没OP・1

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没OP・1 ◆9L.gxDzakI



――笑えることに、こういうの初めてじゃないんだ。



首元にナイフを突きつけられた少年――鳴海歩の口にした言葉だ。




私立月臣学園高等部1年生、鳴海歩。
兄の名は鳴海清隆。かつて「警視庁の名探偵」と謳われた、世界随一の天才である。
誰よりも強く、誰よりも高い。
あらゆる方面に類い稀なる才能を発揮した、まさしく人の姿を借りた、神の写し身とでも言うべき男。
かつて、とは、すなわち今はいないということだ。
神は岩戸へと隠れ、その弟が表舞台へと引きずり出された。
兄が失踪してからの歩の生涯は、まさに波乱と激闘に満ちたものだった。
かつて神の雷にその身を焼かれた、もう1人の悪しき天才――ミズシロ・ヤイバの子供達。
呪われし烙印を胸に宿した、ブレード・チルドレン達との戦いだ。
当時兄の影に押し潰され、卑屈に生きてきた歩だったが、
それらブレード・チルドレンとの戦いの経験は、確実に彼を強くしていた。
挫折と敗北しか知らぬ負け犬は、神の弟に相応しき男へと成長する。
皮肉にも、神にして兄である、鳴海清隆の望むままに。





故に、この度起きた異常事態を、歩がごく自然に受け入れられたのは、当然と言えば当然なのかもしれない。








「ん……」
ぴくり。
少年の眉が微かに震える。
ややあって、ゆっくりと開かれる瞳。揺れる髪の毛は、もみあげの長い茶髪。
軽くがしがしと頭をかき、寝ぼけた意識を覚醒させた。
そこでようやく、自分の身体が床に転がっていたことに気付く。
一体自分はいつの間に、床に寝そべるなんてだらしない真似をしたのだろう。
いや、そもそもよく考えてみれば、自分はいつの間に眠っていたのだ。
がばっ、と。
瞳を見開き、上体を起こし。
すぐさま視線を360度めぐらせ、すぐさま自分の置かれた状況を確認。
(……またこの手の展開か)
そして内心で、ふぅ、とため息をついた。
何のことはない。いつもと同じだ。
いつも体験してきたのと同じように、またろくでもないことに巻き込まれていた。
それだけのことだ。
照明のついていない現在地は薄暗く、何も置かれていないだだっ広い部屋、ということ以外何も分からない。
その詳細不明の一室に、自分同様、多くの人間が閉じ込められていた。
一部の人間は自分と同じように寝ているが、既に大半が目を覚ましているらしい。
となると自分は――鳴海歩は、かなり寝ぼすけな部類に入っていたようだ。
(ここのところ、あまりよく眠れてなかったからな……)
呑気にも、胸中ではそんなことを呟く。
だが、穏やかなのは語調だけだ。
視線は鋭く細められ、脳はフルスピードで回転する。
現状を素早く把握するため、絶えず状況分析を進めていく。
人影は多いがこの暗さだ。至近距離まで近寄らなければ、顔など見えるはずもない。
そもそもこれだけの人数を集めた奴は、今から一体何をしでかそうというのか。



(駄目だな……情報が足りない)
そう判断し、歩はひとまず思考を打ち切った。
状況を理解するためには、今の自分には情報が圧倒的に不足している。
未だ顔すらも見せない誘拐の実行犯。
この部屋に自分達を閉じ込めておいた理由。
そして、拉致された自分達被害者の共通点。
何もかもが分からない。今目覚めたばかりの歩には、この状況を理解することはできない。
(……ひとまず、先に起きてた連中に話を聞くか)
内心で呟きながら、両の足で立ち上がる。
自分より先にここにいた人間なら、何かしらのことは知っているかもしれない。
推理に必要なのは情報。ならば、まず最初にすべきは情報収集。
自己の取るべき方針を定め、歩き始めようとした。
その、瞬間。
「っ!?」
ばっ、と。
視界に広がる、白。
網膜を炙られるかのような明度。
突如暗闇だったこの部屋に、一挙に明かりが差し込んだ。
目も眩むような光輝は、前方から歩の眼球を容赦なく殴りつける。
ようやく明かりに慣れてきた頃、彼の目が捉えたもの。
それは舞台。
さながら劇場か何かのような舞台が、自分達の前方に置かれていた。
カーテンは既に開かれている。これまで気付かなかったのは、その垂れ幕が閉まっていたからか。
そして。
それ以上に、重大な事実がある。
鳴海歩という少年にとって、最も重要な真実がある。
既にそのステージには、1人の役者が立っていた。
スポットライトをその身に浴び、こちらを見下ろしていた青年は。



「――ようこそ、諸君」



岩戸に隠れていたはずの、兄の涼やかな笑みがあった。



「兄貴っ!?」
「清隆だと!?」
思わず叫ぶ。周囲からもまばらな絶叫。
どうやら歩以外にも、彼の見知った顔が集められているらしい。
だが、そんなことは彼にとって、今はどうでもいいことだった。
あらゆる情報はシャットアウト。
雑音が入り込む余地などない。
瞳はくわと見開かれ、ただ舞台上の役者を凝視する。
鳴海清隆。
姿を消し、全てを裏から操っていた、歩の兄にして全能の神。
これまで一切表に出ることなく、実に2年もの間失踪していた清隆が。
目の前に、いる。
純白のスーツに身を包み、弟と同じ色の長髪を後頭部で纏めた男が。
あの鳴海清隆が、自ら表舞台へと舞い戻ってきた。
「ちょっと! これは一体どういうことなんですか!」
はっ、と。
前方で響いていた声が、歩の意識を現実へと引き戻す。
少年の声だ。何故か和服を着ていた、地味な印象の。
そうだ。落ち着け、鳴海歩。これは俺だけの問題じゃないんだ。
首を軽く振りながら、自分自身へと言い聞かせた。
何の前触れもなく、清隆が突然姿を現した。その事実は受け止めよう。
ならば新たに追求すべきことは、その兄が腹に抱えている意図。
自分と巻き込まれた他の連中に、こいつは一体何をしようとしているのか。



ただ事ではない。
これまで舞台裏に引っ込んでいた清隆が、わざわざ歩の前に姿を現したのだ。
いいやそもそもそれ以前に、これだけ多くの人間を巻き込んでいる。
あの全知全能の神が、何も企んでいないはずがない。
これから奴の発する言葉、その全てを聞き逃すな。あらゆる情報を収集し、神の真意を推理しろ。
「ああ、すまない。説明が遅れたね」
ふ、と。
悪びれた様子もない笑顔で、清隆がかけられた声へと返答する。
この男は2年前からそうだった。間の抜けたようにすら見える飄々とした態度で、相手の反応を面白がる。
そのくせその胸中には、背筋すら凍てつくおぞましい思考を抱えているのだ。
油断はできない。
鋭く瞳を引き絞り、全身系を清隆へと向ける。
「私はあるゲームを実行するために、君達をこの舞台へと集めた」
ゲーム。
その切り出し方は変わらない。
――歩に対し、天使の公正さをもって戦いと勝利の機会を与えるなら、これを悪魔のように狡猾に殺すことを許可する。
かつてブレード・チルドレン達に、清隆が課した制約だ。
この法則は守られ続ける。
そこに言いだしっぺの清隆と、他ならぬ歩という存在が介在する限り。
要するに歩と清隆との戦いは、全て公平なルールの下のゲーム。
いつもどおりのシンプルな法則だ。
では、奴は今度はどんな種目を用意してきた。
清隆が直々に挑んできた勝負は。



「闘争という名のゲームのためにね」



悲しいほどに、いつも通りだった。
ざわざわ、ざわざわと。
一瞬の沈黙の後、水を打ったように広がるどよめき。
当然だ。今の言葉を聞いただけで、大抵の人間は理解できる。
「参加者は君達、ベットは命。会場は私の方で用意しておいた」
こいつは今からここにいる人間を使い、殺し合いをさせようというのだ。
理由は分からない。詳細はさすがに読み取れない。
だが、その最大の目的ははっきりしている。
自分のためだ。
こいつはこの鳴海歩に何らかの影響を与えるために、またしても多くの命を危険に晒そうとしているのだ。
今は亡き最強のブレード・チルドレン――カノン・ヒルベルトとの戦いの時もそうだった。
結果的に死者はゼロに抑えられたものの、一歩間違えれば死屍累々の惨状を招く可能性だってあった。
その仕立て人は他ならぬ清隆だ。
この男は、今度も同じことを繰り返そうとしている。
否、同じどころの騒ぎではない。
カノンだけではなく、この場の全員が殺し屋となれば、それ以上の惨劇を招くだろう。
全員どころではない。半分、否、3分の1がゲームに乗るだけでもまずい。
「お……おいっ! 一体どういうことなのだ!」
「この場の全員で殺し合えだと? 馬鹿馬鹿しい!」
次々と上がる反論。
最初に抗議をしたのは金髪の幼い少女と、それから顔に傷のある黒コートの男だったか。
それが水面に投じられた一石だ。
石ころはやがて波紋を呼ぶ。すなわち、清隆へと向けられた猛反発。
当然だ。
歩にとってこの手の展開は日常茶飯事。清隆にとってもそうだろう。
だが、それはあくまで彼ら兄弟と、それからブレード・チルドレンに限った話だ。
普通に考えてもみれば、普通の人間が殺し合いをしろと言われて、パニックを起こさないわけがない。
かと思えば、静かに黙り込む連中もいる。
纏うのは殺気。これもまた当然の帰結だ。
本気で殺し合いをさせようというのならば、こういう血の気の多い連中もいなければ話にならない。




「君達の言い分は確かに分かる」
一方の清隆は、相変わらずの涼しい顔で、どこ吹く風といった様子。
騒ぎ立てる連中の声にも怯むことなく、余裕を保ち続けていた。
「私も無意味な殺戮は望んでいない」
「ならこんな殺し合い、最初からする意味なんてないじゃないですか!」
この状況はまずい。
覚悟はしていたが、思ったよりも騒ぎになるのが早過ぎた。
このまま他の人間に騒がれては、清隆の話を聞き取れない。
この場を脱するための決定的な情報を、余計な雑音のおかげで聞き逃してしまうかもしれないのだ。
ふざけるな。何でそんなことを。ここから帰せ。
そう騒ぎたくなる気持ちも分かる。自分も思っていることは同じだ。
だが、だからこそ落ち着いてくれ。これでは得られる情報も得られない。
ここは新たな一石を投じるしかない。
別の小石を池へと投じ、波紋をぶつけ合わせなければ。
目立つことは避けたかったが、四の五の言ってる場合ではない。自分が黙らせるしかない。
「落ち着――」



「――随分とお前らしくないやり方だな、キヨタカ」



歩が張り上げようとした声は、しかし別の声に遮られた。
低い少年の声。
静かに、しかし、よく通る。
この狂乱のステージへと、さっと投じられた一石。
1人の男の放った一言が、瞬時に静寂をもたらした。
だが、そのつぶてを投げたのは歩ではない。
新たな登場人物が、そこに姿を現していた。
かつ、かつ、かつ、と。
集団の最後尾から、舞台へと歩み寄る靴音。
漆黒のノースリーブとズボンの上に、ロングコートを身につけたのは、歩とほとんど変わらない歳の少年だ。
さらりと優雅に舞う銀髪。上質な絹糸のように輝く髪の下には、氷のように冷たき視線。
銀色の髪を揺らしながら、青き視線を清隆に向けたのは。
「ラザフォード……!」
ブレード・チルドレンの1人、アイズ・ラザフォード。
イギリス人の母より生まれた、絶世の美少年の姿がそこにあった。
「君か、ラザフォード」
「どういうつもりだ。こんな茶番、お前の言う盤面には用意されているはずもないだろう」
微笑を湛える神。鋭く詰問する悪魔の子。
「おい、ラザフォード!」
「アイズ君!」
集団から彼を呼ぶ声が上がった。言うまでもなく、アイズの仲間のブレード・チルドレンだ。
浅月香介に竹内理緒。高町亮子の姿もある。
ろくでもない殺し合いだとは思っていたが、まさか連中まで巻き込むとは。
アイズ・ラザフォードという少年は、言わば彼らのまとめ役のような存在である。
ヤイバの血の下に生まれたきょうだい達の中でも、生まれは一番最後になるが、恐らく一番の切れ者は彼だ。
カノンが命を落とした今、並の人間を凌駕したブレード・チルドレンの中でも、間違いなく最強の部類に入るだろう。
「俺達の役割は終わったはずだ。その俺達に、何故今更新たな役割を強いる?」
そのアイズが、静かに怒りを浮かべている。
同じ呪縛と苦難を共有した仲間達を、殺し合いに巻き込もうとしている清隆に対して。
「私らしくない、ね……」
言われてみれば確かにそうだ。
清隆の描く構図において、ブレード・チルドレンは歩を成長させるための駒。
既にその役目を終了させた彼らを、今更使い回すような見苦しい真似を、あの清隆がするはずもない。
「そして、ここにはナルミアユムもいる」
ちら、と。
歩の方へと視線を向けながら、言った。
どうやらアイズは、彼がこの部屋にいることを、既に把握していたらしい。
それならそれで何故起こしてくれなかったんだ、とも思った歩だったが、今は置いておくことにする。



「こいつらに意味なき死を与えるというのなら……」
ごそり。
コートの中へと伸びる、アイズの手。
再び外気に触れたそれには。
「俺がお前を許さない」
黒光りする、一挺の拳銃が握られていた。
気迫。
さながら剣呑なナイフのごとく、滲み出る強大なプレッシャー。
射殺すような眼光は、もはやピストルなど使うまでもなく、あらゆる敵を死へと至らしめるかとさえ。
これがアイズ・ラザフォード。
数多のブレード・チルドレンの中でも、一際優れた実力を持った猛者。
そしてそれほどの殺意をぶつけられてなお、平然と構える高みの神。
「つくづくお前らしくもない。人前に生身を晒すというのに、武器を奪うことすらも忘れるとは」
引き金へと、力が込められる。
傍目に見れば、明らかな清隆の大ピンチ。彼の凡ミスが招いた苦境。
だが何故だ。
何かがおかしい。
妙に余裕な兄の反応といい、何か違和感が引っかかる。
何故反撃に出たのがアイズだけだったのか。
本当に清隆が武器回収を忘れていたならば、何故武装していてもおかしくないはずの、浅月達が援護に出ていない。
簡単だ。彼らは武器を持っていないから。
既にこの場の全員の武器が、清隆によって回収されているから。
となると、おかしいのはアイズの銃だ。他の全員からくまなく回収していながら、何故彼の武器だけが残されている。
偶然ということはあるまい。兄の魔性じみた強運を考えれば、武器がアイズに渡るはずもない。
では何故か。
考えられる可能性は1つ。わざと彼の武器だけを残した。
となると今度は今の清隆の状況がおかしくなる。
何故武器を持っていると分かっている相手の前に、わざわざ生身を晒したのか。
実は強化ガラスでステージが守られている、というオチでもあるまい。そんな無様な手段、清隆が選ぶはずもない。
いやそもそも、何故アイズの武器を持たせた。こうして反発を招かせた理由は何だ。
顎へと手を添えた歩の顔が、自然と下方へと傾く。
と。
その時。
(……?)
顎の裏に感じる、違和感。
何かがある。
何かが当たっている。
おまけにこの感触――自分には覚えがある。
「!」
反射的に、首元をなぞった。
やはりだ。思った通りの物がある。
今まで唐突なことが多すぎて、こんなものにも気付けなかった。
あるいは理緒や浅月が、清隆への抵抗をためらったのもこのためか。
間違いない。このトリックが、兄にこのような手口を取らせた。
これはアイズに仕掛けられた罠。
「やめろラザフォードッ! 罠――」






――どかん。






「らしくないのは君の方だったようだ……こんな初歩的な詰めを誤るとはね」
不敵に笑う神の瞳には、悪魔の子の視線は既に向けられていなかった。



最初に知覚したのは光だった。
同時に音が鳴っていた。
アイズがトリガーを引かんとするまさにその瞬間、首元から迸る閃光と轟音。
遅れてぐちゃりと音が鳴る。
生肉を床に落としたような不快な音。
平らな床を彩ったのは、飛び散る鮮血色のしぶき。
ごとり。
更に遅れて。
頭ひとつ分背の低くなった少年が、力なく床へと倒れた音。
否応なしに理解する。
鼻を突く火薬と血の臭いに。
歩の声は届くことなく。
「嘘だろ……おい、ラザフォードッ!」
「いやああああああっ! アイズ君っ!」
アイズ・ラザフォードにかけられていた首輪が、彼の頭を吹き飛ばした。
即死だ。言うまでもない。
首から上のあらゆる要素が、爆発と共に粉微塵にふっ飛ばされたのだ。生存確認などするまでもない。
これが清隆の狙いだった。
わざわざ武器を持たせてまで、彼がアイズに求めた役割。
すなわち――見せしめ。
まず、武器も持たず無防備に構えている清隆へと、アイズがわざと残された銃を向ける。
それに呼応するように、何者かが首に仕掛けた爆弾を爆発させる。
実に効果的な演出だ。
アイズの持つ存在感は、十分強者と呼ぶに相応しいレベル。
それほどの男が武器まで渡されていながら、しかし生身の清隆に一方的に抹殺された。
主催者たる自分の力の絶対性を、参加者達に誇示するには、これ以上ないほどのパフォーマンス。
では何故、このトリックを歩が見破り、アイズは見破ることはできなかったのか。
簡単なことだ。歩のケースが特殊だったから。
過去に彼はこれと同じような首輪を、ブレード・チルドレンによってつけられている。
今アイズの元に駆け寄った、浅月と理緒の両名によって。
だがアイズ自身は、彼らと歩が戦っていたこそ知っていたものの、このような首輪が使われたことは知らない。
たとえ首輪の存在に気付いたとしても、それが爆弾であるという発想に思い至るはずもない。
それが認識のズレの正体だ。
「さて……意味のない殺し合いなどするな、といったようなことを、誰かが言っていたな」
空気が凍る。
全ての視線が一点に集中される。
もはや口を開けるものなどいない。
余裕ぶった清隆の笑みも、さながら悪魔の哄笑のごとく。
人を殺したその本人が、何事もなかったかのように笑っているのだ。
もはや鳴海清隆という人間は、誰にとっても、無視するわけにはいかない存在となったわけだ。
「だが、その認識は間違いだ。これから繰り広げられた闘争には、十分過ぎるほどの意味がある」
流暢な清隆の声。役者が台本を読み上げるような。
舞台上に立った役者の姿に、観客達が惹かれるように。
「運命によって仕組まれた意味が」
部屋に集められた全ての人間が、この男の言葉に耳を傾ける。
殺し合いから逃れようとする者達に、爆弾に逆らえるほどの度胸はない。
殺し合いに乗ろうとしている者達には、清隆に逆らう理由がない。
「そして君達は、このろくでもない運命に選ばれてしまった。
敵が運命である以上、無闇に逃れようとするだけでは、決して生きながらえることはできない。
このゲームで生き残る手段は2つに1つ。運命に従うか、あるいは……真正面から抗うか」
既に鳴海清隆という男は、この場の空気を完全に支配していた。



「――はーいはい、そこまでそこまで」
ぱん、ぱん、ぱん、と。
不意に、手を叩く音と共に。
若い少年のような声が割って入る。
素足の足音と共に、舞台裾から新たな男が現れた。
「いちいちパフォーマンスが過ぎるんだよ、清隆は。余計なことまでこいつらに言うことないって」
「おや、気に障ってしまったかな?」
新たにステージへと上がったのは、何とも奇妙な風体の男だった。
年齢は十代後半ほど。これまた自分とさほど変わらない歳だろう。
ずるずると伸びた黒髪の下には、皮肉な笑顔が浮かんでいる。
服装も服装だ。へそ出し袖なしのフィットシャツに、ミニスカートのような腰布と短パン。
清隆が白一色ならば、こちらは黒一色だ。
こんなものを男が着ているのだから、もはや露出狂としか思えない。
いずれにせよ、異様な少年だった。
清隆と随分親しげに話しているようだが、こいつも彼の仲間なのだろうか。
「てめぇ……エンヴィー!」
と。
突如集団から上がる、怒声。
どうやら自分達と清隆が知り合いであるように、このエンヴィーとかいう奴にも知り合いがいたらしい。
「や、鋼のおチビさん。血で血を洗うバトルロワイヤルに巻き込まれた気分はどうだい?」
「るせぇ! この野郎性懲りもなくチビチビチビチビ言いやがって!」
「兄さん落ち着いて!」
いきり立って吼えているのは、金髪を三つ編みにした少年だ。
赤いコートが印象的で、顔立ちからすると15歳くらいだろうか。にしては確かに背が低いような気がする。
そして傍に立ったごつい甲冑が、彼以上に幼い声で諌めていた。
それより、今兄と言ったか。そのなりでそいつの弟なのか。その巨体で中学生以下の歳なのか。
だがそんな奇っ怪の制止にも、血気盛んな兄は耳を貸そうともしない。
自分の家庭とはまるきり違う兄弟だな。何だか馬鹿らしくさえ思えてきた。
「見てろよ、こんな爆弾なんざちょちょいと錬成して……!」
「ほほーう。ではおチビさんに質問です。その首輪の材質は何でしょう?」
「あ゛あ!? 機械なんだから鉄に決まってんだろ!」
余裕たっぷりに相手を翻弄するエンヴィーと、盛大に喚きまくる赤コートの少年。
まるで先ほどの構図を見ているようだ。何だかんだで清隆とエンヴィーは、似たような性格なのかもしれない。
もっとも少年とアイズの方は、さっぱり似ても似つかないが。
「ホントにそうなのかな? 機械って言っても色々あるよ?」
にぃ。
愉快さを顔全体で表すかのように、醜く歪む男の口元。
「たとえば、社会でよく見る金属製品の材質、1つ1つ挙げてってごらん」
「んだと? そりゃあ、金銀銅に鋼にアルミニウム……」
「じゃあ、その首輪がその辺の材質で作られてないって証拠は?」
「うぐ……」
途端に、赤コートの少年の勢いが削がれる。
たたみかけるようにして、続けられるエンヴィーの言葉。
「さっすが国家錬金術師、それくらいの頭はあるみたいだねぇ」
「エドワード君、君も早死にしたくなければ、ここは素直に話を聞いてやるといい。
1つ1つ錬成を試している隙に爆破されては、間抜けすぎて笑い話にもならないぞ」
ついでに清隆までもが口を挟んできた。
こうなれば、あのエドワードとかいう少年に勝ち目はない。
それなりに舌の回るらしいエンヴィーに、神・清隆が援護についているのだ。単純そうなガキが、口で戦って勝てる相手ではなかった。
それにしても、彼らの会話の中には、色々と不可解なワードが出てきている。
錬金術師だとか、錬成だとかだ。まさか古代の錬金術の学者様が、こんな所にいるはずもないだろうに。
「では諸君も、一応エンヴィーの言うことに耳を傾けておくように」
などと言っている間に、清隆が動き始めてしまった。
スーツの足がステージを歩く。その目的地は舞台裏。
「なっ……おい待て! 兄貴っ!」
冗談じゃない。まだろくに会話も交わしていないぞ。こんなところで逃げられてたまるか。
弟の絶叫も虚しく、兄の姿は舞台より消えてしまった。



清隆が消え、照明の下にはエンヴィーのみが取り残される。
スポットライトをその身に浴びて、得意げに笑む少年のみが。
「さーてと……んじゃあ清隆に代わって、愚かな人間の皆様に、僕がこのゲームのルールを説明してあげよう」
おどけたような身振りと共に、しかし嘲笑うような声音で。
一拍の間を置き、口を突く言葉。
であればまさにここからが、このろくでもないデスゲームの本番ということか。
「基本ルールは清隆が話した通り。決められた戦場で、最後の1人になるまで殺し合うことさ。
僕らに逆らうようなことをしない限り、
反則負けを取られることはないけど……今傍にいるお友達と、慣れ合おうなんて考えは捨てた方がいいよ?
お前達はみんな揃って、ランダムな場所からスタートとなる。
ここで一緒につるんでたって、ゲームスタートと同時に離れ離れ、ってわけ。
……さて、じゃあ次はその首輪の話」
とんとん、と。
自分の首を人差し指で、軽く叩きながらエンヴィーが言う。
否応なしに、参加者達の視線が首元へと向いた。言うまでもなく、歩もだ。
「そいつの爆発条件は4つ。
まず今言った通り、僕らに逆らおうとした場合。
それから会場の外に出た場合と、24時間誰も死ななかった場合だ。
みんな仲良く誰も殺さず、じっとやり過ごそうなんてのはお話にならないからね。
そして残る1つが、6時間ごとに増える禁止エリアに入った時。これはそれまでに死んだ奴の名前と一緒に、放送で発表される」
どうやらこのゲームのフィールドは、時間が経つごとに狭くなっていくと考えていいらしい。
確かに終盤になって人数が減ったというのに、会場だけはだだっ広いままでは、エンカウント率は激減してしまう。
「最後に、人殺しをする上で一番大事なもの……凶器に関する説明だ。参加者には1人に1つずつ、こんな感じの鞄が用意される」
言いながらエンヴィーが取り出したのは、何の変哲もないデイパックだ。
「この中には食糧や地図に参加者名簿、それからランダムに武器が入ってる。
その武器を調達するために、お前達の持ち物はぜーんぶ取り上げさせてもらったよ。
もっとも、そこのガキのは没収し忘れちゃったみたいだけどね。でもこういう不備はもうないだろうから、安心しなよ」
物言わぬアイズの遺体を指差しながら、エンヴィーが言った。
よく言う。
そいつの武器は力関係を分からせるために、わざと取り上げずにおいたんだろうに。
「もっともこの中の何人かは、そんな武器なんかに頼らなくても、自前の能力で人殺しができたりする。
でも、それじゃワンサイドゲームになってつまんないからね。
ちょちょいと身体に細工して、なるべく公平になるように弱体化させてもらったよ」
歩にとって、一番意味が分からないのはこの話だった。
能力というのは一体何だ。さっきの錬成とかいうのもそれなのか。
もっともこんなことを聞いても、この男がまともに答える保障などあるはずもない。
「……さて、説明はこんなところかな。じゃ、習うより慣れろだ。さっそく始めるとしよう」
実際、エンヴィーにはその気はないらしい。
質問があるかどうかの確認もせず、そのまま始める気満々で切り出した。
「さぁ、ゲームの始まりだ! 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、思う存分に殺し合うがいい!」
ぱちん。
指が鳴る。
その瞬間に。
(!? 何だ、これっ……!)
不意に、歩の身体が光りだした。
何とも形容しがたい色の光が、身体中を包んでいる。まるでアニメやゲームのワープのよう。
否、ようではなく、まさしくワープそのものらしい。
現に同様の状況に陥った他の人間が、次から次へと姿を消している。
ランダムに配置するとは聞いていたが、なるほどこういうことだったのか。
そして目的地へと辿り着けば、いつも通りの戦いが始まる。
一切の油断もできない、ろくでもない殺し合いの始まりだ。
しかもこうしたファンタジーじみたことが平気で起こっている以上、今まで以上の危険が待ち受けているかもしれない。
そう思いながら、周囲を見回した時。



「……!」
その目は驚愕に見開かれた。
思わず口が半開きになった。
いるはずもない男の姿を、そこに認めてしまったから。
既にこの世にいないはずの、その少年の姿を見つけてしまったから。







(……カノン・ヒルベルト……!?)







かくして物語は幕を開ける。
定められた主役はいない。メインキャストは鳴海歩1人ではない。
この神の弟に生まれた少年の話は、あくまで物語の登場人物の一例だ。
そう。
明確な主人公がいないということは、誰もが主人公であるということ。
誰もがそれぞれにそれぞれの物語を紡ぎ、それぞれの世界の主役となるということ。
巨悪に立ち向かう道か。
生き残るために殺し合う道か。
何一つ成し遂げられず命を落とす道か。
無限に枝分かれする道筋のうち、どれを通るかは彼ら次第。







「全ては運命の導くままに」







「ゲームスタート♪」







【アイズ・ラザフォード@スパイラル~推理の絆~ 死亡】




【一日目 00:00 ???】



【鳴海清隆@スパイラル~推理の絆~】
【エンヴィー@鋼の錬金術師】



【備考】
※鳴海歩@スパイラル~推理の絆~の参戦時期は、少なくともカノン死亡後です

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