいいいー♪」
 ぺろぺろと、お互いのごんぶとの舌が触れ合う。
 ちゅちゅと響く不快な摩擦音。
「ぷはあああ! れいむのてくにっくがずごいいいいいいい!」
「ぢゅううう、んんんん……ぽん! ぷはああああ、まりざの力づよざもずでぎいいいいい!」
 そのまま、本格的にお互いの唇を吸い合う二匹。
 巨体同士が絡み合う度、湿り気を帯びた音がぐちゃぐちゃと音を立てる。
 どうやら、安全な居場所を得たことで、もう一匹という気持ちが盛り上がりつつあるようだ。
 興味深そうに見つめるてゐ。
 だが、ゆっくりれいむに睨み返されてしまった。
 性欲で血走った目を半眼にし、てゐをにらみつけている。
「ゆっ、なに見ているの! うさぎさんはここでゆっくりしないでね!」
「うさぎさん、ここはもうまりさとれいむのおうちなんだから、ゆっくり出ていってね!」
 見られるのを気にするんだ。
 その新たな発見に満足して、てゐは気を悪くしたふうもなく笑う。
「あ、ごめんね。ではごゆるりと……ゆっくりしていってね」
 含み笑いをにじませながら、ゆっくりれいむにお別れを告げていた。
 ゆっくりの巨体で骨組みが粉砕されていた障子を、静かに閉めて立ち去るてゐだった。


「ようやく、すっきりできるよ、れいむうううう」
「ま、まりさああああああ。誰よりもすっきりじだい! だいぢゅきいいいいい」
 巨躯二体の絡みはすさまじかった。
 ごろごろと体を擦り付けあって部屋を縦横に転がる。
 その後を刻み付けるように、二体から分泌された粘液がたたみに跡を残していく。
 子供の出る部分をぴちゃぴちゃとすりあせて、ますます興奮していくゆっくり。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆっひいいいぎいいいいいいい!」
 興奮のあまり、行き立ちはだかる箪笥を二匹、ぶちあたって押し倒す。
 地鳴りを立てて倒れ付す衣装箪笥。反動で開いた引き出しから、清楚な白の下着類がたたみの上にあられもなく広がると。
「にゅふうううううううう!!」
 二匹がその上に転がりこみ、べとべとの体液に張り付かせて全身をまだらに染める。
「見えないいいいい! げど、まりざがあだだがあああああああい!」
 ブラジャーかぶったような体制で両目を塞がれたれいむが、暗闇の中でますます相手の体を求めていた。パンツごしにすううぱああと、荒い息を繰り返していたまりさもすかさず応じる。
 情愛を確かめる頬のすり合わせ。お互いのよだれがダラダラとこぼれて、頬にすり込まれていく。顔は真っ赤にのぼせ上がって、だらしない半開きの口が閉まる気配も見せなかった。
 すり合わせながら、ぽやああと虚空をうっとりと眺めていた目が、次第に上に上にと高みを見つめる。
 口からは、ぶっとい舌がべろんとのびて、はああはああと熱いむわっとした息を相手に吹きかけていた。
 絶頂は近い。
 ぐりぐりとこすり付けていた体を、ぎゅぎゅぎゅぎゅと小刻みにしていくゆっくりまりさ。
「ずっ、ずっぎりずるううう!? ぞろぞろ、ずっぎりじだい、じだいよおおおおおお!」
 まりさの顔はびくんびくんと、危険なほどの痙攣して欲望の果てを望んでいた。
 が、そんなまりさのアヘ顔を、欲情した瞳で視姦するれいむ。
「ゆふふふふ! ぞんな゛にそわそわして、がわいいよおおおおまりざあああ! ダメなのおおおおお、もうイグのおおおおお? ガマンできないのおおおおおおお? もうずっぎりしちゃうのおおおお!? 」
 答える声はない。
 まりさは舌が千切れるのではというほど目につきだして、びくびくと弛緩する体をますます小刻みれいむにすり合わせていく。
「あ゛せ゛ら゛な゛い゛て゛ええええ、ゆっぐりじでねええええ! もっ、も゛お゛ち゛ょっと゛! うっとりじようよおおおおおおお、まりさああああ!」
 成熟したゆっくりほど、すっきりの前段階、うっとりの心地よさに貪欲だった。
 パートナーのもうたまらないと吹き上げる熱に、ぞくぞくと興奮に打ち震えるゆっくりれいむ。
「まりざあああ、言っでええええ! れいむ、すっきりざぜでくださいって、言っでえええええええ!」
「んほおおおおおおおおおおおおおお! すっきりっ、ずっぎりじだいんおおおおお、ざぜでえええええ、れいむううううううううう!」
 涙とよだれと汗と謎の液体で、ぐっちゃぐっちゃの顔で哀願するまりさ。
 その惨めたらしい、情けを乞うような卑屈さに、れいむの体を貫く興奮。もはやれいむにも押さえがきかなくなる。
「ああんんんうっほおおおおおおおおおおお!!! いぐううううううっ! らめええええええんほおおおおおおおおおお!!!」
「イげるううううううう、うひいいいいいいゆううううううううう! うれじいいいいいよおおおほほおおおおおおおおお!!!」
 二匹は、今まさに絶頂へ至ろうとしていた。


「な、なんなの、これは!」
 へたれたウサミミが怒りに震えていた。
 妖怪兎であるが、すらりとした背丈と赤い瞳が特徴の月の兎、鈴仙だった。
 鈴仙の身分は、実質的には月からの逃走して永遠亭に居座った肩身の狭い居候で、永遠亭の主や薬師に体よく使われる立場。
 そんなわけで、この三日間は不老不死不眠不休の師匠に付き合わされ、片時も気を抜けない実験の手伝いをさせられていた。
 もう、すでに身も心も疲労の極地。
 てゐと約束していた一緒に人の里に遊びに行く約束も断って、今はひたすらに自室の布団が恋しかった。
 だが、自室のかなり前衛的にアレンジされた障子を開き、目の前に広がっていた光景は鈴仙の精神に止めを刺すものだった。
 狭いながらも、お気に入りの調度品で統一し、永遠亭でもっともほっとできるそのマイルームは、巨大な二匹の生き物に占拠されていた。
「じょ、状況確認」
 何とか、昔の月の軍人時代の教練を思い出して部屋の様子を確認する鈴仙。
 部屋は荒れ果てていた。
 ちゃぶ台はひっくりかえり、香霖堂で粘って購入したガラス皿にはひびが入り、イグサが香り立つ新しい畳も泥だらけ。襖には大穴、障子は骨がへし折られ、箪笥は引き出されて自らの制服や下着は無造作に散乱し、耐え難いことに一部が生き物にはりついていた。もはや、生き物の醜悪さは筆舌に尽くしがたいものに成り果てている。
 鈴仙があれほど望んでいた布団などはもう見る影もない。
 興奮した様子で絡み合う二匹の下に、下着類とともにしかれて二匹の愛の営みの舞台と化していた。もちろん、布団にも得体の知れない粘液が方針円状に広がり、ぱちんぱちんと体を合わせるゆっくり二匹の動きに合わせてしぶきが部屋中に飛散している。
 許されるならば火を放ちたい。
 鈴仙がそんな感慨に身を震わせていると、部屋の中央で絡み合うゆっくり二匹が、ぶぶぶぶぶぶと地震の最中のように揺れ始める。
 まさか!
 悪寒に駆られた鈴仙が部屋に踏み込もうとするが、すでに遅かった。
「のほおおお、すっきりー!!!」
 目の前で高みに達していた。
 愛しのマイルームが、ゆっくりどものラブホテルと堕したその瞬間だった。
 全身を伸び上がらせて天にも昇る感覚に酔いしれるゆっくり二匹。
 伸びきったその体が、今度は力を失ってしゅうううと横にへたりと広がる。疲労感に包まれて、至福の脱力。
 しばらく、ひいいふううゆううという甘く荒い二匹の息と、無言で立ち尽くす鈴仙がその場に残されていた。
 とろんとした目で、まりさを見つめるれいむ。
「ゆー……二人目もきっと今できたね!」
「ゆっ! 今の子供を生んだら、もう一人がんばろうね!」
 満ち足りた幸福の言葉をかけあう二匹。
 と、そのうち片方、まりさの顔がびくんと震えた。
「ゆっ! 今、お腹の子がゆっくり動き出したよ!」
「ゆ? ゆゆっ!? れいむの子も動き出したよおおお!」
 出産間際であれだけの運動をしたのだから、子供も何事かと動き出すのだろう。
 二匹、慌てて身を起こし、並んで部屋の中央に。そのまま、微動だにしない。
「ゆっぐううううううう!」
 ゆっくりのとぼけた顔がこれほどまで辛そうな表情をするとは、鈴仙は知らなかった。
 もしかして、死ぬのだろうとか。淡い期待をよせる鈴仙。死ねばいいのに。死ね。
 それに応えるかのように、ゆっくり二匹の顔が、揃って苦悶の色をますます濃くしていった。
 と、同時にゆっくりの下あごに少しずつ、黒い影が生まれていく。
 穴だった。
 肌を内側から裂くように、顎の下に黒い穴が広がり始める。
「んほおおおおおお……!」
 あえぐ二匹。快楽などではなく、途方もない苦痛にこぼれた声だった。
 果たして、どれだけの痛みなのだろう。歯茎をむきだしにし、目から滂沱の涙。どれだけかみ締めているのか、唇からはぽろぽろと餡子が一筋ながれていた。穴の付近からは餡子とも違う液体が流れて、布団の染みを絶望的に広げていく。
 わけもわからず、そのゆっくり二匹の競演に見入ってしまっていた鈴仙。
 だが、その黒い穴の奥からゆっくりの子どもの顔がうっすらと見えてきて、すべてを悟った。
「ま、まちなさい!」
 自分の部屋での出産だけはやめさせたかった。
 そうしなければ、自分の部屋をもう家畜小屋としか思えなくなる。
 ぎゅっとふんばる二匹は、突然の乱入者にも身動きできないし、いまさら中止などできない。
 そもそも、一刻も早く終わらせたい苦痛なのだ。
 この、自分の体を真っ二つに引き裂いたような痛みは、出産直前に最大となり、そうして終わることがわかっているから耐えられる苦痛。さっさと終わらせたいのに、このバニーさんは何を言っているのだろう。
「でていってよ!」
 鈴仙がまったく動かない二匹に業を煮やしてれいむの体を押すが、その重量はびくともしない。
 出産直前のれいむの苦痛を増幅させただけだった。
「ゆぎいいいいい! いだいいいいいじぬうううううう! はなじでよおおおほおっ!」
 あまりの血走った形相に、思わず手を離す鈴仙。
 ふひふひと荒い息で痛みを逃すゆっくりれいむが、その血眼を乱入者に向ける。
「兎のおねえさん、ひどいことしないでとっとと消えてね!」
 修羅場中の母となろうとしているれいむは、母の情愛から好戦的になっていた。
「なっ! あんたねえ、私の部屋から消えるのはあなたたちでしょうが!」
 ゆっくり相手だとわかっていながらも、思わずやり返す鈴仙。
 だが、いきなり乱入しての私の部屋宣言に、その様子を横目で見ていたゆっくりまりさが激昂する番だった。
 兎さんからもらったおうちなのに、このバカうさぎは何をわけのわからないことを言うのだろう。
 人のうちに入って、自分の部屋だと主張することがいけないことぐらいわかってほしいゆっくりまりさ。
「ごちゃごちゃうるさいよ! ここはれいむとまりさのおうちだよ!! いまからこども産むんだから さっさとでてってね!!」
「兎さんからもらったおうちから、出ていってね!」
 れいむとまりさの息のあった応酬に、鈴仙は思わず半笑い。
「あー、その兎さんって誰?」
 なんとなく、鈴仙は事情が読めてきていた。
「名前はわからないけど、おねえさんより小さくて、品がよくて、やさしくて、じゅんしんな兎さんだよ!」
「うん、そしてれいむみたいな綺麗な黒髪の兎さんだよ!」
「ああ、てゐ、ね」
 悪戯兎のニヒヒという品が無く、邪気に満ちて、腹黒な笑顔を頭に思い浮かべる鈴仙。
 それにしても、ここまで洒落にならない悪戯をされたのは久しぶりだった。
 ふつふつと部屋の惨状を見るたびに煮えたぎる鈴仙の胸のうち。
「それじゃあ、お姉さんはとっとと消えてね!」
「バカじゃないなら、わかるよね。れいむたちはもうすぐ子供が生まれそうなの! 消えてね!」
 本来、穏やかな気性の鈴仙。それなのに、その怒りの炎が消えぬよう丹念に油を注ぐ妊娠ゆっくりたち。
 鈴仙は腹を決めた。
 幸い、鈴仙の手には師匠の永琳から廃棄を頼まれた資材が一山。
 その中に、チューブのように太いゴムを見つけ出していた。ゆっくりたちの体を三周して、いまだあまりあるほどのゴムの束。
 すううと、鈴仙の狂気の瞳が細められる。
 目の前には、間断なく襲い掛かる出産の苦痛に顔を歪めながら、それでも苛々と鈴仙をにらみつける二匹の巨大なゆっくり。
「れいむううう、このお姉さん邪魔なのにどうしているのおおお?」
「きっと、バカなんだね! バカなのは仕方ないから、ゆっくりもう一度いうよ!」
「うん、れいむはやっぱり親切だね! それじゃあ、いうよ! ゆーっくーりー、きーえーてー!」
「わーかーるーよーねー?」
 鈴仙はゆっくりたちの心底見下した視線を受け止めて、深く頷く。
「そう、わかったわ」
 師匠にこき使われて、てゐに悪戯されて、ゆっくりに出て行けといわれるこの現状の憤りを、鈴仙はしっかりと理解していた。
「ゆっ! ゆっくり話したかいがあったよ!」
「それじゃあ、ゆっくり子供を産もうね! 幸せな家族、つくろうね!」
「うん! 幸せになろうねー!」
 向かい合って、安堵の表情を交し合うゆっくり二匹。
 瞬間、鈴仙は動いた。
 俊敏にゆっくりまりさの後ろに回りこむと、全身の力をこめて体当たりする。
 その衝撃にびくんと前に飛び出したまりさ。
 正面にいたのは、ゆっくりれいむだった。
「むぎゅ!」
 唇をべったり密着させるゆっくり。
 何が起こったのか、困惑して離れようとする。
 だが、できなかった。
 鈴仙の狂気の視線を受けたれいむが、平衡感覚をなくし、離れようとして逆にますますまりさに密着してしまうからだ。
「ゆっ!? ゆっくり離れてね、れいむ!」
「まりさこそ、れいむの正面にこないでゆっくりしていてよ!」
 文句をつけあう二匹。正しいのはまりさだが、鈴仙は親切に教えてあげたりはしない。ただ無言で、ゴムチューブを伸ばしてゆっくりたちを縛り上げていくだけだ。
 やがて、鈴仙の手で十字に固くゴムが結ばれ、中心に向けてしめあげられるゆっくりたち。
 向かい合って、唇を強制的に合わせたまま固定されていた。
「ゆゆゆゆゆ!?」
「ぐっ、ぐるじいいいいいい!」
 かろうじて唇をはずしての苦悶は、重圧からにごりきったダミ声となっていた。
 元の、気に障るほどに明るい声の面影は、もうどこにも見受けられない。
「ああああああ、あが……あがちゃ……」
 赤ちゃんが死んじゃう。れいむたちはどうなっていもいいから、赤ちゃんだけは産ませてください。
 そんなゆっくり夫婦の嘆願も、もう締め上げるゴムのきつさに言葉にならなかった。
 鈴仙はとりあえず拘束できたことに満足する。しばらく、このままで反省されたいと、ただそれだけの行動。
 だが、赤ちゃんが詰まってぱんぱんの親ゆっくりの体にはすさまじい拷問だった。めりめりと悲鳴をあげる赤ちゃん。一週間、穴倉の中でゆっくり大切に育て、新しい家族の誕生に思いをはせたあの日々が、すべて団子の出来損ないで終わってしまう。
「もうこんな目に会いたくないなら、早くここから出て行くことね」
 鈴仙はゆっくりを殺すという選択肢をとらなかった。後始末が大変だろうし、命を弄ぶのは本意ではない。
 それに、鈴仙には復讐を誓うべき対象は別にいる。
「まあ、あなたたちはてゐに騙された被害者でもあるのよね」
 友人の兎の顔を思い浮かべ、ため息。
 怒るのも挑発にのってしまっているようでもどかしい鈴仙だった。
「これから、ここの片づけをする道具をもってくるから、それまでに転がるなりして永遠亭から消え失せれていれば何もしないわ」
 淡々と言い残して背中を向ける鈴仙。
 が、部屋を去る前にもう一度振り返る。
「でも、今度から永遠亭の半径100m以内で見かけたら、殺すから」
 赤い目が、本気の意思を潜ませて冷ややかに輝いていた。


 部屋を後にした鈴仙は、すぐに身を翻して離れの方へ。
 駆け出して鈴仙の前に、その波長に捕らえられたてゐの姿があらわれて、驚いたようにこちらを振り向く。
「こらっ! てゐ!」
 しかりつけると観念したかのように立ち止まっていた。
 けど、反省の色はない。憎たらしく、べーと舌を出す真似。
 まるで子供みたいと鈴仙は思った。
 本来のてゐは妖怪兎のリーダーで、寿命もそこらの妖怪がはだしで逃げ出すほどの長寿。永琳たちがくるまでは永遠亭を指導し、永琳たちの来訪時には交渉をもって妖怪兎たちの種の安寧を確保した実績を持つ、老練した妖怪だ。
 人間たちにしかける悪戯も機知にとんでいて、騙されたことすら気づかないような嘘を思いつける知恵者でもある。
 それがなぜ、自分にはこんな子供じみた悪戯ばかりするのか。
 鈴仙はわかっていた。
 だから、まったくもって本気で怒れない鈴仙。
 苦笑交じりの笑みで、てゐに語りかける。
「てゐ、悪かったわね。最近、ずっとかまってあげられなかった」
 永琳の助手以外にも何かと忙しくて、一月あまりろくな会話をしてこなかった気がする。
「なっ、なにを言っているの!」
 激昂するてゐに向けられる鈴仙の赤い瞳は優しげだった。
 そのまま、一呼吸で歩み寄りぎゅうと抱きしめてあげると、てゐの達者なはずの口が言葉を失う。
 そのぬくもりに、どうしようもなくてゐの心が満たされてしまう。
「今日からしばらくは暇だから、いっしょにいようね」
「……うー」
 用意していた拒絶の言葉もどこへやら。
 芸も無く頷くてゐに、満足げな笑顔をもらす。
「じゃあ、今日からてゐの部屋で私も休むわね」
「え、どうしてー!」
「あなたが、めちゃくちゃにしちゃったでしょ、私の部屋。どこで休めばいいのよ」
「う、確かに。し、しかたないなー!」
 なかなかに微笑ましい姉妹のような妖怪兎たち。
 これから、夜通し積もる話でもするのだろう。
 だが、その前にてゐは悪戯に使った道具のことを思い出す。
「あ、そうだ。あのでっかいゆっくりたちはどうしたの?」
「今は動けないようにしているけど、解いて逃がしてあげるわよ。あれだけ脅しておけば、もうこないでしょうし」
 やっぱり鈴仙は甘いなあとてゐはつくづく感じる。
 そこが、てゐが一番気に入っているところなんだけどねと、ほくそ笑むてゐに、また何かたくらんでいるのかと困り顔の鈴仙。
 一路、自分の部屋へ向かう二羽の妖怪兎。
 だが、たどり着いた自分の部屋はがらんどう。
 ゆっくり夫婦の姿はすでに部屋から消えうせて、影も形もなくなっていた。


続き

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最終更新:2008年09月14日 04:47
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