ゆっくりいじめ系21 俺とゆっくり

ゆっくりという種族が幻想郷に突如蔓延して、どのくらい経っただろうか。
畑を荒らす害獣として駆除されたり、加工所というところでお菓子にされたりするくらいには、既に浸透していると思う。
中には俺のように、ペットして飼うものも少なからず存在していた。
「今帰ったぞ~」
「ゆっ!」
仕事が終わり、帰宅して扉を空けると、部屋の真ん中に鎮座していた生首が声を上げて駆け寄ってきた。
赤いリボンが特徴的な、ゆっくり種の中でも一番数が多いとされるゆっくり霊夢だ。
博麗の巫女によく似た顔で(と言うと、霊夢さんは怒るかもしれないが)、性格は基本的に温和で純粋無垢。
それ故にトラブルを起こすことも多々あるのだが……まぁ、その話はもうちょっと後で。
「ゆっくりしていってね!」
仕事で疲れてる俺に対する労いの言葉――ではなく、単にこいつらの口癖なのだが、兎にも角にも癒される。
可愛いなぁ、くそ。
俺の友人たちはよくこいつを買って食べているが、正直薄目に見れば人の顔そのものであるこいつらによく噛み付けるものだ。
しかも食う時に痛々しい叫び声上げるんだぜ? 悲痛すぎて言葉が出ない。
友人曰く、「お前もその内分かるようになる」らしいんだが……そういう日が来ないことを願う。
「待ってな、今晩飯作るから」
「ゆっくり待ってるね!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて晩飯を心待ちにしていることをアピールするゆっくり霊夢。
うぅん、ぷりちー。
気持ち悪がる人もいるが、俺にとっては可愛いペットだ。


晩飯を食べ終わると、読書タイムとなる。
最近友人になったパチュリーさんから借りた本を読みながら、まったりとした時間を過ごす。
ゆっくり霊夢は何をするでもなくぼーっと、たまにぴょんぴょん部屋を飛び跳ねて、「ゆっくりしてるね!」と言っていた。
ゆっくりの声には癒し効果でもあるのか、意識を阻害されることなく読書に集中出来る。
やがて切りのいいところで本を片付け、ゆっくり霊夢と遊ぶことにした。
「ほら、取って来い!」
「ゆ! ゆ!」
フリスビーを家の壁に穴を開けない程度に軽く投げ、ゆっくり霊夢に取って来させる。
ゆっくり種はその口癖と名前から勘違いされがちだが、飛び跳ねたり、野原を駆け回ったりと意外とアクティブな存在だ。
だから運動不足にならないよう、こうして遊んであげる必要がある。
俺が仕事に行ってる間に外に出してもいいんだが、もし野生のゆっくりアリスやゆっくりれみりゃと遭遇したときのことを考えると……駄目だ、放し飼いは認められない。
「取ってきたよ!」
口にフリスビーを加えたゆっくり霊夢が戻ってくる。
「おう、偉い偉い」
ゆっくり霊夢の頭を撫でてやると、ゆっくり霊夢は嬉しそうな顔をした。
その顔を見ていると、こっちの頬まで緩んでくる。
……それと同時に、ある感覚が心の内より現れた。
「っ……」
「?」
不思議そうにこっちを見つめるゆっくり霊夢になんでもない、と首を振り、もう一度フリスビーを投げる。
せっせと追いかけるゆっくり霊夢を見つめながら、湧き上がる感情に戸惑いを覚える。
――ゆっくり霊夢をいじめたい。
別に虐待をしたいわけではない。可愛いペットにそんな真似をしたくはない。
しかし、こう、なんというか……ううん、説明出来ない。
「ゆっくり取ってきたよ!」
再び戻って来るゆっくり霊夢。
俺は心のもやもやを打ち払うようにゆっくり霊夢の頭を撫で、そして振動させた。
「ゆっ!?」
小刻みにバイブレーション。
最初は驚いて逃げようとしたゆっくり霊夢の顔が、少しずつ赤らんでくる。
「ゆゆゆ、ゆー!! ゆー!!!」
甲高い声。時間の経過と共に、ゆっくり霊夢はどんどん発情していく。
荒んだ心を癒してくれる礼として、こうしてゆっくり霊夢に快感を与えてあげることは毎日の日課だった。
「……」
だが、今日の俺はなんとなく、手を止めてしまった。
中途半端なところで快感をストップされたゆっくり霊夢は慌てたように俺の手に擦り寄って、
「ゆ、ゆっくりして! もっとゆっくりしていって!」
潤んだ瞳で俺を見上げるゆっくり霊夢。
その視線を浴びて、
「……!」
何故か身体がゾクゾクする。
もっと見たい。
もっとこの目で見つめられたい。
「ゆー!!! ゆー!!! ゆー!!!」
だが、それと同時に可哀想だという感情も浮かび上がってくる。
俺は手をもう一度律動させ、ゆっくり霊夢を絶頂へと導いてやった。





未知の感覚に戸惑いながら、一週間が経過した。
臨時教師として慧音さんの手伝いをした俺は彼女と彼女の友人である妹紅さんと一緒にまったりとお茶を飲みながら歓談し、上機嫌だった。
「おーう、今帰ったぞー!」
扉を開ける。
――瞬間、先程までの高揚した気分が嘘のように蒸発した。
俺はゆっくり霊夢に、家の中はどこをうろついてもいいから絶対に机の上には乗るなと言い聞かせてあった。
机の上には俺の大事なものがたくさん置いてある。
ゆっくり霊夢はそのことを理解したかどうかは知らないが、厳しく言っておいたので飼い始めてから三ヶ月、ずっと机の上に乗ることはなかった。
だが。
帰宅した俺を待ち受けていたのは机の上に鎮座してゆっくりと眠っているゆっくり霊夢の姿だった。
「……」
俺は机に近寄って、その惨状を目撃した。
綺麗に整頓されていた机の上は見事に荒らされ、物体のほとんどが破壊されていた。
アリスさんがくれた人形も、
妖夢ちゃんが作ってくれた剣神像も、
てゐから珍しく受け取った四葉のクローバーも、
幽香さんから頂戴した花も、
にとりさんと協力して発明したトランシーバーの試作機も、
みんなみんな、見るも無残に破壊され尽くされていた。
「……」
俺はどろどろとした心のまま、ゆっくり霊夢を起こした。
「ゆ……?」
とろんとした目を開け、俺が目の前に立っているのを認識するや否や、
「ゆっくりお帰りなさい!」
いつもの挨拶。
だが、俺の心はいつものように癒されはしない。
「なぁ、ゆっくり霊夢」
「どうしたの?」
「お前、なんで、机の上に乗ってるんだ……?」
「……ゆ!?」
俺の怒りのオーラを感じ取り、ようやく約束を思い出したのか、ゆっくり霊夢は慌てたように頭を下げた。
「ご、ご、ごめんなさいだよ!」
「謝るのは後でいい、理由を説明しろ」
「あのね、蝶々がね……」
ゆっくり霊夢が言うことには昼頃、窓の隙間から現れた蝶々を捕まえようと四苦八苦し、ようやく机の上で捕まえて食べ、そのまま眠ってしまったらしい。
あまりにも夢中で、俺との約束など「うっかり」忘れてしまっていたようだった。
うっかり。
それだけの理由で、俺の大切なものは破壊され、二度と元には戻らない。
俺はゆっくり霊夢を叩こうと腕を振り上げ、
「ゆーっ!!!」
目を閉じ、ぶるぶると震える姿を見て、静かに下ろした。
とんでもないことをしたとはいえ、三ヶ月間ずっと一緒に暮らしてきたペットだ。
暴力を振るうことは、俺には出来ない。
溜息をつき、ゆっくり霊夢を持ち上げ、そっと床に降ろした。
「ゆ……?」
「晩御飯にしようか」
ぱぁ、とゆっくり霊夢の顔が明るくなった。
「ゆっくり用意してね!」
先程の殊勝さが嘘のように、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを露にする。
「ふぅ……」
甘いな。
まったく甘い。


俺は、許してやるなんて一言も言ってない。





その日から、俺は帰りにある場所へ寄るようになった。
必然的に帰りは遅くなり、ゆっくり霊夢と遊ぶ時間はなくなる。
更に意識して朝飯と晩飯の量を減らしたので、ゆっくり霊夢は少しずつ文句を言うようになった。
「早く帰ってきてね!」
「たくさん遊んでね!」
「もっと食べたい!」
だが、俺はその声を悉く無視した。
少し胸は痛んだが、それでもこいつにはやったことの重大さを分からせてやらねばならない。
でないと、俺の怒りが収まらない。
俺のただならぬ様子を見かねた鈴仙さんから貰った精神鎮静剤を飲みながら、俺は準備が整うのを待った。
そして――三日後。
全ての準備は整ったのだった。










ゆっくり霊夢はまどろみの中にいた。
最近は自分の主人があまりゆっくりしてくれなくなり、寂しい思いをしていた。
だが昨日の夜、寝る前に彼は言ってくれたのだ。
「ここのところ、遊んでやれなくてすまなかったな」
「一週間の休暇を取ってきたから、ずっとゆっくり過ごそう」
「ご飯も今まで少なかったけど、豪華にするぞ」
「さ、今日は一緒の布団で寝ようか」
感激したゆっくり霊夢は、わくわくした気持ちのまま眠りに付いた。
一週間も、優しい主人とゆっくり出来る!
だから、早く起きないと。
ゆっくり霊夢は寝返りを打とうとして――打てない。
「……?」
身体が動かない。
自分は今だ夢の中にいるのだろうか?
なんだか息苦しい……
ゆっくり霊夢は静かに目を開いた。
「……!?」
そして映った光景に飛び上が――ることが出来ず、身体を震わせた。
自分の身体は、四角い箱の中に閉じ込められていた。
『んん゛っん゛ん゛ん゛ん゛……んん゛!?』
ゆっくりしていってね! 種族反射的にそう言おうとして、言えなかった。
自分の口に猿轡が噛まされており、更にその上からガムテープを貼られている。
周りは暗い。しかし自分の視点の場所だけ小さく四角い穴が開けられており、そこから外の様子が映し出されている。
そこには――
「すぅ……すぅ……」
「ゆ……ゆっく……」
布団で眠っている、見慣れた主人と、ゆっくり霊夢の姿があった。
『ゆ!? ゆゆゆ!!?」』
混乱して喚くゆっくり霊夢、突然の事態に理解が追いつかない。
何故自分はこんなところにいる?
主人と一緒に眠っているゆっくり霊夢は何者だ?
「うぅん……」
と、その時。
主人が眠りから目を覚まし、起き上がった。
目をこすり、横で一緒に眠っていたゆっくり霊夢を見て――
――惚れ惚れするような太陽の笑顔で、
「ほら、起きろゆっくり霊夢、いい朝だぞ」
『ちがうよ! そいつは偽者だよ!!!』
叫びたい。
しかし、その声は届かない。
やがて偽者のゆっくり霊夢が目を開き、開口一番、
「ゆっくりしていってね!」
「おう、ゆっくり朝飯にするか。昨日の約束通り豪華にいくぞ」
「ゆっくり作ってね!」
『待って! 気付いて!!!』
ゆっくり霊夢は泣きながら、自分と偽者が入れ替わっていることに気付いてくれと願う。
だが無情にも、主人はふんふんと鼻息を歌いながら台所に向かっていった。
『あ゛あ゛っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!』
絶望が心を支配する。
だが、気付いていないのはゆっくり霊夢のほうだった。
これはまだ、始まりにすぎないのだと。





(見ているか、ゆっくり霊夢?)
俺は料理を作りながら、心の中でほくそ笑んだ。
一緒にいたのが偽者だということくらい、先刻承知している。
何故なら二人のゆっくり霊夢を入れ替えたのも、本物のゆっくり霊夢を閉じ込めたのも、全部俺だからだ。
(それがお前への制裁だ。ゆっくり楽しんでくれ)
ぞくぞくするような背徳感を感じながら、意識して本物のゆっくり霊夢が閉じ込められている箱を見ないように努める。
ゆっくり霊夢は現在、透明の四角い箱に入れられ、更にその四方と天井をダンボールの壁で一枚一枚覆っている。
そんな面倒なことしなくてもそのままダンボールを被せればいいじゃないか、と思う奴もいるかもしれないが、まぁこれにはちゃんとした理由がある。
その理由は後ほど語るとして、偽者のほうを説明しておこう。
こっちのゆっくり霊夢は三日前、ゆっくり加工所に行って手に入れたゆっくりだ。
所員に事情を説明し、余っている預かり部屋を利用して仲良くなった。
こいつには一週間、俺の家で一緒に暮らせると伝えてある。
何か変なことを言い出さないかだけ少し心配だったが、流石ゆっくり、あまり深くは考えない性質のようだ。
俺は今から、この偽者ゆっくり霊夢を最大限にもてなす。
そしてその様子を、本物のゆっくり霊夢に見せ付けるのだ。
本来なら自分が得られたはずの待遇が、突然現れた自分の偽者に奪われる。
しかもその様子をまざまざと見せ付けられ、自分は食べることも、遊ぶことも許されない。
お仕置きとして、これ以上のものはそうそうないだろう。
さぁ、ゆっくり霊夢。
お前がどれだけのことをしでかしたのか、分かってくれよ?





『う゛わ゛あ゛あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
ゆっくり霊夢は絶望の淵にいた。
どれだけ暴れても、どれだけ祈っても、自分の置かれている状況はこれっぽっちも変化しない。
朝食は豪華な豚カツだった。自分は何も食べていない。
昼飯までの間、二人はゆっくり過ごしていた。自分はきつい箱の中で息苦しかった。
昼飯は二人でどこかに出かけていた。孤独感が自分を押し潰すようだった。
夕食まで、二人はずっと遊んでいた。自分はただ身体が痒いのを我慢しているだけだった。
夕食は今まで食べてきた中で一番美味しかったお寿司だった。でも、やはり自分は食べられなかった。
そして、
「ゆー……ゆゆゆゆゆ……」
偽者のゆっくり霊夢は現在、主人の手によって振動を与えられていた。
「どうだ? ゆっくりしてるか?」
「ゆ……ゆっくりぃ……してるよぉ……♪」
『ゆっくりしてない!!! れいむは全然ゆっくりしてないよぉ!!!』
ゆっくり霊夢は快感を与えられている偽者の姿を滝の涙を流して見ていた。
滂沱のごとく流れ出る溢れ出る涙。何故、自分がこんな仕打ちを受けないといけないのか?
ゆっくり霊夢の頭の中に、既に約束を破ったことは残っていない。
「んほおおおおおおおおおお!」
偽者ゆっくり霊夢が絶頂を迎えた嬌声を聞きながら、本物ゆっくり霊夢はこれがいつまで続くのだろうと考えていた。





それから太陽が昇り、また沈み、そして再び昇った三日目の朝。
空腹で朦朧とした意識を抱えながら、ゆっくり霊夢をうっすらと目を開いた。
映る光景は変わらず、静かに眠る主人と、そして主人の腕を枕に眠る偽者。
ようやく暴れたり叫んだりして体力を消費することが愚かだと気付いたゆっくり霊夢は、呆とした意識のまま、事態が変わることを待っていた。
がさ……がさ……
(……?)
ふと気付く。壁の右側から何か音がする。
一体何だろうか? 確かめようにも、壁があって何も見えない。
やがて偽者ゆっくり霊夢が起き出し、ぴょんぴょん飛び跳ねて主人を起こす。
「ゆっくり起きてね!」
「む……もう朝か……」
ふわぁ、と欠伸をする主人。まだ眠り足りないようだった。
「ゆっくりご飯作ってね!」
「おう……だけどその前に」
「ゆ?」
「待ってる間暇だろ? いい遊び道具があるんだ」
そう言って。
主人はゆっくりと、自分の方向へ近寄ってきた。
『!!!』
これは千載一遇のチャンスかもしれない。
ゆっくり霊夢はありったけの力で出来る限り身体を震わせ、自分がここにいることをアピールする。
『れいむはここだよ! ゆっくり探してね!』
やがて映るのは主人の足のドアップ。そして、頭上から声。
「えーと、これだこれだ」
得心したような声。
同時に、ゆっくり霊夢の右側の闇が、突如として払われた。
『……!?』
どうやら、右側の壁が取っ払られたらしい。
もしかしたら脱出の糸口になるかもと、ゆっくり霊夢は明るくなった右側を、

見た。

「――――――ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!?」

声にならない悲鳴。
閉じ込められたときよりも大きい、今までで一番の驚愕。
「ほら、蛙さんの人形だぞ」「ゆっくり楽しむね!」という主人たちの声も聞こえない。
何故なら。
そこにいたのは。

『うー♪』
『だずけ゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!』

自分と同じく箱詰めにされ、自分と同じゆっくり霊夢を食べている途中の、ゆっくりれみりゃの姿だった。





(気付いたかな……)
俺は朝食の準備に取り掛かりながら、昨夜のことを思い出していた。
ゆっくり霊夢の起床・睡眠時間は、永淋さんに頼んで作ってもらった気体状睡眠薬で周到に設定してある。
それをゆっくり霊夢の死角から呼吸用に空けておいた穴に流し込んで、眠気を調節するのだ。
だからゆっくり霊夢が起きる前に俺は起床し、加工所で買ったゆっくりれみりゃを入れた透明の箱を隣にセット。
同じく加工所で購入したゆっくり霊夢を中に入れ、準備は万端というわけだ。
箱の大きさはゆっくり霊夢に使った二倍、ちゃんと食べられるスペースはある。
ちなみに都合上ゆっくりれみりゃの口は防げないので、こちらの箱は少し値段の張る防音処理だ。
更にその上に右側――いや、ゆっくりれみりゃから見れば左側か、そこだけ空けた箱を被せてある。
偽者のゆっくり霊夢がゆっくりれみりゃに気付いて怯えたりしたら計画が台無しだからな。
そして全てを終えた俺は先程まで眠っていたフリをしていたわけだ。
自分の天敵がすぐ傍にいる恐怖。更にそいつは自分と同じ顔のゆっくりを目の前で食べているのだ。それも、毎日。
それがどれだけの恐怖か、俺には分からない。
俺の都合上、ゆっくりれみりゃは一日一匹のゆっくり霊夢しか食べられないので、かりかりして目の前のゆっくり霊夢をどうにかして食べようと躍起になるだろう。
それが更に、ゆっくり霊夢を襲う辛苦となる。
ゆっくり霊夢はどうするだろうか。
怯えてぶるぶる震えるだろうか。
我を忘れて泣き叫ぶだろうか。
それを想像するだけで、俺は――たまらない高揚感を得る。





あれから何日経過しただろうか。
ゆっくり霊夢には、もう時間の感覚が存在していなかった。
毎日毎日、自分が過ごすはずだった幸福の日々を目の前で見せ付けられる苦痛。
自分を食べようと、いらいらした様子で飛び回っているゆっくりれみりゃの恐怖。
それが何も口にしていない空腹と身動きが取れないことの不快感とごちゃ混ぜになり、混沌と化していた。
『ゆっくり……したい……』
考えることはもはやそれだけ。
些事を考える余裕など、今のゆっくり霊夢にあるはずもなかった。
「美味しかったなぁ、ゆっくり霊夢!」
「ゆっくり美味しかったね!」
ゆっくり霊夢が食べたことのない、ブ厚いステーキを食べ終わって、主人と偽者ゆっくり霊夢は満足した様子だった。
ステーキ。幾度となく食べたいと主人に言い、その度にあしらわれて食べる機会のなかったステーキ。
本来なら自分が食べていたはずの、ステーキ。
ゆっくり霊夢の中に偽者への憎悪が込み上げ、だがすぐに虚脱感に襲われ萎んでしまう。
もう、何をする気にもなれなかった。
右側には未だにゆっくりれみりゃが自分を食べようと、ぱたぱた飛び回っている。
壁がある限り襲ってこないとは分かっていても、本能的な恐怖は拭い去れない。
もう、ゆっくり霊夢の精神はボロボロだった。
「さて、遊ぶか」
「ゆっくり遊んでいってね!」
「そうだ、今日は面白い玩具があるぞ」
「本当!?」
「おう。ちょっと目隠しするぞ、楽しみにしておけ」
「ゆっくりわくわくするね!」
食事の片付けが終わった主人は、偽者ゆっくり霊夢に目を布で縛っていた。
そして、本物ゆっくり霊夢の方向に歩み寄る。
『……!』
主人が自分の方に近付くのは、どれだけ久しいことか。
ゆっくり霊夢の中に、淡い希望が芽生えた。
もう身体を震わせる体力は残っていない。
ただ、主人が自分を見つけてくれることを祈るだけだ。
「えーと、何処だったかな……」
しかし、主人は期待も空しく、ゆっくり霊夢の死角へと移動してしまった。
希望が潰える。しかし、落胆する体力すらない。
自分の左側からがそごそという音。
結構時間がかかっている。
「お、あったぞ!」
ようやく主人が喜びの声を上げた。
と、同時。
いつかのときと同じく、ゆっくり霊夢の左側の壁が取っ払わらわれた。
反射的に、視線がそちらへ泳ぐ。
そして。
また、いた。

『れ、れれ゛い゛むぅぅぅぅ゛ぅ゛ぅ゛う゛ううぅ゛ぅ゛!!!』
『ゆ゛! ゆ、ゆゆゆゆ゛っく゛り゛し゛て゛ぇぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!』

発情し、顔は真っ赤にして目を血走らせたゆっくりアリスと。
そのアリスに襲われ、世にも恐ろしい顔で絶叫を上げる同種のゆっくり霊夢の姿があった。

『…………!!!』
世にも恐ろしい光景に、悲鳴を上げることも出来ず、咄嗟に目を逸らすゆっくり霊夢。
だが逸らした先には、
『うー!!!』
空腹で般若の表情をしたゆっくりれみりゃが、自分を食べようと壁をかりかり引っ掻いている。
『……!! …………!!!』
まさに前門の虎、後門の狼。
ゆっくり霊夢はただ、この状況をなんとかしてくれと願いしかない。
やがてゆっくりアリスが交尾を終えると、ゆっくり霊夢は黒く朽ち果てるのと同時に蔦を伸ばし、子供を生む。
ゆっくりれみりゃの箱より更に四倍は大きい箱の中で、小さな赤ちゃんゆっくり霊夢がぽんぽんと生まれた。
『ゆっくりしていってね!』
『ゆっくりしていってね!』
『れ、れいむ……れ゛い゛む゛ぅぅぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!』
だが、その瞬間。
発情が収まらないゆっくりアリスが、なんと赤ちゃんゆっくり霊夢に襲い掛かった。
『ゆ゛!? ゆ゛ゆ゛っ!?』
赤ちゃんゆっくり霊夢は突然の出来事に暴れるが、成人したゆっくりアリスに力で適うはずもなく。
他の赤ちゃんゆっくり霊夢たちは、怯えて隅に固まる。
そして交尾は終わるが、赤ちゃんゆっくりは黒ずんだだけで、子供を生むことはなかった。
ゆっくりアリスはその様子はじっと見つめた後、
ぎらり、とその視線を他の赤ちゃんゆっくりたちに移した。
その顔は、未だ発情したまま留まっており。
始まる、地獄絵図。





ゆっくり霊夢が覚えているのは、ここまでだった。
ついにゆっくり霊夢は意識を失い、失神してしまった。










冷たい、空気。
ゆっくり霊夢が目を開くと、そこは今まで暮らしていた部屋の中だった。
「……ゆっく!?」
吃驚して声を上げる。
声が、出る。
ゆっくり霊夢はもう猿轡をしておらず、狭い箱の中にも閉じ込められていなかった。
何が起こっているのか。
周囲を見渡すが、左右にゆっくりれみりゃやゆっくりアリスの姿は見当たらない。
あるのは、激しい空腹感だけ。
「ゆ、ゆっくりー!!!」
とにかく、理由は分からないが助かったことだけは分かり、ゆっくり霊夢は歓喜の声を上げた。
と、そこに、
「おう、起きたか?」
台所で朝食の支度をしていた主人が、ゆっくり霊夢の方を振り向いた。
「ゆっ……」
その顔を見た瞬間、今までの監禁生活で押さえ込んでいた様々な感情が溢れ出し。
ゆっくり霊夢は号泣しながら、主人の足元に飛びついた。
「う゛わ゛あ゛あああ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ゛ん゛!!!」
「おいおい、どうしたんだよ?」
主人は優しくゆっくり霊夢の身体を抱きかかえ、その涙を拭ってやる。
「ゆ、ゆ゛っく゛りて゛きる″! ゆっくりできるよぉぉぉ!!!」
「あぁん、お前何言ってるんだ……?」
わけが分からん、といった具合に主人は首を捻った。
だがその顔が笑いを堪えていることに、果たしてゆっくり霊夢は気付いているのだろうか?
「まぁいいや、朝食にするぞ」
「ゆ! 朝ごはん!?」
とにかくお腹が空いていた。寿司、ステーキ、自分が食べられなかった数々の豪華な食事を思い出し、思わず涎がこぼれそうになる。
激しい期待を込めて、調理中の料理を覗き込むゆっくり霊夢。
「……ゆ?」
だが、そこにあったのは、人参、椎茸などの普通の野菜ばかり。
しかもその量はかなり少なく、この空腹を満足させられる代物だとは到底思えなかった。
「も、もっといっぱい欲しいよ!」
「あー、悪い。今まで一週間贅沢したツケでな。今日から一ヶ月くらいこれで我慢してくれ」
「ゆっくり!?」
嘘だ、とばかりにゆっくり霊夢は絶叫を上げた。
「やだ! 食べたい!! れいむもステーキとかゆっくり食べたい!!!」
「お前、あんだけ食べてまだ足りないのか? 少しは限度ってもんがあるだろ」
「食べてない! れいむは食べてないよ!!」
「嘘をつくなよ!」
主人の厳しい叱責。びくりとゆっくり霊夢の身体が震える。
主人にとって、あの偽者が本物だったのだ。
あまりの理不尽に、ゆっくり霊夢は涙を流して訴える。
「違うの! 今までのれいむは偽者だったんだよ!! だかられいむは食べてないの!!!」
「いい加減にしろ!」
主人はがっしりとゆっくり霊夢の頬を掴み、言い聞かせるように耳元に囁いた。
「これ以上文句を言うなら、『ゆっくり出来ないようにする』ぞ」
「――!!!」

ゆっくり、できないように、する。

その一言は、ゆっくり霊夢のトラウマを蘇らせた。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
絶叫。涙の奔流が止め処なく溢れ出る。
「ごめ゛ん“な゛ざいぃ゛、ごめ゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ぃぃ!!! わがまま言わないからゆ゛る゛し゛て゛ぇ゛ぇぇぇ!!!」





「ごめ゛ん“な゛ざいぃ゛、ごめ゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ぃぃ!!! わがまま言わないからゆ゛る゛し゛て゛ぇ゛ぇぇぇ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は今までの人生で味わったことのない幸福感に包まれていた。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、謝罪の言葉を口にするゆっくり霊夢。
その哀れな表情が……この上なく、俺の快感となる。
「じゃあ、文句は言わないな?」
「うん……」
「よーし、いい子だ。早苗さんから貰った野菜だぞ、ゆっくり味わって食べろよ?」
「ゆっくり食べるよ……」
消沈した様子のゆっくり霊夢。
それを見て、愛しさが込み上げてきた。
「ああもぅ、可愛いなぁお前は!」
ゆっくり霊夢を抱きしめて頬ずりする。
やっぱりこいつは最高のペットだ!





酷いことしたと思うって?
でもそれって俺の愛なんだ!
愛ならしょうがないよね!!

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最終更新:2008年09月14日 04:47
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