ブッこわし賛歌 ◆Ok1sMSayUQ
「――つまり、ここは死後の世界なの」
改めて説明された仲村ゆりの語る『世界』に、朝霧麻亜子は夢見心地というか、夢の中にいるような気分にさせられる。
大山、というゆりの仲間を『一時的に』殺してから、一時間と少し。
互いの理解を深めよう……というよりは、ゆりが理解させてやろうとでもいうように一方的にまくしたてているのに近い状況だった。
「あたし達は死んで、次の場所……生まれ変わるまでの猶予を与えられている状態なのよ」
「するってとなにか? ここは天国なの? ユートピアなの? 理想郷なの? アヴァロンなの? ばかなの? しぬの?」
「まあそうでしょうね」
わざと嫌味ったらしく言ってみた麻亜子の言葉も風と受け流し、ゆりは硬い表情のまま続ける。
「生前できなかったことも、死後の世界では好きなだけできる。楽しめなかった青春を謳歌することができる。
怪我もなければ病気もない世界で、部活も勉強も、恋愛だって自由。
それどころか、お金とかも勝手に支給されるから実質使いたい放題。まさに夢の世界」
言葉とは裏腹に、ゆりには暗い憎悪の色が見えた。
さしもの麻亜子も少しだけ怖気を覚えた。
こんなにも人を殺しそうな色を見たことがなかったからだ。
生半可な経験などでは生まれない、真実の感情。
自分のような、至って普通の学生としての生活を送ってきた人間には到底辿り着けない、
例えるなら、海の底にへばりつく泥のような粘着質なものがあった。
「けど、それは普通に暮らしていればの話。あたしは違う」
吐き捨てる声だった。
底堅い瞳で虚空を見据えるゆりは、人間だった。
「あたしは奪われ、見捨てられ、ここにやってきた」
「悔いのないように過ごせ? だったらどうして生きてるときに与えてくれなかったの?」
「好き勝手奪っておいて、死んだら死んだで勝手に与える側に回る」
「そんなのを納得して、受け入れて、満足しろって?」
「――あたしは、そんなの絶対に認めない」
だからここにいる。神に復讐するために、ここにいる。
麻亜子の方を向き、そう伝えたゆりには、手前勝手に自分の人生を弄んだ神に対する純然たる怒りがあった。
気の触れた人間ではないな、と麻亜子は納得した。
自分達と同じように、当たり前の感情を持つ、当たり前の人間だった。
「その管理者が目の前に現れた。それまで姿も現さなかったのに、何を企んでいるかは分からないけど……いや、検討はついてるわ」
「殺し合いの目的?」
「ええ。これはさしずめ……選定、ってところでしょうね」
選定、という言葉に、麻亜子は不意に反発心めいたものを感じていた。
選ばれている。どこの誰とも知れない輩に。
そう考えると、最後の一人になったところで、より弄ばれる運命が待ち構えているのではないかという想像があった。
「何か神の方で不都合でもあったんでしょう。早急に人材が必要になったのよ。自分の手駒が」
「……どゆこと?」
「システムには管理する者が必要。そしてそれには相応の人材でなければならない。もう分かるわよね」
「いや分からんがな」
「頭悪いわねえ。あんたも典型的な脳筋なの?」
「てめぇの説明が悪いんだドアホー!」
「はぁ、どうしてあたしの仲間はこう理解度が低いのかしら……困るわね」
「おいこら話聞けよ」
「まあいいわ。あなたのために丁寧に説明するからよく聞きなさい」
なんて高慢ちきな女だ、と麻亜子は思った。
神に反抗するためのメンバーのリーダーだというが、威厳と傲岸不遜を履き違えてないだろうか。
もっとも、そういう麻亜子自身も人の話はあまり聞かない性質であったので口に出すことはしなかった。
ゆりと話してみてようやく自覚できたのが悲しい話だったが。
「要するに、今までの神側じゃ立ち行かなくなってきたのよ」
「はぁ、でもゆりっぺの世界って何はともあれ正常に回ってたんでしょ?」
「話は最後まで聞きなさい」
それはお前もだ、と言い返したくなった麻亜子だったが、いかんせん向こうの知識は欠けている。
いつ死んだのか、そもそも死んだ記憶すらないのだが、死んだ人間にはこういうのが大半らしいと聞いては反論もできない。
全部嘘っぱちだと否定できる材料もなければ、当たり前のように死んでみせた大山の存在もあったからだ。
それに……無闇に否定を重ねれば、この女は何の躊躇もなく仲間にならない自分を切り捨てるだろうという確信があった。
仲間に対してはそれなりに寛容ではあるが、一旦敵と認めるや容赦はしない。
そのうえで、味方であろうがこき下ろす一面すら持っている。
麻亜子はまだ、大山のようになりきれる覚悟はなかった。
「世界はあたし達のところひとつだけじゃない。他にもあると考えていい」
「……死後の世界はいくつもあるってこと?」
「そういうこと。それで、無数にある世界のうち、新たに管理者を選ぶ必要が出てきた。
ただしそれには神に従順なものでなければならない。命令とあれば、120人もの人間を即座に殺してみせるくらいの人間をね」
背筋の寒くなるような話だった。
生き残った人間は、神の手駒として扱われ、操り人形としての立場を余儀なくされる。
そこに自由はなく、安寧もなく、ただ神の仕事をこなすだけの人間として……
「じゃ、あたしはそれに加担しようとしてたのか……」
同時、自分の愚かさ、考えのなさに失望していた。
生き残ったひとがその後どんな扱いを受けるかなど考えもせず、ただ生きていればいいとさえ判じて。
そんなものは、ただ自分を慰めるためだけの行動だった。自己満足の塊でしかなかった。
何が大切な友達だ。一方的に思いを押し付けるばかりで、その実思いやってさえいない。
自分がバカだバカだとは前々から思っていたが、ここまで思考放棄していると呆れるしかなかった。
「ま、知らなかったんだから仕方ないわ。忘れなさい」
その代償として大山が死んだのであるが、ゆりは一向に気にする様子はなかった。
さも当然、こうなることは想定済みだと言わんばかりの顔に、麻亜子は複雑な気分だった。
ゆりの過ごしている場所はそういう世界なのだと半分は理解できたが、半分は納得したくなかった。
生き返るらしいとはいえ、痛いし苦しいのだ。それを平然と受け流せる神経が分からない。
あたしだって……
友達への気持ち、友達のためと己を誤魔化し、正義を作らなければ、こんなことはできなかった。
罪悪感を道化の言葉で塗り固め、喜劇と受け流さなければ、人は殺せない。
いや、人を殺すにはそうするか、狂うしかないのだ。
だとするなら、やはり、この女も狂っている。
それは生理的な嫌悪感の形となり、一つの塊となって麻亜子の腹に落ちた。
これから先、一時的にしろ殺すかもしれなくても、せめて手にかけるという実感は持つようにしよう。
何も感じず、目的を先行させるだけの無神経さは持ちたくなかった。
「なによ」
いつの間にか睨んでしまっていたらしい。眉をひそめたゆりに「別に」と麻亜子は視線を逸らした。
嫌ってはいるが、今は仲間だ。それに神に対抗する手がかりも持っているようではあるし、何より行動力がある。
多少の個人的な感情には目をつぶろうと決めて、「それよりさ」と話を変えた。
「どこ行くのさね? 言っとくけど生半可なデートじゃオレ様満足しないぞっ」
「決まってるでしょ、飛び道具の調達よ」
「……できるの?」
飛び道具、と言われるとボウガンや拳銃のようなものが思い浮かぶが、そんなものが都合よく落ちているとは思えない。
だがゆりは小馬鹿にしたような口調で「できるわよ」と言ってのけた。
一体この自信はどこから生まれてくるのか。ハッタリには定評のある麻亜子だったが、
ハッタリが通用するのは『もしかしたら』という可能性あってのものだ。
ここにはそんな可能性すらないように思えるのだが……
「ギルドに似たようなところがあるはずよ」
「は? ネトゲ?」
「あんた大丈夫?」
無性に殴りかかりたい衝動に駆られた。
どうしてこの女は一々すっ飛ばした言動しかしないのか。
そりゃあ言葉から連想できるような意味なのかもしれないけど……
一応内心で言ってみるが、確証がないものを口に出す気にはなれなかった。
仕方なく「どーせあたしは頭悪いですよ説明くださいコンチクショウ社長を呼べ特急で!」と可能な限りの鬱憤を詰め込んで言ってみた。
ゆりはというと、こめかみに指を当て、これまたいつも通りの溜息を交え、それでも説明してくれた。
「武器を精製できる場所があるのよ。あたし達の世界でもあったんだけど」
「はあ」
「何よ、真面目に聞きなさいよ」
言いたいことは分かる。
が、こんなゲームまがいの話をいきなりされると頭がついてゆけないのもまた事実だった。
「恐らく、ここにもギルドがあるはず。だって人数は120人。弾薬は消費されるもの。補給できると考えたほうが自然でしょ?」
「……どこかにギルドってのがあって、そこで精製補給できるってことでおーけー?」
「よろしい」
現実的かどうかはもう気にしないことにした。
どうにも調子が狂ってしまう。異文化コミュニケーションしている気分だった。
ああ、たかりゃんさーりゃん助けてくれたまへ。
「多分条件つきではあると思うけどね。無限に補給できたらそれこそ殺し合いが成り立たなくなるもの」
「……まーね。無条件なら補給ポイントにいれば事実上弾が無限なわけだし」
「だから、ある程度殺し合いをこなしてないと補給は無理だと思うわ。でもあたし達ならいけるはず」
「なんでよ」
「だって、大山君殺してるもの」
「……だから?」
「察しが悪いわねぇ。補給を受けるには、殺し合いに乗ってることが必要だと推測できる。それを証明するには、殺すのが一番でしょ?」
いつギルドがあるのが確定的になって、どうしてゆりの考えは正しいことになっているのかは問わない方がいいのだろう。
どだい、否定したところで意味がない。無知はこの世界では罪なのである。
情報は重要なものなのだと、麻亜子はこのとき初めて学んだのだった。
「ま、大山君には悪いけど、彼のお陰であたし達は戦力増強できるんだから犠牲は無意味なものじゃないわね」
全然そうは思っていなさそうな口調だった。
ただ、確かに長期戦になると弾薬は足りなくなる。そうなったときどうするかという問題に対してのひとつの答えではある。
あまりにゲーム的な考え方だったので頭が拒否してはいたが。
「で、そのギルドっつーのはどこにあるんでござんすか」
「さしあたって、ここが怪しいわね」
ゆりが地図を取り出し、とある一点を指す。
廃坑、と銘打たれた場所。
麻亜子の頭は、ギルドって工房なんだから街中にあるものでは、と言っていたが、もうどうでもよかった。
もう疲れたよパトラッシュな気分だったのだ。ゆりと会話するのは、果てしなく体力を消費することだった。
「一応聞くよ。理由は」
「あたし達のギルドも地下の奥深くにあったの」
なるほど。廃坑はダンジョンというわけか。
その瞬間、何か嫌な予感がしたので口を開こうとしたが、先にゆりが言ってしまっていた。
「まあたくさんのトラップがあるんだけどね」
「おい待てコラ」
冗談ではなかった。予想通り過ぎた。
つまりあれか。あたしらはトラップで殺される危険を冒して武器奪取しにいくのか。
アホか。間抜けか。伝説の勇者か。
「なによ」
「あのさ、だったら武器持ってる仲間揃えたほうが早いんじゃ」
なんでこんな建設的意見を出す羽目になるのか。
普段ならこういうのはたかりゃんの役目だろとボヤきつつ言ってみる。
却下されるんだろうなあという予感を持ちつつの言葉だったが、案外ゆりは素直な反応だった。
「……それも一理あるわね」
なんでそれに気付かないのか。
そう続けたくなったが、ケンカするつもりも気力もなかった。
根本がぶっ飛び過ぎていて、いつものペースにならないのだ。
ほとほと己の不運を嘆くしかない一方、ゆりのお陰で友達を真に思いやることに気付けたのだから、
複雑を通り越して匙を投げたくなる気分だった。
「よし、予定変更よ。まずは街に出るわ。SSSの皆もあたしを探してるだろうし、まずは雁首そろえるわよ」
「あーい……」
ふと、このゆりの仲間が揃ったら発狂してしまうくらい異常な空間が形成されてしまうのではないかという危惧が浮かんだが、
逃げる術はなかった。頼もしい仲間は、厄介な仲間でもあった。
【時間:1日目午後2時30分ごろ】
【場所:F-2】
仲村ゆり
【持ち物:岸田さんの長剣、水・食料一日分】
【状況:SSSメンバーを探しに街へ。健康】
朝霧麻亜子
【持ち物:オボロの刀、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年09月03日 11:09