ゆっくりいじめ系16 第三話 ゆっくりたちの、実にゆっくりとした一週間 後篇


八日目

 ゆっくりれいむはぬくもりに包まれていた。
 それにぽかぽかと暖かい。
 まるで、お母さんにくっついて眠っているみたいだ。
「お母さん……」
 呟くゆっくりれいむの黒髪を優しく梳く、柔らかな手のひら。
 頭を撫でてくれるその手はとても暖かで、ゆっくりとした気分にしてくれる。
 でも、れいむの頭に浮かぶのは疑問。
 手のひら?
「お母さんじゃない……」
 違和感を感じて、ゆっくりと目を覚ます。
 れいむは自分が見知らぬ場所にいることをすぐに理解した。
 燃え盛る暖炉と、その炎の色に彩られた調度品、特に品のいい棚にずらりと並べられた人形たち。
「あら、目が覚めたの?」
 頭上から囁きかける女性の声に、れいむはそっと上を見上げた。
 綺麗な女の人がれいむをのぞきこんでいた。
 少女らしさを残す青い服とカチューシャが可愛らしい。絹糸のような金色の髪は暖炉の炎を映してほんのり赤みがかっていた。
 アリスだった。
 ゆっくりれいむを膝の上にのせて、その頭を撫で続けている。
 どっかで見たような。でも、思い出そうとするアリスの手のひらが優しく頭をなでつけて、いまいち思い出せない。
「おねえさん、誰? ここは天国なの? おねえさんは天使?」
 思いつくままに話しかけると、アリスはくすくすと笑い出した。
「天使なんて嬉しい間違いだけど、残念ながら違うわ。私は魔法使い。そして、ここは私の家よ」
 魔法使い?
 ゆっくりれいむの疑問に答えるかのようにアリスが指を鳴らすと、棚から人形が一体、ふわりと動き出す。
「ゆっ!」
 驚いて叫んだゆっくりれいむの前に差し出されたのは皿に盛られたクッキー。香ばしい色にふっくらと焼きあがっている。
「おなか、空いてないかしら?」
「う、うん!」
 言われるまでもなく、ぺこぺこだったお腹。
 頭からお皿つっこんで、ばりばりと貪る。
「うっめ!!! メッチャうっめこれ!!!」
 床に欠片を撒き散らす犬食いだったが、アリスは気を悪くした素振りもない。
「ごちそうさま!」
「どういたしまして」
 ぺろりと平らげたれいむを優しげに見つめた。
 すると、人形がまた一体とんできて、空になったお皿を下げていく。
 れいむはその姿を見て、ようやく自分を井戸から救い上げた天使の正体に気づいた。
「おねーさんが、助けてくれたんだね、ありがとう!!!」
「一応はそうなるわね。でも本当にお礼を言う相手は私じゃないわ」
 ちらりと、部屋の隅に視線を向けるアリス。
 れいむはその視線を追って、そこでおとなしくしているゆっくりまりさに気がついた。
 井戸の中のまりさかと、れいむは思わずアリスの膝を飛び降りてまりさの元へ転がっていく。
「まりさ! ……あれ、でも、違う」
 すぐに気づいた。井戸の中で一緒に苦しみながら生き抜いたまりさじゃない。別の個体。アリスの飼うゆっくりまりさは、なぜだか泣きそうな表情で縮こまっていた。
 れいむは自分のほっぺたを見る。まりさが繋がっていたその部分には、押し当てられたガーゼと包帯。まりさの姿はいなくなっていた。
 どこにいったのだろう。ハテナが浮かぶゆっくりれいむ。
「あなたと一緒にいたゆっくりまりさは治療中よ」
 その様子を察して、アリスが説明をしてくれる。
「治療中?」
「そうよ。ゆっくりと治さないといけないの。私たちがお見舞いにいくとゆっくりできないから、治るまでゆっくり待ちましょう」
 あのまりさの様子を思い出して、れいむは納得してしまう。
 いますぐ会って、助かった幸せを分け合いたいけど、それは後でもできること。
 でも、一目会わせてくれてもいいのになとアリスをちらりと見るが、相手は命の恩人。言い出すのも気がひけた。
 アリスはじっとゆっくりれいむを見つめている。
「どころで、あなたはこれからどうするの?」
「ゆ?」
「まだ体が相当痛んでいるはずよ。うちに元気になるまでいてもいいのだけど」
 アリスの言うとおり、疲労の蓄積からゆっくりれいむの体はずっしりと重くて激しく動くと倒れこんでしまいそう。
 優しいアリスに、おいしいお菓子、暖かい家。アリスの優しい提案に従うのも悪くなかった。
 けれど、今は一刻も早く会いたいのは心配させているお母さんれいむ。
「ありがとう、おねーさん! でも、うちにかえるね!」
「そう」
 予想していた答えなのだろう。アリスは簡素な相槌を返して、椅子から立ち上がる。そして、廊下へ続く扉をあける。
 その向こうには外へと通じる玄関が見えた。
「ゆっくりしてもらえないのは残念だけど、そういうことなら仕方ないわね」
 微笑みかけてアリスに促され、ゆっくりれいむは外へ進みだす。
 玄関の扉を開くと、そこには小春日和の秋の光景。
 直接感じられる自然に、れいむは心の底から外に戻ってきたことを実感する。
 そして、一刻も早くこの大地が繋がる母親の元へ、家族の元へ帰りたい。
「おねーさん、そっちのまりさ、助けてくれて本当にありがとう! また遊びに来るからね、ばいばい!」
 気ぜわしいお別れの言葉を残して、草原へ駆け出すゆっくりれいむ。
 背の高い藪の向こうに見えなくなるまで、アリスは手をふっていた。
 見送ってから、足元のゆっくりまりさを両手で抱えあげる。
 まりさはされるがままに身動き一つしない。
「あなたのお願いどおりにしてあげたわ。よかったわね」
 だけど、アリスの言葉にとうとうこらえきれず、震え始める。
 ゆっくりまりさの頭に浮かぶのは、呆然とした表情で井戸の底へ消えていった同種の最期の姿。
「どうじでっ! ゆっぐりまりさの方をだずげでぐれながっだのおお!」
「あら? 二匹ともって言わなかったから、一匹だけ助けてということだと認識していたわ」
 出来の悪い弟を叱る姉のような口調で、ゆっくりを諭すアリス。
 あんぐりと、まりさは口開いて自分の過去の言葉を思い返す。
「だめよ、言葉は正確に使わないと。あなたの言葉が、お仲間を一匹殺しちゃったじゃない」
「あ゛あ゛あ゛……」
 もちろん、アリスの単なるこじ付けだが、ゆっくりまりさは衝撃のあまり目を見開いて言葉を失っていた。
「しっかりして、まりさ。それとも、水浴びする? 目がさめるわよ」
 ぴくりと、まりさの体が反応する。
「今回のまりさは長持ちしているからあまり使いたくないけどね」 
「いいい、やあああ、だああああああ!!!」
 泣き叫ぶまりさの声に、うっとりと頬を赤らめて抱きしめるアリス。
 本当に井戸に沈めて、その絶望の声を聞かないと満足できなくなるまであとどれほどだろうか。
 遠めには、仲睦まじくみえる一人と一匹ではあった。


 一目散に帰路を急ぐゆっくりれいむ。
 地面を踏んで、自分の意思のまま前へ進める幸せ。
 疲れきった体も、いまはその喜びに昂ぶっていた。
 絶え間なく弾み続け、家族の待つ家まあと一息。
 目の前にはっきりと見えてきた懐かしい光景に、れいむの胸が熱くこみあげてくる。
「ゆっくりーっ!」
 何処までも届けとばかりに、高らかに声を張り上げた。
 時をおかず、藪をかき分ける複数の音。リズミカルに弾むゴムまりのよう響き。
「ゆっくり帰ってきたっ!」
「ゆーっ!」
「ゆっくりしすぎだよ!」
 れいむの姉妹たち5匹が姿をあらわす。
 驚きと喜びに、ぼよんぼよんと飛び跳ねる姿も軽やか。
 その姉妹たちを前にして、れいむは立ち尽くしていた。見つめる先には、姉妹の後方からゆっくりやってくる大きな
膨らんだ姿。お母さんれいむだった。
「ゆっ! ゆっ!」
 いつものように体を揺すりながら近づいてきて、れいむへ向ける優しい眼差し。
 全身を重くのしかかるような疲労に耐えて、ずっと気を張って堪えてきたれいむもとうとう崩れ落ちる。
 大きくてふくよかな体が、れいむの体を支えていた。
「お゛っ、お゛があ゛ざーん!!!」
 赤子のようにお母さんれいむにかけよって、びったりと体をよせる。
 そのまま、わんわんとひたすらに、この七日間の悪夢を洗い流すかのように泣きじゃくった。
「ゆっくりくっついていってね……」
「ゆっくり泣いていってね……」
「ゆっくりしていってね……」
 釣られて滂沱の涙を流す姉妹たち。よりそって、一団にかたまる饅頭たち。
 草原に響く幸せそうな嗚咽。
 風切り音を鳴らす木枯らしですら、今は不思議と暖かい。
「あのね、ひどいところでゆっくりしてた……」
 自分がどんな体験をしてきたか伝えようとして、井戸の底で感じた恐怖を思い起こして言葉に詰まるれいむ。
 言わなくていいとばかりに、お母さんれいむの肉厚のほっぺたがゆっくりれいむの唇に押し当てられる。
 みんなの中にいると、もうあの悪夢は完全に終わったのだと今更ながらに強く実感できた。
 積み重ねられ、心を押しつぶしていたストレス。それらが今、解けて消えていく。
 みんなの体温を感じながら、れいむはアリスの家の暖炉のぬくもりを思い出していた。
「あのね、魔法使いさんに助けてもらったの」
 ゆっくりれいむの言葉に、向かい合っていたゆっくり姉妹が小首を傾げる。
「魔法使いさんって、あのおじさんたち?」
「ゆ?」
 何をいっているのと、ゆっくりたちの視線を集めるが、当のゆっくりれいむはきょとんとした表情で、前を見つめている。
 その視線を追った。
 そこには、穏やかそうな年配の男を先頭に、体格のいい壮年の男と、痩せた青年の三人がこちらへ近づいてきていた。
 年配の男は愛想のいい笑いを浮かべて、片手をこちらへ陽気に振っている。
「どうも、どうも」
「ゆ?」
 男の言葉に顔を見合わせるゆっくりれいむ姉妹と、ゆっくりお母さん。
 誰の知り合いだろう。
 視線を交わしあってガヤガヤと確認しあい、ようやく誰の知り合いでもないと判明したとき、男たちはあと十歩ほどの距離まで近づいていた。
「おじさんたち、だれ?」
「ゆっくりしにきたの?」
 ゆっくりたちが口々に問いかけると、その歩みをとめて三人は視線を交錯させる。
 よく見ると、男たちは妙な格好だった。
 三人とも大きな篭を背負っている。野草を摘みにきたにしては、あまりのも大きな篭。それに、持っている棒も不思議だった。
棒の先に針金が輪の形にのびている。
 痩せた青年が手持ち無沙汰に棒の中ほどを握ったり話したりしているが、そのたびに針金の輪はきゅっと締まったり、広がったりと動いている。
 おそらくは、その輪に獲物をひっかける狩りの道具だろうか。だが、いのししや熊を捕らえるには少し貧弱な構造だった。
輪の大きさも中途半端。あれにすっぽり収まるのは、ゆっくりたちぐらいのものではないか……
 ひっきりなしに道具をいじってゆっくりの注目を集めていた痩せた青年の肩を、となりの壮年の男が軽く叩く。
「目の前ではやめろ」
「あ、すいません、主任」
 青年はばつの悪い笑顔で上司に謝る。
 年配の男の背後で、こそこそと言葉を交わす二人だった。
 ちらと年配の男が後ろを見やる。一瞬、男の眉間に筋が走って二人の会話を止めるが、向き直ったときには完璧な笑顔が張り付いていた。
 ほのかに漂いはじめる不穏な気配。
 まず、男たちの不審さにはっきり気づいたのはお母さんれいむだった。
「ゆっ!」
 短く強い声をあげて、子供たちを家の方へ押し流す。
 逃げろという合図。
 だが、お母さんどうしたのときょとんとしたゆっくりもいて、動き出そうとしない。
 お母さんれいむはほとんど体当たりに近い仕草で再び娘たちを突き飛ばした。
「ゆっ!!!」
「うっ、うあああん!」
 鬼気迫る声に追い立てられるように走り出すゆっくり姉妹たち。
 せっかく、お母さんの体にもたれ疲労を癒していたれいむも逃げていく。
 あんまり驚いたのか、姉妹のうち最も幼いゆっくりれいむが一匹だけ家とまるで違う方向へ走り出したが、追いかけて連れ戻す余裕は無い。
 重いからだをのったりのったり跳ねながら、体に鞭打って走っていく。
 人間たちは、しかしすぐに動き出そうとはしなかった。
「よし、はぐれたのは私が追う。お前たちは残りを追い込め」
 てきぱきと指示を飛ばして、年配の男は幼いはぐれゆっくりを探して森の奥へ歩き出す。
 小走りですらない悠然とした足取り。
「了解」
「わかりました」
 短く答えた壮年の男と青年もかけだすようなことをしなかった。
 ゆっくりたちの消えた方角へ連れ立って進みだす。
 草むらのを必死にぴょんぴょんと跳ねながら逃げるゆっくり。その草陰から覗く頭を視界にとらえて、男たちは追い込みを開始した。

 家族からはぐれた幼いゆっくりれいむ。
 しかし、それは悪い選択ではなかったかもしれない。
 ゆっくりれいむが逃げ込んだのは森の中。
 視界を遮る木々、足元に生い茂るシダの一群。隠れられるスペースは沢山あった。
 ましてや、幼く小さな体なら、見つけ出すのは困難を極めるだろう。
 森へれいむを追いかけてきた年配の男は、こっちを自分が受け持って正解だった安堵する。
 この男がゆっくりに関わったキャリアは、この奇妙で愚かな生き物が幻想郷で発見されてからの年月とほとんど同じ。
 男は最も手馴れていた。
 年配の男はゆっくりれいむの小ささから齢を割り出し、その性向を経験則から探り出す。
 ゆっくりれいむが消えた場所で大きく息を吸った。
「もういいかーい?」
 それは、童遊びかくれんぼの鬼の言葉。
 森の中にわんわんと響いて、やがて静まり返る。
 男はすぐ様、用意していた次の言葉を森の奥へ投げかけた。
「じゃあ、探すぞー!」
「まっ、まーだだよ!」
 幼いゆっくりの声が右前方から聞こえて、年配の視線を引く。
 男の歩き方が代わった。
 爪先立ちに、柔らかな草の上を音もなく進む。
「もういいかーい」
「まーだだってば! ゆっくりしてね!」
 アクティブ・ソナー代わりの呼びかけに、怒ったようなゆっくりれいむの返事。
 男は完全にあたりをつけ、周囲で最もよい枝ぶりの樫の木へ向かった。
 悠々とそびえたつ巨木。
 その幹にぽっかりとあいたウロを塞ぐ、黒い物体が一つ。
 ウロに逃げ込もうとして、顔がはまってしまったゆっくりれいむ。
 男はその背後に寄り添うように立つ。
「もういいかい?」
 年配の男は静かに降伏を促す。
「ひっく……まあだだよおおおおお!」
 鼻をすするゆっくりを、男は優しく抜き取った。
 両手に抱えられていやいやをするゆっくりれいむ。
「まだなのにいいい! ゆっくりじでよおおお!」
 泣き叫ぶゆっくりを力任せに押さえ込んだりはしない。
 片腕でそのぷよぷよの体を確保すると、空いた手でゆっくりを優しく撫でる。
「よしよし、それじゃあお母さんのところに行こうね」
「お、おがあざんのどごろお?」
「ああ、あの後誤解が解けてね。君を探して欲しいと頼まれたんだ」
 途端に、ぱあと花咲くようなゆっくりの笑顔。
 悪い人に捕まったという現実より、本当はいい人に助けてもらって家に帰れるという夢想。幼い心は、もっとも幸せそうな答えに飛びついてしまう。
 全て、年配の男の睨んだとおり。
「おじさん、早く帰ろうね!」
「よし、一緒に帰ろう」
 年配の男とゆっくりは、仲良くゆっくりの巣穴へと続く帰路を急ぐのだった。


「主任。野生のゆっくりの巣って、初めて見ましたよ」
「俺も初めてだ」
 青年と壮年の男性が、深い藪の奥ひっそりと隠れていた横穴を感慨深げに見つめていた。
 ゆっくりと同じ地面を這う視線でなければ見つけられない、ゆっくりが最もゆっくり出来る場所。
 しかし、もはやそこはゆっくりたちのスウィートホームではなかった。
 二人の男が見つめる前で、横穴の入り口を外からぴっちり自らの体で塞ぐのはお母さんれいむ。息を吸い込みぱんぱんに膨らんだ顔。それをぎゅぎゅうと家の入り口につっこんで、中の様子はまるで伺えない。
 耳を澄ますと、かすかに漏れてくる娘たちのゆーゆーという怯えた声。
 年配の男の読みどおり、逃がして泳がせたことは正解だった。
 その巣の中には、家から出るにはまだ小さなれいむの姉妹を含めて、ほとんどが揃っているようだ。
 一匹逃げ出してはいたが、二人の上司である年配の男が追ったのだからもう捕まっているころだろう。
 ここは、まさにゆっくり一家の最後の砦。
 決死のゆっくりたちにも対して、男たちの声はのんびりとしていた。
「あんな育ったゆっくりれいむも初めてですよ」
 家の出入り口を塞いで、蟻一匹も通すものかと踏ん張るお母さんれいむ。青年はその後ろ姿を指差していた。
 壮年の男は腕を組んだまま、その巨体を見てため息を吐き出す。
「俺は前に捕まえたことがある。何度でも使える繁殖の母体として重宝できると思ったんだがな……」
「あ、いい考えっスね」
 男の呟きに、痩せた青年は軽薄そうに賛意を示す。
「けどな、種付け役のゆっくりアリスがあまりにも貪欲すぎて何回ももたなかった。他の種と自然交尾を試みても時間がかかりすぎるということで、結局は普通のまりさやれいむ、みょん、ちぇん種をアリスに襲わせた方が効率がよかったんだよ。せっかくの提案も、ボツっちまった」
 恐らく、ボツとなったのは男のアイデアだったのだろう。忌々しげにお母さんれいむを見下ろす。
「本当に使いようが無いゆっくりだよ、こいつは」
 壮年の男の言外に満ちた苛立ち。
 青年は逆らわない方が賢明だと目ざとく気づく。
「確かに。あんなでっかいと加工用の台にもはまらないですし、あれはかなり歳をとっているんでしょ。中身に老廃物が混じって食中毒なんか起した日には、うちは傾きますよ」
 なるべく、同僚の意向に沿う言葉を並べる。
「傾く前に、俺たちがあの人にぶち殺されるだろうけどな」
 壮年の男は、年配の男が消えていった方向をちらりと見た。
 「こええ」と、青年はわざとらしく肩をすくめてみせる。
 その仕草がよほど滑稽だったのか、壮年の男はいかつい顔にニヤリと精悍な笑いを浮かべた。
「よし、じゃあやるぞ」
 言うなり、担いでいた篭を地面に下ろす。
 そのまま、篭の中に入れていた木の棒を取り出す。
 肉屋が肉を柔らかくするための肉叩き棒。それを棍棒サイズまで大きくしたようなものを両手で掴みあげていた。
 男の目線の先には、後ろを向いた膨れゆっくりの姿。
 男は静かにその棍棒を振り上げようとしていた。


 穴の中。ゆっくりれいむたちは息を潜めている。
 井戸に引き続いて、狭い空間に閉じ込められていたゆっくりれいむ。
 だが、あれほどの悲壮感は感じていなかった。
 家族がこれほど近くにいて、守ってくれるお母さんがいる。穴の中へやさしい微笑を浮かべていてくれる。
 それがどれほどみんなの心を支えてくれることか。
 いつもお母さんれいむはそうやってみんなを守ってくれた。
 蛇や野良犬に襲われたときも、相手が諦めるまでてこでも動かなかったお母さん。
 今回だって、きっと大丈夫。
 だから、家の中で大きくなるのを待っている、まだ手のひらサイズの幼いれいむたちも怯えてはいなかった。家族がほぼ全員集結したことが何かのお祝いと思ったのか、楽しげにぴょんぴょんとのみのように跳ね回っている。
「ゆっくりおねーちゃん、ひさしぶりー!」
 自分にまとわりつく幼いれいむたちが可愛らしい。
 ここは井戸の中とは違う。きっとなんとかなるはず。
 れいむが希望にすがりつこうとしたその時だった。
 ぺったん。
 餅つきのような重い音が響く。
「ゆっ!」
 お母さんれいむの笑顔が、ぶるんぶるんと波打った。
「おかあさん!?」
 駆け寄るゆっくりれいむたち。
 だが、傍によるまでにお母さんれいむは元の笑顔。
「ゆっ! ゆっ!」
 何事もなかったかのような顔で娘たちを安心させようとしている。
 しかし、外の方で明らかに何かがはじまろうとしていた。

「よっ」
 軽妙な掛け声とともに棍棒が振り下ろされる。
 棍棒の向かう先は、後ろを向けて娘たちを守るゆっくりお母さん。
 そのふくよかな体に棍棒がめりこみ、餅つきのような重い手ごたえが手首に響く。
 お母さんれいむはぷよんぷよんと、その衝撃に体を波立たせるが一向に動こうとはしなかった。
 男は棍棒を再び振り上げ、まったく同じ場所にもう一度振り下ろす。
 小気味いい打撃音が響いて、ゆっくりお母さんの体が波立った後も、苦痛からかぷるぷると震えていた。
「慣れてますね」
 感心したような青年の言葉に、男はその手を止める。
「加工所ができたときは、みんなこうやって餡をひりだしていたんだよ」
 言いながら、再び振り下ろす。
「ぷぷっ!」
 短い、これまで聞いたことのない音がゆっくりお母さんから鳴った。
「お前も覚えておけ。これが聞こえてきたら、そろそろってことだ」
 頼りない後輩に、知らず実地指導に熱が入る壮年の男。面倒見のいい人柄がにじみ出るほほえましい光景だった。
わざと青年に見えやすいよう、ゆっくりと振りかぶる。
 野外教習の教材はゆっくりお母さん。
 ぷっくりと背中が赤黒い痕が浮かび上がっていた。

 巣の中では緊張が増していく。
「ぷぷっ!」
 空気が抜けるような音が母親の口からもれて、ゆっくりれいむたちは色めき立っていた。
「……ゆ!」
 だが、お母さんれいむの満面の笑顔は変わらない。
 ただ、顔に脂汗がじんわりと浮かんでいた。
「おなかいたいの?」
 青ざめるれいむ姉妹の間を抜けて、幼い豆れいむがお母さんの傍によりそう。
 笑顔をその幼い豆れいむに向けようとしたその時、何度目かわからない重い振動が襲ってくる。
 ゆっくりれいむたちは聞いた。水風船をつぶしてしまったときのような、ぷっしゃあという水っぽい破裂音を。
 そして見た。ゆっくりお母さんの口から吹き出す餡子の濁流を。
「ゆううううううう!」
 幼いゆっくりが押し流されて横を転がり過ぎていくが、れいむたちは母親から目を離せない。
 盛大に餡をまきちらして、口の端から餡の流れた跡、目からはぼとぼとと餡の涙。
 満面の笑顔。
「お、お゛があ゛ざーん!!!」
 餡子まみれになったれいむたちの絶叫が、狭い家の中を幾重にも反響していた。

「お、手ごたえあり」
 男が嬉しげに呟いたとおり、あれほど頑強に出入り口を塞いでいたゆっくりお母さんは、ふにゃりと体を歪ませていた。
 次第に、男の棍棒を振り下ろす手つきが、大降りから小刻みなものに変わっていく。
「あとはこう、均等になるように叩いていけばあらかたの中身が吐き出されていく」
 叩くたびに、ぷっ! ぷっ! と噴出す餡子の音。ゆっくりれいむたちの悲鳴。
 やがて、ほとんど均されてまっ平らとなる。もう、巣への侵入を遮るものは何も無い。
「後はお前がやれ」
「あー、汚れそうな仕事は僕ですかー」
 主任の命令に、おどけたような苦情を言って、巣の中を覗き込む青年。
 いつの間にか絶命したゆっくりお母さんを踏みつけ完全に餡子を噴出させると、うわんうわんと泣き叫ぶ餡子まみれのゆっくりたちが見えた。
 餡に服が汚れるのも厭わず青年は顔を巣へつっこむ。
 母親の死に様に我を失っているうちに、完全にふさがれたゆっくりたちの逃げ道。
「ちっこいのを含めて、七匹はいますね」
 後は捕まえるだけとばかり、男は無造作に中へと手を伸ばす。

 巣の中に侵入してきた人間の手。
 ひぎゃあとゆっくりの体裁も投げ捨てて、ゆっくり姉妹たちは家の奥へ奥へ、必死に体をよせる。
 幼いれいむが姉たちの圧力に、ゆゆゆと顔をひしげて泣いていた。
 手の傍にいるのは、井戸から生還したれいむ一匹だけ。涙をのみこんで、憤懣やるかたなしとその手を睨みつけていた。
 穴の中をのぞきこむ青年の下には、潰されたお母さんの体。笑顔を張り付かせたままの死骸。
 井戸の中で切望して、ようやく奇跡的に取り戻したものが、もはやどうしようもない姿でそこにあった。
 ぷるぷるとれいむの体が震える。
「お、お゛があ゛ざんを、がえじでねええええ!」
 渾身の力をこめて、侵入者の手に噛みつく。
「ゆっ!」
「がえぜええっ!」
 その声が母親を殺された怒りを煽られたのか、奥のほうから三匹ほどのゆっくりれいむも加勢して、侵入者のうでにがぶり。
 れみりゃの肉を千切ったゆっくりの口の力。だが、あの肉まんもどきと人の皮はまるで違った。
「うはは! 甘噛みされてくすぐったい!」
 節くれだってごつごつとした男たちの手には、ゆっくりたちの口撃など何の役にも立たない。
 むずがゆさに、青年の身をよじらせただけ。
「何を懐かれているんだ、お前は」
「あ、すいません」
 言いながら青年が腕をふると、あえなくぽとぽとと振り落とされるゆっくりたち。
 なおも噛み付こうと口をあけた一匹のゆっくりの顔が、青年の手に真正面からわしづかみにされる。
 そのまま、一気に巣の外へ引きだされる、有無を言わさぬ腕力。
「ゆっ、ゆっくり離してね!」
 その声も急速に遠ざかり、巣の外へ。
 流れ作業でそのゆっくりを受け取った壮年の男は、篭へ放り込んで上から分厚い板をかぶせ、体重を上からのせる。
「ぐるじいいい!」
 十分に平べったくなったところで、板を篭に固定させてゆっくり一匹目の捕獲に成功する。
 なるべく沢山のゆっくりを持ち運べるよう男たちが工夫したポータブルゆっくり篭。
「はずじでえ! じぬうう!」
 苦しさでわんわんと泣き叫ぶが、潰れる寸前でとめてるので実に安全。
 続けて捕獲しようと穴へ手をのばすものの、男たちの意図に気づいて逃げどうゆっくりれいむたち。手の届かない
巣の奥に積み重なって、ぶるぶると震えている。
「あ、主任。あの棒をください」
「ほらよ」
 最初に持っていた彼の仕事道具、先に輪のような針金をつくりつけた棒を取り出し、青年の手に持たせる。
 巣の中へ差し入れられる奇妙な棒。
 針金の部分を静かに上からゆっくりたちのにかぶされて、わっかの中に二匹ほどのゆっくりれいむが納まったその時。
 男の手首が棒の仕掛けを引くなり、瞬時に締まる針金のわっか。
「む、むぎゅううううう!」
 ゆっくりという台詞まで潰された、凄まじい締め付けが二匹をとらえていた。
 男の腕力のまま、ひょうたん状になるまでくびれたゆっくりれいむたち。
 呆然と見つめる姉妹たちに見送られ、巣の外へと運び出されていく。
 後はもう作業だった。
 棒が差し込まれるたび、泣き叫ぶことも許されず、うめき声だけを残して消えていく姉妹。
 今の気持ちを、井戸で感じていた絶望とまったく同じだとれいむが気づいたとき、すでに巣に残されているのはそのゆっくりれいむ一匹だけだった。
 広々としてしまった我が家で、れいむはもう逃げる素振りもしようとはしない。
 もう、沢山だ。
 もう、どうなってもいいや。
 どんな形でもいいから、早く終わってしまえばいいのに。
 空っぽの心で、終わりのときを待ち続ける。
 だが、なかなか終わりを告げる棒が差し込まれてこない。
 一人ぼっちでひたすらに立ち尽くすれいむ。

「戻ったぞ」
 男たちの手を止めたのは、年配の男の声だった。
「わーい、おうちだー!」
 その手の中で若いゆっくりれいむがはしゃいでいる。
「おじさん、もういいよ! ゆっくりおろしてね!」
 無邪気に呼びかけるゆっくりれいむ。
 それど、その楽しげな表情もゆっくり姉妹がぎゅうぎゅうに詰め込まれた篭を見つけるまでだった。
「おじさん、あ゛れ゛、な゛に゛!」
 年配の男はゆっくりの質問を気にもとめず、その手のゆっくりを壮年の男へと手渡す。
 壮年の男は有無を言わさず、手馴れた手つきで篭に押し込む。
「ゆっぐりいいい! ぐるじいい!」
 涙に歪む顔が、必死に年配の男を探した。
「おじざん! おじぐらまんじゅうはじだぐない! 出して! おいかけっこであそぼ!!!」
 無視する。
 男たちは遊びではなく、仕事をしにきているのだから。
 あえなくトーテムポールの一員にされていくゆっくり。
 やがて「ゆ゛っ」と苦しげに吐き出して震えるだけの状態になった。もう、ゆっくりたちの運命は決まったのだ。
 年配の男は、収穫したゆっくりたちに視線を走らせる。
「ところで、母体の膨れたゆっくりはどうした?」
「ああ、邪魔だったので潰しときました。使いようがないですから、アレは」
 壮年の明快な回答に、一斉に「ゆ゛っ”! ゆ゛っ!」と感極まったゆっくりたちのうめき。
 悲しみと怒りのアンサンブルは、男たちに届かない。
「おいおい」
 年配の男は、壮年の男を見つめて大きなため息。
「無闇に取り捲って、いらないのを潰すだけが私らの仕事じゃないだろう」
 諭すような静かな物言い。
 だが、受け止める壮年の男は雷鳴が鳴り響いているかのように、がたいのいい体を縮めていた。
「逃がしとけば、またどこかで新しい家族を生んでもらえるものを……」
「す、すいません。考えが浅かったです」
「ああ、次から気をつけなさい」
 壮年の男を恐縮に追い込んでから、年配の男は再び気のいい笑顔に戻る。
「これで全部か?」
「あと、一匹いますよ。今、捕まえますんで」
 その返事は壮年の男ではなく、穴にもぐっていた青年が返した。
「いや、それはいい。放っておけ」
 年配の男の言葉に、部下たちは意外な表情を浮かべて振り返る。
「母体のれいむの代わりに残しておけ」
「でも、こいつがあの膨れゆっくりになるまで大分かかりそうですよ」
 不満げな壮年の男に、年配の男はゆっくりかぶりを振る。
「目先を追うな。あえて損を選んで将来の利益を守る必要もある。農家が土地が痩せるないために休耕田を設けるようにな」
 部下たちに心構えを伝えて、年配の男はゆっくりの詰まった篭を軽々と背負う。
 慌てて、壮年の男がもう一つの篭を背負い、青年は穴から餡子まみれの体を引き抜く。
 ゆゆゆ……と、蠢くゆっくりたちとともに、男たちは帰路についた。
「大漁だな」
 がっしりと食い込む篭の重みに、男たちはまさに嬉しい悲鳴。
「まったく、アリスさんのおかげだ」
 年配の男の言葉に部下たちは頷く。
 アリスの勧めで、家族の元へ一目散に向かうゆっくりれいむをつけていた三人。
 見事に一家揃って拿捕することに成功した。
 おまけに「仲のいいゆっくり一家だけでつくりました」と売り出せる付加価値つき。
 今日も実にいい仕事をした。
 男たちは悠々と加工所へ向け、気分よく道を急いだ。

 家にひとり残されたゆっくりれいむは、長い間放置されていた。
 日差しが傾き、山々の陰に隠れるころ、ようやく男たちが立ち去ったことに気づく。
 恐る恐る外にでた。
 家族の誰かが逃げ出して、帰ってくるのを出迎えるために。
 だが、外にも誰もいなかった。
 空に広がる黄昏が暗く藍色に染まり、夜の境界を踏み越えても誰も戻ってこない。
 とぼとぼと中に戻る。
 自分ひとりで過ごすには、あまりにも広い横穴。
 家族たちで押し合いへし合いしていた頃には狭いと感じていたのに、今は閑散として寒々とした光景。
 真ん中にお母さんがいて、姉妹たちが円になって体温をわけあう。
 そんな風に寒さを耐えることは、もうできないのだ。
 れいむは静かに泣いた。
 泣き続けて、ふと思い出したのは井戸の苦しさを必死に耐えたまりさ。
 そうだ、まりさが治療を終えてうちに遊びにきたら、そのままうちに住んでもらおう。
 同じ苦しさをわけあったまりさとなら、この寂しさが少しぐらいはまぎれるかもしれない。
 自分はまだ、何もかも奪われたわけじゃない。
 早く、まりさこないかな……
 友達の姿を思いながら、れいむはそっと目を閉じる。
 つかれきった心を癒すかのように、ゆっくりと友達の夢を見ていた。




(第四話 にんっしんっまりさに続く)








あとがき

 どうも、長々とごめんなさい。
 ゆっくり加工所を書いてからいろんな人のゆっくりいじめを読めるようになったのが何よりも嬉しくて、思わず読みふけって書くのが遅くなりました。
 次回は四話の前に、笑えていじめやすそうなゆっくりみょんを題材に軽いものを書いてみますね。


小山田

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最終更新:2009年05月07日 16:53
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