「あぁ・・今日もいい天気だ・・お昼はどこで食べようか」
 時刻は12時10分。街はレストランを探し歩く観光客や、昼休みのサラリーマンやOLで賑わう。
 そんな人ごみの中で一人のサラリーマンが誰にも聞こえない声で、呟いた。
 男の名は「吉良吉影」
男が住む町「杜王町」にあるチェーン店「カメユーチェーン」に勤務している。今は独身で恋人や親しい友人もなく、一日一日が植物の様に、静かに、平穏に過ぎていく。そしてそうやって過ぎてゆく時が、男にとって何にも変えがたい事であり、最高の幸福だった。

 今日もいつものように、外回りに行く前の腹拵えのため、この町で人気のパン屋「サンジェルマン」へ男は向かう。
 この時間の「サンジェルマン」は焼きたてのパン、そして人の流れが多くかなりいい立地条件のことも相俟ってかなり混み合う。
 男は人ごみが嫌いだったが持ち運び易く、なにより焼きたてで美味いパンは魅力的だった。
 (さて・・・・・・今日はどこで食べようか・・・・・・)
 男が考えながら歩いていると目当ての「サンジェルマン」の看板が見えた。

 毎度覚悟はしているのだがやはりいざこの光景を目の当たりにするとウンザリしてしまう。
 そしてその嫌悪を押し殺して、店のドアに手をかける。

そしてその「瞬間」から男の奇妙すぎる体験は始まった。

 「・・・・・・?」
 ガラスばりのドアを開け店に一歩入ると同時に、男は妙な感覚に襲われる。
 その場の空気の流れや、雰囲気、その他全てがいつも感じるそれとは違うものとなっていた。

 (気のせいか・・・)
 その考えもほんの刹那で吹き飛ぶ光景が飛び込んで来た。
 「な・・・!?」
 今その瞬間まで動いていた店の客、それも老若男女全てが「停止」していた。 (な・・・なんの冗談だ・・・・・)
 そう 「停止」
 男は近くにいた中年の男に顔を覗き込んだ。
 「こ、こいつ・・・!呼吸をしていない!?ほ、他の奴らもかッ!??」
 突如自分に降り懸かった非現実、非日常に男は平静を保つ事が出来ない。
 そしてさらなる非現実、非日常が男を襲う。

 ドズゥゥン・・・
 不意に店の外からの大きな音と衝撃を、男は感じとった。
 ただそれが一体何の音なのか?衝撃なのか?と、頭の中で思考する余裕は、今の男にはなかった。
いくら考えても今の自分の状態では答えを導きだせない。
 そう結論を出した男は弾かれるように店から飛び出した。

 「か・・・・・火事か?いや違う!!だ、だがこの火は・・・!?」
 外にはおよそこの世のものとは思えぬ光景が広がっていた。人々は店の中と同じように「停止」し、空は紅く染まりきっている。眼前には炎に包まれた町が広がった。が、さらに奇妙な事に熱さは全く感じなかった。

 この状況では男は自分の五感を疑いたくなった。  しかし疑う暇も与えられず男に次の非現実が襲いかかる。
 音と衝撃の正体が男の目の前に飛び込んで来た。  3メートルはあるだろう巨大な「人形」が三体、何かを探す様に歩き回っていた。
 本能的に見つかってはまずいと判断した男は「サンジェルマン」の裏手に回りこみ影からその様子を観察した。

 人形のデザインは一貫して子供向けの玩具のようで表情には愛くるしさが感じられたが「逆に」男にはそれがおぞましさに感じとれた。
 そしてその内の一体。短髪にTシャツに半ズボンという恐らく「人間の男の子」を象った人形が縫われた口もとを無理矢理開き話し始めた。
 「ねぇ~~~?ホントにここなのぉ~~?こぉんなに暴れてんのにぃ『あいつ』来ないよぉ~?」

 その人形の真後ろを歩く腰まで伸びている長髪にピンクのワンピースといった服装の「女の子」を象った人形が、同じく縫われた口もとを広げて返答した。
 「そーよ。ここよ。間違いわ。いくら『あいつ』だからってあれだけ傷をおってちゃあまだ満足な戦えないはずよ。どっかに隠れながら見てるかもね♪だからもっと暴れましょ。そうすりゃと今に出てくるわ。」
 見た目通りの幼女のような口調で人形は言った。
 「わかったーー。んじゃ暴れるーーー♪」

 返事と同時に男の子の人形は口を頬まで裂き火を、否、炎を吐き出しそれで人々を焼始めた。
 その光景にまたも驚愕した男だったが、驚きもピークを越え男は徐々に冷静を取り戻しつつあった。  (・・夢か・・・現か) 男は自分の手の少し伸びてきた爪を見てあることを思い付いた。
 (フフ・・・・よく漫画や映画じゃあこんな事に巻き込まれた奴は『痛み』を確認するよな・・・・・でもいざなってみると・・・・・ホントにやっちまうもんなんだな・・・)

 そして男は右手の爪で左手の甲を引っかいた。薄い皮が破れ、命の赤が滲み出てきた。
 男は爪についた血を舐めると口もとに笑みを浮かべた。           (痛いし・・・・・血も出た。夢じゃあないんだな・・・・・さてこれから一体どうするか・・・)
 完全に調子を取り戻した男はさっき人形達がいた場所へ目をやる。そしてある変化に気付く。
 (・・・・・む、一体減っている・・・どこだ?) 男の子の人形と女の子の人形。そして奥に隠れはっきりと姿は確認出来なかったが確かにもう一体いた。

 この辺りは見通しもいいから見つけられないはずもない。
 男は疑問に思った。そしてその疑問の答えは男の「背後」にあった。
 「人・・・・間?」
 不意に声。その声は男女のソプラノとテノールが乱雑に混ざり合う不快なものだった。
 (なっ!?)
 男は反射的に建物の影から飛び出した。だが男が導き出した「生物」としてのその危険回避行動は男をさらなる危険へと導いた。
 「くッ・・・」
 歩道へと出た男は自分に影がかかるのを感じた。
しまったと思った時にはもう遅かった。

 「ねぇ!ねぇ!こいつ?こいつ?」
 「馬鹿ね。ただの人間とフレイムヘイズの見分けもつかないの?」
 先ほど自分が観察していた人形達に今度は自分が見下ろされ観察されていた。 (・・・成る程、一体は身を隠しながら目当ての獲物に近づき残りはその獲物の目を引く・・・か。
 フ、狩りをする恐竜程度の知恵はある、という訳か・・・。)
 男は動こうとはせず「考えて」いた。
 そんな男に構わず、目の前の人形達は会話を続けていた。

 「でもさぁ、ただの人間のくせに動いてるよぉ。『封絶』の中なのにぃ」
 「あ!きっと宝具か何か持ってるのよ!やったわ!ラッキーよ!私達ラッキーなのよ!」
 「え?ラッキー?やったぁ!ラッキーラッキー♪」 目の前の不気味な人形劇を他所に男の思考は完全に終了していた。     男は人形達の会話にちらほらと出てくる聞き覚えのない単語の所為で、いまいち内容を理解出来なかったが別にしようともしていなかった。

ただこの人形達と自分の関係が、完全に捕食者と獲物のそれであることは感じとっていた。
(・・・つまり、こいつらも私の今日の睡眠を妨げる『トラブル』であり『敵』というわけだ・・・・・なら・・・・・)
男はうす暗い笑みを浮かべながら、ゆらりと歩き出し前の人形達との距離を縮め始めた。
男に気付いた人形達は男の方へ振り向きなおす。
「あ!ほらぁ!来たわ!やっちゃいなさい♪」
女の子の人形が男を指差し隣の人形へ告げた。
「はーーい♪わガッッ・・・ガ・・・・」

その人形の言葉は中断された。男の背後から現れた純白の腕の鋭い拳撃によって。
 男は迷いを無くしたドス黒い瞳に、同じくドス黒い光を宿し言った。
「君達を始末させてもらう」
「ガ・・・ガ・・・・」 ネコ科の動物の頭蓋骨のような、耳のある髑髏がデザインされた手甲の装着されたその右拳に、人形の口内は完全にブチ抜かれ、頬を突き破り人形の顔面はみるも無惨なものとなってしまっていた。
もう一体の女の子の人形の方は突然の事態に、男と距離を置くため後ずさりしていた。

そして今度は男が目の前の人形を指差しこう言い放った。
「君の『口』は厄介だからね、さっきの炎なんて噴かれたらたまったもんじゃあない」
「グ・・・グガ・・ガ」 人形は苦しそうに手足をばたつかせてもがいた。その姿は羽がちぎれ、飛べなくなった蛾が地を這いずる姿に似ていた。
「君には特に恨みらしい恨みもないからすぐ楽にしてやるよ」
男は感情を込めず言い放つと人形の口内を貫いていた腕が引き抜かれた。そして同時に男の背後からもう片方の腕が現れ人形の首目掛けて手刀を放った。

 バギャァァッッ
 大型車でも潰れたような、鈍い音ともに人形の首が根本から分断され地面に転がった。
 「カ・・・ク」
 転がった首は蚊のなくようなか細い断末魔を放ったが男には聞こえなかった。 そして頭を失った胴体はほぼ無傷のまま、よろけて建物にテディベアのようによしかかって動かなくなった。それを確認すると男は振り向き、もう一体いた女の子の人形に目をやった。

 人形は声にならない奇声をあげながら男へと向かってきた。
(フ~~・・・初めの奴よりは少しは頭が回るかなと思っていたが、本当に「少し」だけだったな・・・) 男も露骨に呆れたような表情を浮かべながらがら人形の方へと歩みよる。
「ギィャャャャア!!!」 最早その表情にも、声にも先ほどの面影のカケラもない。完全にモンスターのそれだった。そしてその巨大な拳を男目掛け乱暴に振り下ろした。

 「しばッ!」
 バキャァァ
 かけ声とともに先ほどの白い拳が、男のほんの鼻先まで来ていた巨大な拳を、アッパーカットで手首の部分を刺し貫いてとめた。
 「ギ・・・」
 人形の動きが止まる。男はすかさず人形の手首に撃ち込んでいた腕を引き抜き一気に間合いを詰めた。
(今、楽にしてやるよ) 先ほどと同じ要領で人形の顎下にアッパーカットを白い腕が繰り出した。だが今動いた男の運動エネルギーも上乗せされたそれは明らかに先ほどのものより強力だった。

グゥァシャァッ
そしてその凶拳が人形の顎下をブチ破り人形の顔面をひしゃげさせた。
やがて動かなくなった人形を一瞥すると男は残りの標的を探し始めた。さっきとは完全にその関係性が逆転している事は男も、残りの人形も肌で感じとっていた。
(・・・もう一体いたはずだ。私の背後へと回りこんでいた奴。姿はよく見えなかったが・・・さっきチラッと見た限りでは今の人形どもと同じ位のサイズだった筈・・・・)
男はさっき自分が不意をつかれた建物の陰を注意しながら覗いた。

 (・・・いない?)
そこに人形の姿は見受けられなかった。男はまた人形を見失った。
(・・・・・・・・!!しまった!そこか!) 男は答えを出すと同時に右足を強く踏み込み後ろへ飛んでいた。そしてその瞬間、今男がいた場所に人形が轟音とともに着地してきた。
ゴゴォォン
(くっ・・・やはりこいつがこのなかじゃ一番マシのようだな・・・・・)
どこに隠していたのかその人形の手に男の背丈ほど斧が握られていた。
男が建物の上部を確認すると深い傷跡が見えた。恐らくこの手に持っていた斧を突き刺して隠れていたのだろう。

改めて見るとその人形の風貌は異様なものだった。 そのほぼ四等身の身体には不釣り合いなほど大人びた濃紺のタキシード。そして最も異様に感じたのは人形の「顔」だった。
 ちょうど半分で区切られていて、右が男性、左腕が女性という魔物の形相であった。
人形が間接部分をギギという音をたてながら斧を持っている左腕を振り上げようとした。
(鈍い!亀のようだ!) すかさず先ほどと同じ要領で男は距離を詰め、そして二つの白い拳が人形目掛け打ち放たれる。

ガガァン
鈍い金属音がその場に響いた。
 「!!」
 人形の身体はへこみ傷すらつかなかった。男はそのまま走り抜け、少し進み人形に背を向ける形で停止した。
「硬い・・・な」
 男の双拳に血が滲んでいた。
(動きは鈍いがさっきの奴らとはレベルが違うようだ・・・・・・・・が、もう関係ないか・・・・・) 男は人形に背を向けたまま歩き始めた。
「・・・・・?」
その行動は人形は一瞬戸惑った。

 逃げている『つもり』なのだろうか。ならば何故もっと急がない?
 だが人形はすぐ考えるのをやめた。何をこの人間が考えていようと、自分が少しじゃれてやればこいつはすぐに死ぬのだから。そう結論を出した。
人形は男が何秒かかけて歩いた距離を一歩で近付いて、手に持った斧の頭上高く振り上げた。
男は自分が影に覆われた事を感じたが、何事もないように歩き続ける。
そう、男にとっては「もう」それは何事でもなかった。

「・・・死ね」
人形は一気に斧を振り降ろした。斧は周囲の風を巻き込み、 ゴオっと音をたてながら断頭台のように男に迫った。
ボグォォォォン
その瞬間、轟音をとともに人形の体が大きくひび割れ、まるでマグマでも噴き出す火山のように内側から「爆発」し跡形も無く消し飛んだ。 斧は男のほんの数十センチ横から落ちて来て、コンクリートの地面をえぐり突き刺さった。
その斧にも目くれず男はさっきいた表参道を目指し歩き続けていた。この手の傷、人に聞かれたらなんて言えばいいかなぁとか男は考えていた。

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最終更新:2007年07月07日 17:05