没OP・1 ◆9L.gxDzakI
――笑えることに、こういうの初めてじゃないんだ。
首元にナイフを突きつけられた少年――鳴海歩の口にした言葉だ。
私立月臣学園高等部1年生、鳴海歩。
兄の名は鳴海清隆。かつて「警視庁の名探偵」と謳われた、世界随一の天才である。
誰よりも強く、誰よりも高い。
あらゆる方面に類い稀なる才能を発揮した、まさしく人の姿を借りた、神の写し身とでも言うべき男。
かつて、とは、すなわち今はいないということだ。
神は岩戸へと隠れ、その弟が表舞台へと引きずり出された。
兄が失踪してからの歩の生涯は、まさに波乱と激闘に満ちたものだった。
かつて神の雷にその身を焼かれた、もう1人の悪しき天才――ミズシロ・ヤイバの子供達。
呪われし烙印を胸に宿した、ブレード・チルドレン達との戦いだ。
当時兄の影に押し潰され、卑屈に生きてきた歩だったが、
それらブレード・チルドレンとの戦いの経験は、確実に彼を強くしていた。
挫折と敗北しか知らぬ負け犬は、神の弟に相応しき男へと成長する。
皮肉にも、神にして兄である、鳴海清隆の望むままに。
兄の名は鳴海清隆。かつて「警視庁の名探偵」と謳われた、世界随一の天才である。
誰よりも強く、誰よりも高い。
あらゆる方面に類い稀なる才能を発揮した、まさしく人の姿を借りた、神の写し身とでも言うべき男。
かつて、とは、すなわち今はいないということだ。
神は岩戸へと隠れ、その弟が表舞台へと引きずり出された。
兄が失踪してからの歩の生涯は、まさに波乱と激闘に満ちたものだった。
かつて神の雷にその身を焼かれた、もう1人の悪しき天才――ミズシロ・ヤイバの子供達。
呪われし烙印を胸に宿した、ブレード・チルドレン達との戦いだ。
当時兄の影に押し潰され、卑屈に生きてきた歩だったが、
それらブレード・チルドレンとの戦いの経験は、確実に彼を強くしていた。
挫折と敗北しか知らぬ負け犬は、神の弟に相応しき男へと成長する。
皮肉にも、神にして兄である、鳴海清隆の望むままに。
故に、この度起きた異常事態を、歩がごく自然に受け入れられたのは、当然と言えば当然なのかもしれない。
◆
「ん……」
ぴくり。
少年の眉が微かに震える。
ややあって、ゆっくりと開かれる瞳。揺れる髪の毛は、もみあげの長い茶髪。
軽くがしがしと頭をかき、寝ぼけた意識を覚醒させた。
そこでようやく、自分の身体が床に転がっていたことに気付く。
一体自分はいつの間に、床に寝そべるなんてだらしない真似をしたのだろう。
いや、そもそもよく考えてみれば、自分はいつの間に眠っていたのだ。
がばっ、と。
瞳を見開き、上体を起こし。
すぐさま視線を360度めぐらせ、すぐさま自分の置かれた状況を確認。
(……またこの手の展開か)
そして内心で、ふぅ、とため息をついた。
何のことはない。いつもと同じだ。
いつも体験してきたのと同じように、またろくでもないことに巻き込まれていた。
それだけのことだ。
照明のついていない現在地は薄暗く、何も置かれていないだだっ広い部屋、ということ以外何も分からない。
その詳細不明の一室に、自分同様、多くの人間が閉じ込められていた。
一部の人間は自分と同じように寝ているが、既に大半が目を覚ましているらしい。
となると自分は――鳴海歩は、かなり寝ぼすけな部類に入っていたようだ。
(ここのところ、あまりよく眠れてなかったからな……)
呑気にも、胸中ではそんなことを呟く。
だが、穏やかなのは語調だけだ。
視線は鋭く細められ、脳はフルスピードで回転する。
現状を素早く把握するため、絶えず状況分析を進めていく。
人影は多いがこの暗さだ。至近距離まで近寄らなければ、顔など見えるはずもない。
そもそもこれだけの人数を集めた奴は、今から一体何をしでかそうというのか。
ぴくり。
少年の眉が微かに震える。
ややあって、ゆっくりと開かれる瞳。揺れる髪の毛は、もみあげの長い茶髪。
軽くがしがしと頭をかき、寝ぼけた意識を覚醒させた。
そこでようやく、自分の身体が床に転がっていたことに気付く。
一体自分はいつの間に、床に寝そべるなんてだらしない真似をしたのだろう。
いや、そもそもよく考えてみれば、自分はいつの間に眠っていたのだ。
がばっ、と。
瞳を見開き、上体を起こし。
すぐさま視線を360度めぐらせ、すぐさま自分の置かれた状況を確認。
(……またこの手の展開か)
そして内心で、ふぅ、とため息をついた。
何のことはない。いつもと同じだ。
いつも体験してきたのと同じように、またろくでもないことに巻き込まれていた。
それだけのことだ。
照明のついていない現在地は薄暗く、何も置かれていないだだっ広い部屋、ということ以外何も分からない。
その詳細不明の一室に、自分同様、多くの人間が閉じ込められていた。
一部の人間は自分と同じように寝ているが、既に大半が目を覚ましているらしい。
となると自分は――鳴海歩は、かなり寝ぼすけな部類に入っていたようだ。
(ここのところ、あまりよく眠れてなかったからな……)
呑気にも、胸中ではそんなことを呟く。
だが、穏やかなのは語調だけだ。
視線は鋭く細められ、脳はフルスピードで回転する。
現状を素早く把握するため、絶えず状況分析を進めていく。
人影は多いがこの暗さだ。至近距離まで近寄らなければ、顔など見えるはずもない。
そもそもこれだけの人数を集めた奴は、今から一体何をしでかそうというのか。
(駄目だな……情報が足りない)
そう判断し、歩はひとまず思考を打ち切った。
状況を理解するためには、今の自分には情報が圧倒的に不足している。
未だ顔すらも見せない誘拐の実行犯。
この部屋に自分達を閉じ込めておいた理由。
そして、拉致された自分達被害者の共通点。
何もかもが分からない。今目覚めたばかりの歩には、この状況を理解することはできない。
(……ひとまず、先に起きてた連中に話を聞くか)
内心で呟きながら、両の足で立ち上がる。
自分より先にここにいた人間なら、何かしらのことは知っているかもしれない。
推理に必要なのは情報。ならば、まず最初にすべきは情報収集。
自己の取るべき方針を定め、歩き始めようとした。
その、瞬間。
「っ!?」
ばっ、と。
視界に広がる、白。
網膜を炙られるかのような明度。
突如暗闇だったこの部屋に、一挙に明かりが差し込んだ。
目も眩むような光輝は、前方から歩の眼球を容赦なく殴りつける。
ようやく明かりに慣れてきた頃、彼の目が捉えたもの。
それは舞台。
さながら劇場か何かのような舞台が、自分達の前方に置かれていた。
カーテンは既に開かれている。これまで気付かなかったのは、その垂れ幕が閉まっていたからか。
そして。
それ以上に、重大な事実がある。
鳴海歩という少年にとって、最も重要な真実がある。
既にそのステージには、1人の役者が立っていた。
スポットライトをその身に浴び、こちらを見下ろしていた青年は。
そう判断し、歩はひとまず思考を打ち切った。
状況を理解するためには、今の自分には情報が圧倒的に不足している。
未だ顔すらも見せない誘拐の実行犯。
この部屋に自分達を閉じ込めておいた理由。
そして、拉致された自分達被害者の共通点。
何もかもが分からない。今目覚めたばかりの歩には、この状況を理解することはできない。
(……ひとまず、先に起きてた連中に話を聞くか)
内心で呟きながら、両の足で立ち上がる。
自分より先にここにいた人間なら、何かしらのことは知っているかもしれない。
推理に必要なのは情報。ならば、まず最初にすべきは情報収集。
自己の取るべき方針を定め、歩き始めようとした。
その、瞬間。
「っ!?」
ばっ、と。
視界に広がる、白。
網膜を炙られるかのような明度。
突如暗闇だったこの部屋に、一挙に明かりが差し込んだ。
目も眩むような光輝は、前方から歩の眼球を容赦なく殴りつける。
ようやく明かりに慣れてきた頃、彼の目が捉えたもの。
それは舞台。
さながら劇場か何かのような舞台が、自分達の前方に置かれていた。
カーテンは既に開かれている。これまで気付かなかったのは、その垂れ幕が閉まっていたからか。
そして。
それ以上に、重大な事実がある。
鳴海歩という少年にとって、最も重要な真実がある。
既にそのステージには、1人の役者が立っていた。
スポットライトをその身に浴び、こちらを見下ろしていた青年は。
「――ようこそ、諸君」
岩戸に隠れていたはずの、兄の涼やかな笑みがあった。
「兄貴っ!?」
「清隆だと!?」
思わず叫ぶ。周囲からもまばらな絶叫。
どうやら歩以外にも、彼の見知った顔が集められているらしい。
だが、そんなことは彼にとって、今はどうでもいいことだった。
あらゆる情報はシャットアウト。
雑音が入り込む余地などない。
瞳はくわと見開かれ、ただ舞台上の役者を凝視する。
鳴海清隆。
姿を消し、全てを裏から操っていた、歩の兄にして全能の神。
これまで一切表に出ることなく、実に2年もの間失踪していた清隆が。
目の前に、いる。
純白のスーツに身を包み、弟と同じ色の長髪を後頭部で纏めた男が。
あの鳴海清隆が、自ら表舞台へと舞い戻ってきた。
「ちょっと! これは一体どういうことなんですか!」
はっ、と。
前方で響いていた声が、歩の意識を現実へと引き戻す。
少年の声だ。何故か和服を着ていた、地味な印象の。
そうだ。落ち着け、鳴海歩。これは俺だけの問題じゃないんだ。
首を軽く振りながら、自分自身へと言い聞かせた。
何の前触れもなく、清隆が突然姿を現した。その事実は受け止めよう。
ならば新たに追求すべきことは、その兄が腹に抱えている意図。
自分と巻き込まれた他の連中に、こいつは一体何をしようとしているのか。
「清隆だと!?」
思わず叫ぶ。周囲からもまばらな絶叫。
どうやら歩以外にも、彼の見知った顔が集められているらしい。
だが、そんなことは彼にとって、今はどうでもいいことだった。
あらゆる情報はシャットアウト。
雑音が入り込む余地などない。
瞳はくわと見開かれ、ただ舞台上の役者を凝視する。
鳴海清隆。
姿を消し、全てを裏から操っていた、歩の兄にして全能の神。
これまで一切表に出ることなく、実に2年もの間失踪していた清隆が。
目の前に、いる。
純白のスーツに身を包み、弟と同じ色の長髪を後頭部で纏めた男が。
あの鳴海清隆が、自ら表舞台へと舞い戻ってきた。
「ちょっと! これは一体どういうことなんですか!」
はっ、と。
前方で響いていた声が、歩の意識を現実へと引き戻す。
少年の声だ。何故か和服を着ていた、地味な印象の。
そうだ。落ち着け、鳴海歩。これは俺だけの問題じゃないんだ。
首を軽く振りながら、自分自身へと言い聞かせた。
何の前触れもなく、清隆が突然姿を現した。その事実は受け止めよう。
ならば新たに追求すべきことは、その兄が腹に抱えている意図。
自分と巻き込まれた他の連中に、こいつは一体何をしようとしているのか。
ただ事ではない。
これまで舞台裏に引っ込んでいた清隆が、わざわざ歩の前に姿を現したのだ。
いいやそもそもそれ以前に、これだけ多くの人間を巻き込んでいる。
あの全知全能の神が、何も企んでいないはずがない。
これから奴の発する言葉、その全てを聞き逃すな。あらゆる情報を収集し、神の真意を推理しろ。
「ああ、すまない。説明が遅れたね」
ふ、と。
悪びれた様子もない笑顔で、清隆がかけられた声へと返答する。
この男は2年前からそうだった。間の抜けたようにすら見える飄々とした態度で、相手の反応を面白がる。
そのくせその胸中には、背筋すら凍てつくおぞましい思考を抱えているのだ。
油断はできない。
鋭く瞳を引き絞り、全身系を清隆へと向ける。
「私はあるゲームを実行するために、君達をこの舞台へと集めた」
ゲーム。
その切り出し方は変わらない。
――歩に対し、天使の公正さをもって戦いと勝利の機会を与えるなら、これを悪魔のように狡猾に殺すことを許可する。
かつてブレード・チルドレン達に、清隆が課した制約だ。
この法則は守られ続ける。
そこに言いだしっぺの清隆と、他ならぬ歩という存在が介在する限り。
要するに歩と清隆との戦いは、全て公平なルールの下のゲーム。
いつもどおりのシンプルな法則だ。
では、奴は今度はどんな種目を用意してきた。
清隆が直々に挑んできた勝負は。
これまで舞台裏に引っ込んでいた清隆が、わざわざ歩の前に姿を現したのだ。
いいやそもそもそれ以前に、これだけ多くの人間を巻き込んでいる。
あの全知全能の神が、何も企んでいないはずがない。
これから奴の発する言葉、その全てを聞き逃すな。あらゆる情報を収集し、神の真意を推理しろ。
「ああ、すまない。説明が遅れたね」
ふ、と。
悪びれた様子もない笑顔で、清隆がかけられた声へと返答する。
この男は2年前からそうだった。間の抜けたようにすら見える飄々とした態度で、相手の反応を面白がる。
そのくせその胸中には、背筋すら凍てつくおぞましい思考を抱えているのだ。
油断はできない。
鋭く瞳を引き絞り、全身系を清隆へと向ける。
「私はあるゲームを実行するために、君達をこの舞台へと集めた」
ゲーム。
その切り出し方は変わらない。
――歩に対し、天使の公正さをもって戦いと勝利の機会を与えるなら、これを悪魔のように狡猾に殺すことを許可する。
かつてブレード・チルドレン達に、清隆が課した制約だ。
この法則は守られ続ける。
そこに言いだしっぺの清隆と、他ならぬ歩という存在が介在する限り。
要するに歩と清隆との戦いは、全て公平なルールの下のゲーム。
いつもどおりのシンプルな法則だ。
では、奴は今度はどんな種目を用意してきた。
清隆が直々に挑んできた勝負は。
「闘争という名のゲームのためにね」
悲しいほどに、いつも通りだった。
ざわざわ、ざわざわと。
一瞬の沈黙の後、水を打ったように広がるどよめき。
当然だ。今の言葉を聞いただけで、大抵の人間は理解できる。
「参加者は君達、ベットは命。会場は私の方で用意しておいた」
こいつは今からここにいる人間を使い、殺し合いをさせようというのだ。
理由は分からない。詳細はさすがに読み取れない。
だが、その最大の目的ははっきりしている。
自分のためだ。
こいつはこの鳴海歩に何らかの影響を与えるために、またしても多くの命を危険に晒そうとしているのだ。
今は亡き最強のブレード・チルドレン――カノン・ヒルベルトとの戦いの時もそうだった。
結果的に死者はゼロに抑えられたものの、一歩間違えれば死屍累々の惨状を招く可能性だってあった。
その仕立て人は他ならぬ清隆だ。
この男は、今度も同じことを繰り返そうとしている。
否、同じどころの騒ぎではない。
カノンだけではなく、この場の全員が殺し屋となれば、それ以上の惨劇を招くだろう。
全員どころではない。半分、否、3分の1がゲームに乗るだけでもまずい。
「お……おいっ! 一体どういうことなのだ!」
「この場の全員で殺し合えだと? 馬鹿馬鹿しい!」
次々と上がる反論。
最初に抗議をしたのは金髪の幼い少女と、それから顔に傷のある黒コートの男だったか。
それが水面に投じられた一石だ。
石ころはやがて波紋を呼ぶ。すなわち、清隆へと向けられた猛反発。
当然だ。
歩にとってこの手の展開は日常茶飯事。清隆にとってもそうだろう。
だが、それはあくまで彼ら兄弟と、それからブレード・チルドレンに限った話だ。
普通に考えてもみれば、普通の人間が殺し合いをしろと言われて、パニックを起こさないわけがない。
かと思えば、静かに黙り込む連中もいる。
纏うのは殺気。これもまた当然の帰結だ。
本気で殺し合いをさせようというのならば、こういう血の気の多い連中もいなければ話にならない。
ざわざわ、ざわざわと。
一瞬の沈黙の後、水を打ったように広がるどよめき。
当然だ。今の言葉を聞いただけで、大抵の人間は理解できる。
「参加者は君達、ベットは命。会場は私の方で用意しておいた」
こいつは今からここにいる人間を使い、殺し合いをさせようというのだ。
理由は分からない。詳細はさすがに読み取れない。
だが、その最大の目的ははっきりしている。
自分のためだ。
こいつはこの鳴海歩に何らかの影響を与えるために、またしても多くの命を危険に晒そうとしているのだ。
今は亡き最強のブレード・チルドレン――カノン・ヒルベルトとの戦いの時もそうだった。
結果的に死者はゼロに抑えられたものの、一歩間違えれば死屍累々の惨状を招く可能性だってあった。
その仕立て人は他ならぬ清隆だ。
この男は、今度も同じことを繰り返そうとしている。
否、同じどころの騒ぎではない。
カノンだけではなく、この場の全員が殺し屋となれば、それ以上の惨劇を招くだろう。
全員どころではない。半分、否、3分の1がゲームに乗るだけでもまずい。
「お……おいっ! 一体どういうことなのだ!」
「この場の全員で殺し合えだと? 馬鹿馬鹿しい!」
次々と上がる反論。
最初に抗議をしたのは金髪の幼い少女と、それから顔に傷のある黒コートの男だったか。
それが水面に投じられた一石だ。
石ころはやがて波紋を呼ぶ。すなわち、清隆へと向けられた猛反発。
当然だ。
歩にとってこの手の展開は日常茶飯事。清隆にとってもそうだろう。
だが、それはあくまで彼ら兄弟と、それからブレード・チルドレンに限った話だ。
普通に考えてもみれば、普通の人間が殺し合いをしろと言われて、パニックを起こさないわけがない。
かと思えば、静かに黙り込む連中もいる。
纏うのは殺気。これもまた当然の帰結だ。
本気で殺し合いをさせようというのならば、こういう血の気の多い連中もいなければ話にならない。
「君達の言い分は確かに分かる」
一方の清隆は、相変わらずの涼しい顔で、どこ吹く風といった様子。
騒ぎ立てる連中の声にも怯むことなく、余裕を保ち続けていた。
「私も無意味な殺戮は望んでいない」
「ならこんな殺し合い、最初からする意味なんてないじゃないですか!」
この状況はまずい。
覚悟はしていたが、思ったよりも騒ぎになるのが早過ぎた。
このまま他の人間に騒がれては、清隆の話を聞き取れない。
この場を脱するための決定的な情報を、余計な雑音のおかげで聞き逃してしまうかもしれないのだ。
ふざけるな。何でそんなことを。ここから帰せ。
そう騒ぎたくなる気持ちも分かる。自分も思っていることは同じだ。
だが、だからこそ落ち着いてくれ。これでは得られる情報も得られない。
ここは新たな一石を投じるしかない。
別の小石を池へと投じ、波紋をぶつけ合わせなければ。
目立つことは避けたかったが、四の五の言ってる場合ではない。自分が黙らせるしかない。
「落ち着――」
一方の清隆は、相変わらずの涼しい顔で、どこ吹く風といった様子。
騒ぎ立てる連中の声にも怯むことなく、余裕を保ち続けていた。
「私も無意味な殺戮は望んでいない」
「ならこんな殺し合い、最初からする意味なんてないじゃないですか!」
この状況はまずい。
覚悟はしていたが、思ったよりも騒ぎになるのが早過ぎた。
このまま他の人間に騒がれては、清隆の話を聞き取れない。
この場を脱するための決定的な情報を、余計な雑音のおかげで聞き逃してしまうかもしれないのだ。
ふざけるな。何でそんなことを。ここから帰せ。
そう騒ぎたくなる気持ちも分かる。自分も思っていることは同じだ。
だが、だからこそ落ち着いてくれ。これでは得られる情報も得られない。
ここは新たな一石を投じるしかない。
別の小石を池へと投じ、波紋をぶつけ合わせなければ。
目立つことは避けたかったが、四の五の言ってる場合ではない。自分が黙らせるしかない。
「落ち着――」
「――随分とお前らしくないやり方だな、キヨタカ」
歩が張り上げようとした声は、しかし別の声に遮られた。
低い少年の声。
静かに、しかし、よく通る。
この狂乱のステージへと、さっと投じられた一石。
1人の男の放った一言が、瞬時に静寂をもたらした。
だが、そのつぶてを投げたのは歩ではない。
新たな登場人物が、そこに姿を現していた。
かつ、かつ、かつ、と。
集団の最後尾から、舞台へと歩み寄る靴音。
漆黒のノースリーブとズボンの上に、ロングコートを身につけたのは、歩とほとんど変わらない歳の少年だ。
さらりと優雅に舞う銀髪。上質な絹糸のように輝く髪の下には、氷のように冷たき視線。
銀色の髪を揺らしながら、青き視線を清隆に向けたのは。
「ラザフォード……!」
ブレード・チルドレンの1人、アイズ・ラザフォード。
イギリス人の母より生まれた、絶世の美少年の姿がそこにあった。
「君か、ラザフォード」
「どういうつもりだ。こんな茶番、お前の言う盤面には用意されているはずもないだろう」
微笑を湛える神。鋭く詰問する悪魔の子。
「おい、ラザフォード!」
「アイズ君!」
集団から彼を呼ぶ声が上がった。言うまでもなく、アイズの仲間のブレード・チルドレンだ。
浅月香介に竹内理緒。高町亮子の姿もある。
ろくでもない殺し合いだとは思っていたが、まさか連中まで巻き込むとは。
アイズ・ラザフォードという少年は、言わば彼らのまとめ役のような存在である。
ヤイバの血の下に生まれたきょうだい達の中でも、生まれは一番最後になるが、恐らく一番の切れ者は彼だ。
カノンが命を落とした今、並の人間を凌駕したブレード・チルドレンの中でも、間違いなく最強の部類に入るだろう。
「俺達の役割は終わったはずだ。その俺達に、何故今更新たな役割を強いる?」
そのアイズが、静かに怒りを浮かべている。
同じ呪縛と苦難を共有した仲間達を、殺し合いに巻き込もうとしている清隆に対して。
「私らしくない、ね……」
言われてみれば確かにそうだ。
清隆の描く構図において、ブレード・チルドレンは歩を成長させるための駒。
既にその役目を終了させた彼らを、今更使い回すような見苦しい真似を、あの清隆がするはずもない。
「そして、ここにはナルミアユムもいる」
ちら、と。
歩の方へと視線を向けながら、言った。
どうやらアイズは、彼がこの部屋にいることを、既に把握していたらしい。
それならそれで何故起こしてくれなかったんだ、とも思った歩だったが、今は置いておくことにする。
低い少年の声。
静かに、しかし、よく通る。
この狂乱のステージへと、さっと投じられた一石。
1人の男の放った一言が、瞬時に静寂をもたらした。
だが、そのつぶてを投げたのは歩ではない。
新たな登場人物が、そこに姿を現していた。
かつ、かつ、かつ、と。
集団の最後尾から、舞台へと歩み寄る靴音。
漆黒のノースリーブとズボンの上に、ロングコートを身につけたのは、歩とほとんど変わらない歳の少年だ。
さらりと優雅に舞う銀髪。上質な絹糸のように輝く髪の下には、氷のように冷たき視線。
銀色の髪を揺らしながら、青き視線を清隆に向けたのは。
「ラザフォード……!」
ブレード・チルドレンの1人、アイズ・ラザフォード。
イギリス人の母より生まれた、絶世の美少年の姿がそこにあった。
「君か、ラザフォード」
「どういうつもりだ。こんな茶番、お前の言う盤面には用意されているはずもないだろう」
微笑を湛える神。鋭く詰問する悪魔の子。
「おい、ラザフォード!」
「アイズ君!」
集団から彼を呼ぶ声が上がった。言うまでもなく、アイズの仲間のブレード・チルドレンだ。
浅月香介に竹内理緒。高町亮子の姿もある。
ろくでもない殺し合いだとは思っていたが、まさか連中まで巻き込むとは。
アイズ・ラザフォードという少年は、言わば彼らのまとめ役のような存在である。
ヤイバの血の下に生まれたきょうだい達の中でも、生まれは一番最後になるが、恐らく一番の切れ者は彼だ。
カノンが命を落とした今、並の人間を凌駕したブレード・チルドレンの中でも、間違いなく最強の部類に入るだろう。
「俺達の役割は終わったはずだ。その俺達に、何故今更新たな役割を強いる?」
そのアイズが、静かに怒りを浮かべている。
同じ呪縛と苦難を共有した仲間達を、殺し合いに巻き込もうとしている清隆に対して。
「私らしくない、ね……」
言われてみれば確かにそうだ。
清隆の描く構図において、ブレード・チルドレンは歩を成長させるための駒。
既にその役目を終了させた彼らを、今更使い回すような見苦しい真似を、あの清隆がするはずもない。
「そして、ここにはナルミアユムもいる」
ちら、と。
歩の方へと視線を向けながら、言った。
どうやらアイズは、彼がこの部屋にいることを、既に把握していたらしい。
それならそれで何故起こしてくれなかったんだ、とも思った歩だったが、今は置いておくことにする。
「こいつらに意味なき死を与えるというのなら……」
ごそり。
コートの中へと伸びる、アイズの手。
再び外気に触れたそれには。
「俺がお前を許さない」
黒光りする、一挺の拳銃が握られていた。
気迫。
さながら剣呑なナイフのごとく、滲み出る強大なプレッシャー。
射殺すような眼光は、もはやピストルなど使うまでもなく、あらゆる敵を死へと至らしめるかとさえ。
これがアイズ・ラザフォード。
数多のブレード・チルドレンの中でも、一際優れた実力を持った猛者。
そしてそれほどの殺意をぶつけられてなお、平然と構える高みの神。
「つくづくお前らしくもない。人前に生身を晒すというのに、武器を奪うことすらも忘れるとは」
引き金へと、力が込められる。
傍目に見れば、明らかな清隆の大ピンチ。彼の凡ミスが招いた苦境。
だが何故だ。
何かがおかしい。
妙に余裕な兄の反応といい、何か違和感が引っかかる。
何故反撃に出たのがアイズだけだったのか。
本当に清隆が武器回収を忘れていたならば、何故武装していてもおかしくないはずの、浅月達が援護に出ていない。
簡単だ。彼らは武器を持っていないから。
既にこの場の全員の武器が、清隆によって回収されているから。
となると、おかしいのはアイズの銃だ。他の全員からくまなく回収していながら、何故彼の武器だけが残されている。
偶然ということはあるまい。兄の魔性じみた強運を考えれば、武器がアイズに渡るはずもない。
では何故か。
考えられる可能性は1つ。わざと彼の武器だけを残した。
となると今度は今の清隆の状況がおかしくなる。
何故武器を持っていると分かっている相手の前に、わざわざ生身を晒したのか。
実は強化ガラスでステージが守られている、というオチでもあるまい。そんな無様な手段、清隆が選ぶはずもない。
いやそもそも、何故アイズの武器を持たせた。こうして反発を招かせた理由は何だ。
顎へと手を添えた歩の顔が、自然と下方へと傾く。
と。
その時。
(……?)
顎の裏に感じる、違和感。
何かがある。
何かが当たっている。
おまけにこの感触――自分には覚えがある。
「!」
反射的に、首元をなぞった。
やはりだ。思った通りの物がある。
今まで唐突なことが多すぎて、こんなものにも気付けなかった。
あるいは理緒や浅月が、清隆への抵抗をためらったのもこのためか。
間違いない。このトリックが、兄にこのような手口を取らせた。
これはアイズに仕掛けられた罠。
「やめろラザフォードッ! 罠――」
ごそり。
コートの中へと伸びる、アイズの手。
再び外気に触れたそれには。
「俺がお前を許さない」
黒光りする、一挺の拳銃が握られていた。
気迫。
さながら剣呑なナイフのごとく、滲み出る強大なプレッシャー。
射殺すような眼光は、もはやピストルなど使うまでもなく、あらゆる敵を死へと至らしめるかとさえ。
これがアイズ・ラザフォード。
数多のブレード・チルドレンの中でも、一際優れた実力を持った猛者。
そしてそれほどの殺意をぶつけられてなお、平然と構える高みの神。
「つくづくお前らしくもない。人前に生身を晒すというのに、武器を奪うことすらも忘れるとは」
引き金へと、力が込められる。
傍目に見れば、明らかな清隆の大ピンチ。彼の凡ミスが招いた苦境。
だが何故だ。
何かがおかしい。
妙に余裕な兄の反応といい、何か違和感が引っかかる。
何故反撃に出たのがアイズだけだったのか。
本当に清隆が武器回収を忘れていたならば、何故武装していてもおかしくないはずの、浅月達が援護に出ていない。
簡単だ。彼らは武器を持っていないから。
既にこの場の全員の武器が、清隆によって回収されているから。
となると、おかしいのはアイズの銃だ。他の全員からくまなく回収していながら、何故彼の武器だけが残されている。
偶然ということはあるまい。兄の魔性じみた強運を考えれば、武器がアイズに渡るはずもない。
では何故か。
考えられる可能性は1つ。わざと彼の武器だけを残した。
となると今度は今の清隆の状況がおかしくなる。
何故武器を持っていると分かっている相手の前に、わざわざ生身を晒したのか。
実は強化ガラスでステージが守られている、というオチでもあるまい。そんな無様な手段、清隆が選ぶはずもない。
いやそもそも、何故アイズの武器を持たせた。こうして反発を招かせた理由は何だ。
顎へと手を添えた歩の顔が、自然と下方へと傾く。
と。
その時。
(……?)
顎の裏に感じる、違和感。
何かがある。
何かが当たっている。
おまけにこの感触――自分には覚えがある。
「!」
反射的に、首元をなぞった。
やはりだ。思った通りの物がある。
今まで唐突なことが多すぎて、こんなものにも気付けなかった。
あるいは理緒や浅月が、清隆への抵抗をためらったのもこのためか。
間違いない。このトリックが、兄にこのような手口を取らせた。
これはアイズに仕掛けられた罠。
「やめろラザフォードッ! 罠――」
――どかん。
「らしくないのは君の方だったようだ……こんな初歩的な詰めを誤るとはね」
不敵に笑う神の瞳には、悪魔の子の視線は既に向けられていなかった。
不敵に笑う神の瞳には、悪魔の子の視線は既に向けられていなかった。
最初に知覚したのは光だった。
同時に音が鳴っていた。
アイズがトリガーを引かんとするまさにその瞬間、首元から迸る閃光と轟音。
遅れてぐちゃりと音が鳴る。
生肉を床に落としたような不快な音。
平らな床を彩ったのは、飛び散る鮮血色のしぶき。
ごとり。
更に遅れて。
頭ひとつ分背の低くなった少年が、力なく床へと倒れた音。
否応なしに理解する。
鼻を突く火薬と血の臭いに。
歩の声は届くことなく。
「嘘だろ……おい、ラザフォードッ!」
「いやああああああっ! アイズ君っ!」
アイズ・ラザフォードにかけられていた首輪が、彼の頭を吹き飛ばした。
即死だ。言うまでもない。
首から上のあらゆる要素が、爆発と共に粉微塵にふっ飛ばされたのだ。生存確認などするまでもない。
これが清隆の狙いだった。
わざわざ武器を持たせてまで、彼がアイズに求めた役割。
すなわち――見せしめ。
まず、武器も持たず無防備に構えている清隆へと、アイズがわざと残された銃を向ける。
それに呼応するように、何者かが首に仕掛けた爆弾を爆発させる。
実に効果的な演出だ。
アイズの持つ存在感は、十分強者と呼ぶに相応しいレベル。
それほどの男が武器まで渡されていながら、しかし生身の清隆に一方的に抹殺された。
主催者たる自分の力の絶対性を、参加者達に誇示するには、これ以上ないほどのパフォーマンス。
では何故、このトリックを歩が見破り、アイズは見破ることはできなかったのか。
簡単なことだ。歩のケースが特殊だったから。
過去に彼はこれと同じような首輪を、ブレード・チルドレンによってつけられている。
今アイズの元に駆け寄った、浅月と理緒の両名によって。
だがアイズ自身は、彼らと歩が戦っていたこそ知っていたものの、このような首輪が使われたことは知らない。
たとえ首輪の存在に気付いたとしても、それが爆弾であるという発想に思い至るはずもない。
それが認識のズレの正体だ。
「さて……意味のない殺し合いなどするな、といったようなことを、誰かが言っていたな」
空気が凍る。
全ての視線が一点に集中される。
もはや口を開けるものなどいない。
余裕ぶった清隆の笑みも、さながら悪魔の哄笑のごとく。
人を殺したその本人が、何事もなかったかのように笑っているのだ。
もはや鳴海清隆という人間は、誰にとっても、無視するわけにはいかない存在となったわけだ。
「だが、その認識は間違いだ。これから繰り広げられた闘争には、十分過ぎるほどの意味がある」
流暢な清隆の声。役者が台本を読み上げるような。
舞台上に立った役者の姿に、観客達が惹かれるように。
「運命によって仕組まれた意味が」
部屋に集められた全ての人間が、この男の言葉に耳を傾ける。
殺し合いから逃れようとする者達に、爆弾に逆らえるほどの度胸はない。
殺し合いに乗ろうとしている者達には、清隆に逆らう理由がない。
「そして君達は、このろくでもない運命に選ばれてしまった。
敵が運命である以上、無闇に逃れようとするだけでは、決して生きながらえることはできない。
このゲームで生き残る手段は2つに1つ。運命に従うか、あるいは……真正面から抗うか」
既に鳴海清隆という男は、この場の空気を完全に支配していた。
同時に音が鳴っていた。
アイズがトリガーを引かんとするまさにその瞬間、首元から迸る閃光と轟音。
遅れてぐちゃりと音が鳴る。
生肉を床に落としたような不快な音。
平らな床を彩ったのは、飛び散る鮮血色のしぶき。
ごとり。
更に遅れて。
頭ひとつ分背の低くなった少年が、力なく床へと倒れた音。
否応なしに理解する。
鼻を突く火薬と血の臭いに。
歩の声は届くことなく。
「嘘だろ……おい、ラザフォードッ!」
「いやああああああっ! アイズ君っ!」
アイズ・ラザフォードにかけられていた首輪が、彼の頭を吹き飛ばした。
即死だ。言うまでもない。
首から上のあらゆる要素が、爆発と共に粉微塵にふっ飛ばされたのだ。生存確認などするまでもない。
これが清隆の狙いだった。
わざわざ武器を持たせてまで、彼がアイズに求めた役割。
すなわち――見せしめ。
まず、武器も持たず無防備に構えている清隆へと、アイズがわざと残された銃を向ける。
それに呼応するように、何者かが首に仕掛けた爆弾を爆発させる。
実に効果的な演出だ。
アイズの持つ存在感は、十分強者と呼ぶに相応しいレベル。
それほどの男が武器まで渡されていながら、しかし生身の清隆に一方的に抹殺された。
主催者たる自分の力の絶対性を、参加者達に誇示するには、これ以上ないほどのパフォーマンス。
では何故、このトリックを歩が見破り、アイズは見破ることはできなかったのか。
簡単なことだ。歩のケースが特殊だったから。
過去に彼はこれと同じような首輪を、ブレード・チルドレンによってつけられている。
今アイズの元に駆け寄った、浅月と理緒の両名によって。
だがアイズ自身は、彼らと歩が戦っていたこそ知っていたものの、このような首輪が使われたことは知らない。
たとえ首輪の存在に気付いたとしても、それが爆弾であるという発想に思い至るはずもない。
それが認識のズレの正体だ。
「さて……意味のない殺し合いなどするな、といったようなことを、誰かが言っていたな」
空気が凍る。
全ての視線が一点に集中される。
もはや口を開けるものなどいない。
余裕ぶった清隆の笑みも、さながら悪魔の哄笑のごとく。
人を殺したその本人が、何事もなかったかのように笑っているのだ。
もはや鳴海清隆という人間は、誰にとっても、無視するわけにはいかない存在となったわけだ。
「だが、その認識は間違いだ。これから繰り広げられた闘争には、十分過ぎるほどの意味がある」
流暢な清隆の声。役者が台本を読み上げるような。
舞台上に立った役者の姿に、観客達が惹かれるように。
「運命によって仕組まれた意味が」
部屋に集められた全ての人間が、この男の言葉に耳を傾ける。
殺し合いから逃れようとする者達に、爆弾に逆らえるほどの度胸はない。
殺し合いに乗ろうとしている者達には、清隆に逆らう理由がない。
「そして君達は、このろくでもない運命に選ばれてしまった。
敵が運命である以上、無闇に逃れようとするだけでは、決して生きながらえることはできない。
このゲームで生き残る手段は2つに1つ。運命に従うか、あるいは……真正面から抗うか」
既に鳴海清隆という男は、この場の空気を完全に支配していた。
「――はーいはい、そこまでそこまで」
ぱん、ぱん、ぱん、と。
不意に、手を叩く音と共に。
若い少年のような声が割って入る。
素足の足音と共に、舞台裾から新たな男が現れた。
「いちいちパフォーマンスが過ぎるんだよ、清隆は。余計なことまでこいつらに言うことないって」
「おや、気に障ってしまったかな?」
新たにステージへと上がったのは、何とも奇妙な風体の男だった。
年齢は十代後半ほど。これまた自分とさほど変わらない歳だろう。
ずるずると伸びた黒髪の下には、皮肉な笑顔が浮かんでいる。
服装も服装だ。へそ出し袖なしのフィットシャツに、ミニスカートのような腰布と短パン。
清隆が白一色ならば、こちらは黒一色だ。
こんなものを男が着ているのだから、もはや露出狂としか思えない。
いずれにせよ、異様な少年だった。
清隆と随分親しげに話しているようだが、こいつも彼の仲間なのだろうか。
「てめぇ……エンヴィー!」
と。
突如集団から上がる、怒声。
どうやら自分達と清隆が知り合いであるように、このエンヴィーとかいう奴にも知り合いがいたらしい。
「や、鋼のおチビさん。血で血を洗うバトルロワイヤルに巻き込まれた気分はどうだい?」
「るせぇ! この野郎性懲りもなくチビチビチビチビ言いやがって!」
「兄さん落ち着いて!」
いきり立って吼えているのは、金髪を三つ編みにした少年だ。
赤いコートが印象的で、顔立ちからすると15歳くらいだろうか。にしては確かに背が低いような気がする。
そして傍に立ったごつい甲冑が、彼以上に幼い声で諌めていた。
それより、今兄と言ったか。そのなりでそいつの弟なのか。その巨体で中学生以下の歳なのか。
だがそんな奇っ怪の制止にも、血気盛んな兄は耳を貸そうともしない。
自分の家庭とはまるきり違う兄弟だな。何だか馬鹿らしくさえ思えてきた。
「見てろよ、こんな爆弾なんざちょちょいと錬成して……!」
「ほほーう。ではおチビさんに質問です。その首輪の材質は何でしょう?」
「あ゛あ!? 機械なんだから鉄に決まってんだろ!」
余裕たっぷりに相手を翻弄するエンヴィーと、盛大に喚きまくる赤コートの少年。
まるで先ほどの構図を見ているようだ。何だかんだで清隆とエンヴィーは、似たような性格なのかもしれない。
もっとも少年とアイズの方は、さっぱり似ても似つかないが。
「ホントにそうなのかな? 機械って言っても色々あるよ?」
にぃ。
愉快さを顔全体で表すかのように、醜く歪む男の口元。
「たとえば、社会でよく見る金属製品の材質、1つ1つ挙げてってごらん」
「んだと? そりゃあ、金銀銅に鋼にアルミニウム……」
「じゃあ、その首輪がその辺の材質で作られてないって証拠は?」
「うぐ……」
途端に、赤コートの少年の勢いが削がれる。
たたみかけるようにして、続けられるエンヴィーの言葉。
「さっすが国家錬金術師、それくらいの頭はあるみたいだねぇ」
「エドワード君、君も早死にしたくなければ、ここは素直に話を聞いてやるといい。
1つ1つ錬成を試している隙に爆破されては、間抜けすぎて笑い話にもならないぞ」
ついでに清隆までもが口を挟んできた。
こうなれば、あのエドワードとかいう少年に勝ち目はない。
それなりに舌の回るらしいエンヴィーに、神・清隆が援護についているのだ。単純そうなガキが、口で戦って勝てる相手ではなかった。
それにしても、彼らの会話の中には、色々と不可解なワードが出てきている。
錬金術師だとか、錬成だとかだ。まさか古代の錬金術の学者様が、こんな所にいるはずもないだろうに。
「では諸君も、一応エンヴィーの言うことに耳を傾けておくように」
などと言っている間に、清隆が動き始めてしまった。
スーツの足がステージを歩く。その目的地は舞台裏。
「なっ……おい待て! 兄貴っ!」
冗談じゃない。まだろくに会話も交わしていないぞ。こんなところで逃げられてたまるか。
弟の絶叫も虚しく、兄の姿は舞台より消えてしまった。
ぱん、ぱん、ぱん、と。
不意に、手を叩く音と共に。
若い少年のような声が割って入る。
素足の足音と共に、舞台裾から新たな男が現れた。
「いちいちパフォーマンスが過ぎるんだよ、清隆は。余計なことまでこいつらに言うことないって」
「おや、気に障ってしまったかな?」
新たにステージへと上がったのは、何とも奇妙な風体の男だった。
年齢は十代後半ほど。これまた自分とさほど変わらない歳だろう。
ずるずると伸びた黒髪の下には、皮肉な笑顔が浮かんでいる。
服装も服装だ。へそ出し袖なしのフィットシャツに、ミニスカートのような腰布と短パン。
清隆が白一色ならば、こちらは黒一色だ。
こんなものを男が着ているのだから、もはや露出狂としか思えない。
いずれにせよ、異様な少年だった。
清隆と随分親しげに話しているようだが、こいつも彼の仲間なのだろうか。
「てめぇ……エンヴィー!」
と。
突如集団から上がる、怒声。
どうやら自分達と清隆が知り合いであるように、このエンヴィーとかいう奴にも知り合いがいたらしい。
「や、鋼のおチビさん。血で血を洗うバトルロワイヤルに巻き込まれた気分はどうだい?」
「るせぇ! この野郎性懲りもなくチビチビチビチビ言いやがって!」
「兄さん落ち着いて!」
いきり立って吼えているのは、金髪を三つ編みにした少年だ。
赤いコートが印象的で、顔立ちからすると15歳くらいだろうか。にしては確かに背が低いような気がする。
そして傍に立ったごつい甲冑が、彼以上に幼い声で諌めていた。
それより、今兄と言ったか。そのなりでそいつの弟なのか。その巨体で中学生以下の歳なのか。
だがそんな奇っ怪の制止にも、血気盛んな兄は耳を貸そうともしない。
自分の家庭とはまるきり違う兄弟だな。何だか馬鹿らしくさえ思えてきた。
「見てろよ、こんな爆弾なんざちょちょいと錬成して……!」
「ほほーう。ではおチビさんに質問です。その首輪の材質は何でしょう?」
「あ゛あ!? 機械なんだから鉄に決まってんだろ!」
余裕たっぷりに相手を翻弄するエンヴィーと、盛大に喚きまくる赤コートの少年。
まるで先ほどの構図を見ているようだ。何だかんだで清隆とエンヴィーは、似たような性格なのかもしれない。
もっとも少年とアイズの方は、さっぱり似ても似つかないが。
「ホントにそうなのかな? 機械って言っても色々あるよ?」
にぃ。
愉快さを顔全体で表すかのように、醜く歪む男の口元。
「たとえば、社会でよく見る金属製品の材質、1つ1つ挙げてってごらん」
「んだと? そりゃあ、金銀銅に鋼にアルミニウム……」
「じゃあ、その首輪がその辺の材質で作られてないって証拠は?」
「うぐ……」
途端に、赤コートの少年の勢いが削がれる。
たたみかけるようにして、続けられるエンヴィーの言葉。
「さっすが国家錬金術師、それくらいの頭はあるみたいだねぇ」
「エドワード君、君も早死にしたくなければ、ここは素直に話を聞いてやるといい。
1つ1つ錬成を試している隙に爆破されては、間抜けすぎて笑い話にもならないぞ」
ついでに清隆までもが口を挟んできた。
こうなれば、あのエドワードとかいう少年に勝ち目はない。
それなりに舌の回るらしいエンヴィーに、神・清隆が援護についているのだ。単純そうなガキが、口で戦って勝てる相手ではなかった。
それにしても、彼らの会話の中には、色々と不可解なワードが出てきている。
錬金術師だとか、錬成だとかだ。まさか古代の錬金術の学者様が、こんな所にいるはずもないだろうに。
「では諸君も、一応エンヴィーの言うことに耳を傾けておくように」
などと言っている間に、清隆が動き始めてしまった。
スーツの足がステージを歩く。その目的地は舞台裏。
「なっ……おい待て! 兄貴っ!」
冗談じゃない。まだろくに会話も交わしていないぞ。こんなところで逃げられてたまるか。
弟の絶叫も虚しく、兄の姿は舞台より消えてしまった。
清隆が消え、照明の下にはエンヴィーのみが取り残される。
スポットライトをその身に浴びて、得意げに笑む少年のみが。
「さーてと……んじゃあ清隆に代わって、愚かな人間の皆様に、僕がこのゲームのルールを説明してあげよう」
おどけたような身振りと共に、しかし嘲笑うような声音で。
一拍の間を置き、口を突く言葉。
であればまさにここからが、このろくでもないデスゲームの本番ということか。
「基本ルールは清隆が話した通り。決められた戦場で、最後の1人になるまで殺し合うことさ。
僕らに逆らうようなことをしない限り、
反則負けを取られることはないけど……今傍にいるお友達と、慣れ合おうなんて考えは捨てた方がいいよ?
お前達はみんな揃って、ランダムな場所からスタートとなる。
ここで一緒につるんでたって、ゲームスタートと同時に離れ離れ、ってわけ。
……さて、じゃあ次はその首輪の話」
とんとん、と。
自分の首を人差し指で、軽く叩きながらエンヴィーが言う。
否応なしに、参加者達の視線が首元へと向いた。言うまでもなく、歩もだ。
「そいつの爆発条件は4つ。
まず今言った通り、僕らに逆らおうとした場合。
それから会場の外に出た場合と、24時間誰も死ななかった場合だ。
みんな仲良く誰も殺さず、じっとやり過ごそうなんてのはお話にならないからね。
そして残る1つが、6時間ごとに増える禁止エリアに入った時。これはそれまでに死んだ奴の名前と一緒に、放送で発表される」
どうやらこのゲームのフィールドは、時間が経つごとに狭くなっていくと考えていいらしい。
確かに終盤になって人数が減ったというのに、会場だけはだだっ広いままでは、エンカウント率は激減してしまう。
「最後に、人殺しをする上で一番大事なもの……凶器に関する説明だ。参加者には1人に1つずつ、こんな感じの鞄が用意される」
言いながらエンヴィーが取り出したのは、何の変哲もないデイパックだ。
「この中には食糧や地図に参加者名簿、それからランダムに武器が入ってる。
その武器を調達するために、お前達の持ち物はぜーんぶ取り上げさせてもらったよ。
もっとも、そこのガキのは没収し忘れちゃったみたいだけどね。でもこういう不備はもうないだろうから、安心しなよ」
物言わぬアイズの遺体を指差しながら、エンヴィーが言った。
よく言う。
そいつの武器は力関係を分からせるために、わざと取り上げずにおいたんだろうに。
「もっともこの中の何人かは、そんな武器なんかに頼らなくても、自前の能力で人殺しができたりする。
でも、それじゃワンサイドゲームになってつまんないからね。
ちょちょいと身体に細工して、なるべく公平になるように弱体化させてもらったよ」
歩にとって、一番意味が分からないのはこの話だった。
能力というのは一体何だ。さっきの錬成とかいうのもそれなのか。
もっともこんなことを聞いても、この男がまともに答える保障などあるはずもない。
「……さて、説明はこんなところかな。じゃ、習うより慣れろだ。さっそく始めるとしよう」
実際、エンヴィーにはその気はないらしい。
質問があるかどうかの確認もせず、そのまま始める気満々で切り出した。
「さぁ、ゲームの始まりだ! 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、思う存分に殺し合うがいい!」
ぱちん。
指が鳴る。
その瞬間に。
(!? 何だ、これっ……!)
不意に、歩の身体が光りだした。
何とも形容しがたい色の光が、身体中を包んでいる。まるでアニメやゲームのワープのよう。
否、ようではなく、まさしくワープそのものらしい。
現に同様の状況に陥った他の人間が、次から次へと姿を消している。
ランダムに配置するとは聞いていたが、なるほどこういうことだったのか。
そして目的地へと辿り着けば、いつも通りの戦いが始まる。
一切の油断もできない、ろくでもない殺し合いの始まりだ。
しかもこうしたファンタジーじみたことが平気で起こっている以上、今まで以上の危険が待ち受けているかもしれない。
そう思いながら、周囲を見回した時。
スポットライトをその身に浴びて、得意げに笑む少年のみが。
「さーてと……んじゃあ清隆に代わって、愚かな人間の皆様に、僕がこのゲームのルールを説明してあげよう」
おどけたような身振りと共に、しかし嘲笑うような声音で。
一拍の間を置き、口を突く言葉。
であればまさにここからが、このろくでもないデスゲームの本番ということか。
「基本ルールは清隆が話した通り。決められた戦場で、最後の1人になるまで殺し合うことさ。
僕らに逆らうようなことをしない限り、
反則負けを取られることはないけど……今傍にいるお友達と、慣れ合おうなんて考えは捨てた方がいいよ?
お前達はみんな揃って、ランダムな場所からスタートとなる。
ここで一緒につるんでたって、ゲームスタートと同時に離れ離れ、ってわけ。
……さて、じゃあ次はその首輪の話」
とんとん、と。
自分の首を人差し指で、軽く叩きながらエンヴィーが言う。
否応なしに、参加者達の視線が首元へと向いた。言うまでもなく、歩もだ。
「そいつの爆発条件は4つ。
まず今言った通り、僕らに逆らおうとした場合。
それから会場の外に出た場合と、24時間誰も死ななかった場合だ。
みんな仲良く誰も殺さず、じっとやり過ごそうなんてのはお話にならないからね。
そして残る1つが、6時間ごとに増える禁止エリアに入った時。これはそれまでに死んだ奴の名前と一緒に、放送で発表される」
どうやらこのゲームのフィールドは、時間が経つごとに狭くなっていくと考えていいらしい。
確かに終盤になって人数が減ったというのに、会場だけはだだっ広いままでは、エンカウント率は激減してしまう。
「最後に、人殺しをする上で一番大事なもの……凶器に関する説明だ。参加者には1人に1つずつ、こんな感じの鞄が用意される」
言いながらエンヴィーが取り出したのは、何の変哲もないデイパックだ。
「この中には食糧や地図に参加者名簿、それからランダムに武器が入ってる。
その武器を調達するために、お前達の持ち物はぜーんぶ取り上げさせてもらったよ。
もっとも、そこのガキのは没収し忘れちゃったみたいだけどね。でもこういう不備はもうないだろうから、安心しなよ」
物言わぬアイズの遺体を指差しながら、エンヴィーが言った。
よく言う。
そいつの武器は力関係を分からせるために、わざと取り上げずにおいたんだろうに。
「もっともこの中の何人かは、そんな武器なんかに頼らなくても、自前の能力で人殺しができたりする。
でも、それじゃワンサイドゲームになってつまんないからね。
ちょちょいと身体に細工して、なるべく公平になるように弱体化させてもらったよ」
歩にとって、一番意味が分からないのはこの話だった。
能力というのは一体何だ。さっきの錬成とかいうのもそれなのか。
もっともこんなことを聞いても、この男がまともに答える保障などあるはずもない。
「……さて、説明はこんなところかな。じゃ、習うより慣れろだ。さっそく始めるとしよう」
実際、エンヴィーにはその気はないらしい。
質問があるかどうかの確認もせず、そのまま始める気満々で切り出した。
「さぁ、ゲームの始まりだ! 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、思う存分に殺し合うがいい!」
ぱちん。
指が鳴る。
その瞬間に。
(!? 何だ、これっ……!)
不意に、歩の身体が光りだした。
何とも形容しがたい色の光が、身体中を包んでいる。まるでアニメやゲームのワープのよう。
否、ようではなく、まさしくワープそのものらしい。
現に同様の状況に陥った他の人間が、次から次へと姿を消している。
ランダムに配置するとは聞いていたが、なるほどこういうことだったのか。
そして目的地へと辿り着けば、いつも通りの戦いが始まる。
一切の油断もできない、ろくでもない殺し合いの始まりだ。
しかもこうしたファンタジーじみたことが平気で起こっている以上、今まで以上の危険が待ち受けているかもしれない。
そう思いながら、周囲を見回した時。
「……!」
その目は驚愕に見開かれた。
思わず口が半開きになった。
いるはずもない男の姿を、そこに認めてしまったから。
既にこの世にいないはずの、その少年の姿を見つけてしまったから。
その目は驚愕に見開かれた。
思わず口が半開きになった。
いるはずもない男の姿を、そこに認めてしまったから。
既にこの世にいないはずの、その少年の姿を見つけてしまったから。
(……カノン・ヒルベルト……!?)
かくして物語は幕を開ける。
定められた主役はいない。メインキャストは鳴海歩1人ではない。
この神の弟に生まれた少年の話は、あくまで物語の登場人物の一例だ。
そう。
明確な主人公がいないということは、誰もが主人公であるということ。
誰もがそれぞれにそれぞれの物語を紡ぎ、それぞれの世界の主役となるということ。
巨悪に立ち向かう道か。
生き残るために殺し合う道か。
何一つ成し遂げられず命を落とす道か。
無限に枝分かれする道筋のうち、どれを通るかは彼ら次第。
定められた主役はいない。メインキャストは鳴海歩1人ではない。
この神の弟に生まれた少年の話は、あくまで物語の登場人物の一例だ。
そう。
明確な主人公がいないということは、誰もが主人公であるということ。
誰もがそれぞれにそれぞれの物語を紡ぎ、それぞれの世界の主役となるということ。
巨悪に立ち向かう道か。
生き残るために殺し合う道か。
何一つ成し遂げられず命を落とす道か。
無限に枝分かれする道筋のうち、どれを通るかは彼ら次第。
「全ては運命の導くままに」
「ゲームスタート♪」
【アイズ・ラザフォード@スパイラル~推理の絆~ 死亡】
【一日目 00:00 ???】
【鳴海清隆@スパイラル~推理の絆~】
【エンヴィー@鋼の錬金術師】
【エンヴィー@鋼の錬金術師】
【備考】
※鳴海歩@スパイラル~推理の絆~の参戦時期は、少なくともカノン死亡後です
※鳴海歩@スパイラル~推理の絆~の参戦時期は、少なくともカノン死亡後です