今だから言える衝撃的な話を書いてしまおう。
実はこのソフト(編者注:ウィザードリィ外伝II)、超低予算作品であった。
担当ディレクター氏(編者注:徳永剛氏)にとって初めての開発作品だったということもある。
プログラムは『外伝I』でほぼ完成されていたので、極端な話シナリオと新しいモンスターグラフィックがあればできてしまう。
とにかくリスクを少なめに、という形で動いた企画であったらしい。
最初の打ち合わせで、ディレクター氏は俺(編者注:ベニー松山氏)にこう切り出した。
「シナリオ(ストーリー原案を含むメッセージすべてアイテムとモンスターの数値設定、ダンジョンの構造デザイン) を時給800円でやって下さい」
そんな条件でやる人間がいるなら俺のほうが紹介して欲しいと思ったので、この時俺はその場で依頼を断って帰った。
さすがに翌日、慌ててもう少し常識的な話(とはいえ、1本あたりの印税額は文庫1冊あたりの1/3以下と言えばその低予算ぶりが判るだろう) で再度依頼がきた(笑)。
正直、趣味レベルの報酬だったが、俺は『ウィザードリィ』から文章表現の機会をもらった人間(編者注:小説ウィザードリィ「隣合わせの灰と青春」のこと)である。
どこかで恩返しがしたい――そう思っていたのでこれを受けた。
しかしながら、そこからが苦難の始まりだった。
何せこの時期の、『ポケモン』が登場する以前のゲームボーイ市場は、決して緩やかとは言えない勢いで冷え込みつつあった。
ゆえにこのソフトも『外伝I』の半分しか売れないだろうという予測をもとに予算が逆算され、仕様の決定時からディレクター氏との死闘が待ち受けていた。
まず、モンスターデザインの池上明子氏に発注するグラフィック数を、ギャラ削減のためにできる限り前作を流用する形で切り詰めろという方針が示された。
ここでしばらく渾身の綱引きを行なったのだが(もちろんすべて新作が当たり前だと俺は思っていた)、
最後には「それなら不確定グラフィックをなしにする」という驚天動地の提案が飛び出し、俺は仕方なく冒険者タイプや定番モンスターの流用を呑むことになった。
比較的好評だった巨人や竜の同グラフィックのゾンビバージョンは、じつはこうしたグラフィック不足を何とか補おうとした苦肉の策であった。
この節減はダンジョンのグラフィックにも及ぶ。
最下層も他の階層の流用ということになり、それならばいっそ強制線画にしてくれと頼んだ。これも怪我の功名で、あの異常空間の雰囲気が出ていると少なくない方の評価を頂戴したが、当人としては無念とするほかはない。
ダンジョン構造にしても、『狂王の試練場』へのオマージュとしてデザインしたため表迷宮10層は外せないところで、ならば裏に相当する部分は5、6層欲しかったのだが、
「カートリッジの容量は絶対に2メガまで。言っておきますがこの作品のあとゲームボーイのソフト作る予定ないですから、テコ入れなんてしません」とのことで、階層の総数は前作と同じ12となってしまった。
襲いくる低予算の波状攻撃――ならば俺的には、コストがこれ以上かからないところで何とかするしかない。
つまりは、絵の要らないアイテムと数値上のモンスターの徹底した調整によるゲームの質の向上である。
武器の攻撃値やステータスボーナス、モンスターのHP上限下限と期待値など、とにかくバランスに関しては誰にも触らせなかった。
ひたすらテストROMでプレイを繰り返して、自分が責任を負う部分として徹底的に調整した。
ディレクター氏から「最下層のバランスはひどい。敵が強すぎてゲームになっていない。変えてくれ」と要請がきたが、
俺としてはユーザーの最後の遊び場としてまだぬるいかも知れぬと思っていた。結論として、コツを掴んだツワモノには少々難易度が足りなかったかと反省している。
『ウィズ』フリークってスゴイ(笑)。
こうして完成し、俺の手を離れた『外伝II』は、蓋を開けてみれば『外伝I』とほぼ同数が売れてくれた。
『ウィズ』への恩返しができたと実感できたのはこの時だった。
そして俺のところには、ディレクター氏からたった3本のカートリッジが送りつけられ、添えられた手紙には「高橋さん(編者注:高橋政輝氏。ベニー氏の友人であり、モンスターデザインのラフを手伝ってくれた)と分けて下さい」とあった。
池上さんも「前作では10本もらえたのに」と憤慨していたが、そもそも3では割り切れない(笑)。
こんなところまでとことん経費を切り詰めるんだなあこの人はと、怒るよりも先に笑ってしまった。
この話を聞いた須田PIN氏(編者注:当時のアスキー広報。ウィズ担当が多い)が5本追加で送ってくれたのは本当にありがたかった。
超低予算で仕上げ、発売本数は予想の倍となれば、利益はすごいことになる。
のちに聞いた話で判ったのだが、ディレクター氏は当初自分でシナリオを書くつもりだったものの、それでは企画が通らなかったという。
しかしこののち、実績を得た彼は好きなようにやれるようになったようで……。
アスキーがソフト開発から撤退し、『ウィザードリィ外伝』シリーズが潰えてしまった現状を思うに、俺がしたことは“恩返し”だったのかどうか判らなくなる。
カートリッジの中に構築されたデータだけが、10年も前の熱を今に伝える幽かな手がかりだ。
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