燎原の火-サンプル-



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※印刷時のイメージです






一九四年夏、曹操は徐州の民十数万を虐殺した。
兗州に動揺が走り、張邈も揺れた。
曹操の親友だなどと言われているが、そんなものは周りが勝手に言っているだけだ。自分は少し目をかけられているに過ぎない、ただの部将である。
曹操は、兗州を手にするために劉岱と鮑信を殺したと言われている。どちらも青州黄巾と戦って死んだのであって、下らない噂だ。
だが、曹操の底知れなさと、異質さ。それを間近で見せられてきた張邈は、その噂が心に引っかかり続けている。
怖い。裏切ることも、出奔することも出来ない。地の果てまで追い詰められて、無残な殺され方をされるに決まっている。
だからこの時、張邈は陳留を固めて反乱に備えた。忠義を尽くす限り、自分の命は保障されると思ったからだ。
「陳宮、城の防備はどうなっている」
城壁に登り、陳宮にたずねた。兗州で一斉に蜂起が起きたという報告を受けていた。同調しないとなれば、城外は叛徒で満ち溢れるだろう。
「万全です。これなら、いつ攻められても守りきれます」
「ならば良い」
「今頃、鄄城では大騒ぎでしょう」
「流石に、鄄城が背くことはあるまい。曹操殿の根拠地であるし。なにより、あの荀彧が守っている。我々はここ、陳留を守ることに腐心すればいい」
 陳宮は地平線をまっすぐに見つめている。どこか毅然とした風であり、張邈は気圧されるような気分になった。
「張邈殿は」
「ん」
「この檄文をご覧になりましたか」
「檄文だと」
 そう言って陳宮は懐から絹を巻いたものを取り出し、張邈はそれを受け取った。鼻で笑いながら読んでいたが、最後に書かれた名を見て目を疑った。あるはずのない名。張邈。自分の名がそこにある。
 血の気が一気に引いた。膝が震え、歯がかちかちと音を立てている。
「ど、どういうことだ」
「見ての通りです。この反乱は張邈殿の名の下に起こったものなのですよ」
「陳宮。貴様、まさか」
「今。ここで私の首を取られても無駄なことです。どう言い訳しても、貴方は曹操に殺される。いや、その前に逆上した叛徒に殺されるかもしれませんな」
「…」
「貴方の生き残る道は唯一つ。殺される前に、曹操を殺すことです。お分かりでしょう」
 張邈は、崩れ落ちた。











最終更新:2009年08月07日 21:51