用語集/メーカー(消滅)/あ~わ行・海外

かつてアーケードまたはコンシューマーゲーム事業に関わっていたが、現在は事業を停止しているゲームメーカー(国内・海外とも) について解説する一覧。

  • このページでは、倒産(解散)、吸収合併、ゲーム業界からの事業撤退など、かつて存在したが現存しないゲームメーカーを扱っています。
  • 現存するゲームメーカーについては用語集/メーカー/1をご覧下さい。
  • 注意事項は用語集を参照。


国内メーカー(あ~わ行)


株式会社アスキー/株式会社メディアリーヴス(事業撤退)

コンピュータおよびゲーム関連が中心の出版社。ゲームソフトも数多くリリースした。『ダービースタリオン』『RPGツクール』『Wizardry』(日本語ローカライズ版)などが代表作。
1990年代後半にかけて業績が悪化。複数の企業の出資によって企業再建を果たすが、後はソフトウェア事業をエンターブレインに移動して出版のみに専念する。
同時期に「週刊ファミ通」などのエンターテインメント関連出版も同社に移動しており、その後は社名をメディアリーヴスに変更、2010年にエンターブレインに吸収合併された。

余談だが、2008年4月のアスキー・メディアワークス設立の際、旧メディアワークスに吸収合併されたアスキーは、メディアリーヴスの子会社だったアストロアーツが社名変更した新社である。
2013年10月より、株式会社KADOKAWAに吸収合併。エンターブレイン、アスキー・メディアワークスは社内カンパニーとして存続している。

株式会社アスミック/株式会社アスミック・エース エンタテインメント(事業撤退)

映画の配給や映像ソフトウェアの販売で知られる企業だが、かつてはゲームソフトの開発・販売も行っていた。
1985年、講談社・アスク・住友商事の共同出資により、株式会社アスミックとして創立。数多くのゲームソフトをリリースする。
1998年、エース・ピクチャーズと合併して株式会社アスミック・エース エンタテインメントとなる。
2004年、大株主である角川書店との提携により、アメリカの映画会社ドリームワークスの作品の日本における配給・宣伝を担当することになる。この頃から映画関連の業務が主になっていき、ゲーム業界から徐々にフェードアウトしていく。
2012年、KADOKAWAグループの傘下から離れジュピターテレコムに売却される。同年ジュピターエンタテインメントのビデオオンデマンド業務を統合して、社名をアスミック・エース株式会社とする。

株式会社アドバンスコミュニケーション(消息不明)

ここ最近名の上がるようになっていたメーカー。別名アドバンスコミュニケーションカンパニー(ACC)。
古くは『彷魔が刻』のオープニングにクレジットされていたのだが、ゲームがゲームだけにあまり知名度には貢献しなかったようだ。
ちなみに後発の海外版は日本での評判が悪かったためかクレジットが消えている。

主な下請け元はトンキンハウス、東宝、ビクター音楽産業、バンダイ、タカラなど。
各タイトルやスタッフロールから察するにソロモンの鍵などで有名な蓮谷道治氏、イラストレーターのはけたれいこ氏などが在籍していたと思われる。ファミコンタイトルのサウンドにその独特な音色が色濃く残っている。
しかしここが手がけたゲームは『彷魔が刻』しかり『ちびまる子ちゃん おこづかい大作戦!』しかり、やたらバランスやテンポの悪い苦行ゲーと化しているものが多い。
SFCでのRPGゲーに至っては某レビューサイトの9栄神に2本も入り込んでいる。かのパペパプーもここ。
…かと思いきやFC版イースシリーズも手掛けていたりする。なぜタイトルによってここまで差が出るのか謎である。

その知名度からネット上に情報がほとんどなく、BCNの数十年前のPCニュースの一記事にちっちゃく名前が載っているだけや、ここ(GDRI)くらいしか情報がない。
必然的に消息も不明だが、SFCの『超ゴジラ』と『サンサーラナーガ2』を最後に情報が途絶えている&全く同名かつ別の株式会社が1997年に設立されているところをみるとその前後に解散していると思われる。
一部スタッフはその後コナミに移ったようだ。

株式会社アトラス(初代)(合併消滅)

家庭用では『女神転生』シリーズや『世界樹の迷宮』、アーケードで『豪血寺一族』シリーズや『怒首領蜂』(開発・ケイブ)など多くの作品を世に送り出した会社。
90年代はセガと共同開発したプリクラ(プリント倶楽部)で大成功し、会社のマスコットキャラクターにもなっているジャックフロストはプリクラのシンボルとして親しまれていた。

アトラスの制作するゲームは『女神異聞録ペルソナ』や『真・女神転生』のように「マニア向けで硬派で高難度」なイメージを持たれることが多いが、『ソウルハッカーズ』や『ペルソナ4』のように比較的ライトな雰囲気の作品も少なくない(あくまでも「アトラスとしては」というレベルであり、難易度はライトとは言いがたい物がさらに多い)。
中でも女神転生シリーズは全体的におどろおどろしいムードを漂わせており、世界のあらゆる宗教、神話、童話、都市伝説のキャラクターを「悪魔」とひっくるめ、無節操な程にRPGにおけるモンスター区分として扱っている。ある程度神話中での地位は尊重しているものの、一方では映画『遊星からの物体X』の怪物のオマージュやがしゃどくろなど近年作られた創作妖怪をも含んでおり(ある意味宗教にこだわりの薄い日本ならではの)混沌とした世界観を完成させている。『女神転生II』ではユダヤ教の唯一神YHVHをラスボスに据えてしまった事など、いわくつきの逸話も有名。
尚、海外向けに発売する際は日本よりも規制が厳しい場合が多いこともあり、ナチスドイツを連想させる卍マークやイスラム教のシンボルに使われる三日月と星は、新たに漢字をデザインしたマークに差し替えられる事になる。

2010年10月1日をもってインデックス・ホールディングス(後にインデックスに社名変更)に吸収合併されたが、2013年6月27日に民事再生手続を申請。
その後、インデックスもろとも元パートナーのセガに買収され、2014年4月1日に会社分割により企業として独立。再び「株式会社アトラス」の商号を名乗る。

株式会社アルケミスト(倒産)

1991年に札幌市豊平区にてゲームショップとして創業。その時点での社名はベイ・クリスタル株式会社。
北海道各地や東北地方の一部でショップを展開しており、マンボウをイメージキャラクターにしたTVCMも放送されるほどであったが、後に撤退。
2000年、株式会社アルケミストに社名変更。
2002年の『君が望む永遠』ドリームキャスト版から、ゲームソフトの移植と販売業務を手掛ける。
以降「なく頃にシリーズ」をはじめ数多くのPCゲームを家庭用ゲーム機に移植。オリジナルの代表作としては『ぎゃる☆がん』シリーズがある。
各種キャラクターグッズの製造・販売、および自社オリジナルキャラクター『びんちょうタン』のメディア展開やグッズ販売にも注力していた。
2016年4月1日、札幌地方裁判所に自己破産を申し立てる。倒産理由は資金繰りの悪化。
アルケミストが開発、加賀クリエイトが販売を担うソフトが多かったが、その加賀クリエイトも同年1月に会社解散しており、後を追うような形となってしまった。

アルュメ株式会社(倒産)

1978年設立。どう発音すべきか悩む社名(「あるゆめ」「ありゅめ」と読む人が多かったとか。アルファベットでは「ALLUMER」)で有名だったメーカー。
オリジナリティの高いゲームも作っていたが、『R-TYPE』風の『レゾン』、『イメージファイト』風の『ウォーオブエアロ』、モビルスーツ達がどこかの人気格闘ゲームで見た技を出す『機動戦士ガンダム』『同EX REVUE』といった「半端な二番煎じにするよりいっそ徹底的に模倣を」というコンセプトのもとに作られた訴えられたら負けそうな作品で知られる。
1997年頃まではそれなりの売り上げを計上していたが、その後はヒット作に恵まれず、1999年事業を停止したのち、2015年東京地方裁判所から破産開始決定。

イマジニア株式会社(事業撤退)

1998年に子会社のロケットカンパニーを設立。ゲームソフト開発業務を同社へ移管し、イマジニアは携帯電話などのコンテンツビジネスを主業務としている。

株式会社イメージエポック(倒産)

東京都港区に本社を置いていたソフトメーカー。創業は2004年と比較的若い会社。2010年にパブリッシャー化。
オーソドックスなRPGを多くリリースしており、シリーズものでは『ルミナスアーク』や『セブンスドラゴン』を手掛けている。

核地雷級のクソゲーで2012KOTYに次点入りした『時と永遠~トキトワ~』や、御影社長を初めとする社員の香ばしい発言によりクソゲーメーカーのイメージが強かったが、
実際はそれ以外では目立ったクソゲーは出しておらず、評価が低めのゲームもそこまで酷い出来ではなく割と普通に遊べるものが殆どで、『アークライズファンタジア』や『クリミナルガールズ』等の良作もちゃんと作っている。
それだけ『時と永遠』の出来と社員の発言が与える悪印象は強烈だったといえよう。

「JRPG」という自社ブランドを掲げ、RPGに強い制作意欲を見せていはいたものの、『最後の約束の物語』『ブラック★ロックシューター THE GAME』等、癖が強くJRPGの負の側面を強調するような作品が多いのが実情で、JRPGの魅力を再認識させると言う目的を果たせているとは言い難いものだった。
晩年はエロゲー界の老舗アリスソフトから許可を得て、まさかの3DS移植となった『闘神都市』が事前予想に反し好評だったもの、
そのために「原作・監修有なら佳作を作れなくもないが、0から作るのは不得意」という印象まで持たれていた。

近年では前にもましてユーザーを小ばかにするような言動や、無茶ともいえる開発費の使い方など会社の経営的に問題があると言える行動が目立っていた上、
そこに『時と永遠』の大失敗が決定打となり会社の経営は大幅に悪化したようで、「開発費数億円の巨大プロジェクトが途中消滅」「新作を出すたびに人が辞めていく」など悪い情報が各地で報道されるようになった。
そして、2015年になってからPSNでの作品購入が出来なくなり、3月にはとうとう本社ビルや全ての公式サイトが消滅。
新作の宣伝の件でアイデアファクトリー社長が御影氏自身に直接連絡を取ろうとしたところ、御影社長との連絡も取れなくなっていることが判明 *1 。同年5月中旬には破産手続きを開始したことが明らかになり倒産が確定した。ゲーム開発費の負担、売り上げ低下によってそれを回収できなかったことが原因となったようだ。負債額は本社が11億円、関連会社のスマイルオンラインゲームが300万円の計11億300万円。
倒産後、創立10周年記念作であり事実上の遺作となった『STELLA GLOW』がセガから発売された(マスターアップは前年のうちに完了していた)。こちらはパブリッシングのオリジナルタイトルとしては初めてと言って良いほどの高評価を得ており、イメージエポックの底力を見せつけていたのだが、時既に遅し。何ともやるせない結果になってしまった。

『セブンスドラゴン』シリーズはセガゲームスに引き継がれ、今後の新作はそちらで開発される。他には『クリミナルガールズ』や『ルミナスアーク』の新作も開発元を変えて発表されている。

株式会社エーディーケイ(ADK)/アルファ電子株式会社(倒産)

アルファベット表記の「ADK」として知られるメーカー。旧社名はアルファ電子、およびアルファ電子工業。
アーケードゲームメーカーとしては老舗であり、ゲーム黎明期に『ジャンピューター』を大ヒットさせたことにより業界に本格参入。自社販売ゲームのほか、セガから発売されたゲームも多い。
1990年にはMVSの原型となるハードウェアを開発してSNKに持ち込み、ハードおよびソフトの共同開発を行う契約を締結。ADKはネオジオにおけるセカンドパーティーとなり、有力ソフトメーカーとして活躍を繰り広げる小音になる。この時期の代表作は『ワールドヒーローズ』シリーズなど。

だがSNKとの契約に背き他社ハードウェア向けのソフトを開発したことが原因で関係が悪化し、ネオジオから撤退することになる。
これが原因となったのか業績不振に陥り2003年に倒産。ソフトウェアの知的財産権はSNK(後のSNKプレイモア)に引き継がれた。

株式会社SNK/新日本企画(倒産)

「SNK」として有名な会社だが、当時の商号登録規則の関係で正式社名は「エス・エヌ・ケイ」とカタカナ表記にしていた(1999年にSNKに変更)。旧社名「新日本企画」。
いわゆる「インベーダーハウス」と呼ばれる、ビデオゲーム専門のゲームセンターという業態を確立した会社として知られており、1980年頃からアーケードビデオゲーム事業に進出し、『ASO』『怒シリーズ』『アテナ』など、一風変わった操作性とハッタリの効いた独自の作風で知られるようになる。
1990年にアルファ電子(後のADK)の協力を得て業務用ビデオゲーム基板「Multi Video System(MVS)」及び、MVSと完全同一規格の家庭用ゲームハード「NEO GEO(ネオジオ)」を発売。
格闘ゲームブームの波に乗って次々にヒット作を世に送り出し、ゲームセンターからの圧倒的な支持を背景に業界屈指の大メーカーへと急成長を遂げた。
代表作の多くは対戦格闘ゲームで、カプコンと並ぶ二大格ゲーメーカーと呼ばれる。
一時期は、地下鉄御堂筋線江坂駅(大阪府吹田市)周辺を半ば企業城下町と化すほどの勢いがあり、その独特の雰囲気はつとに有名であった。

斬新なアイデアと魅力的なキャラクター・演出を売りとするノリの良い社風。多くの名曲を生み出したサウンドチーム「SNK新世界楽曲雑技団」や人気イラストレーターの森気楼などを擁した。
一方でゲーム内容の作りがやや甘く、バランス面に問題がある作品も多い。とは言え当時の格ゲー(対戦面)で問題視された「待ち」「鳥カゴ」などに回答をもたらすシステムも意欲的に搭載している(例:飛び道具に射程距離のある『餓狼伝説(1)』、しゃがみ移動(=下溜め維持)のできる&ライン移動で飛び道具を容易に抜けられる『餓狼2』、気力ゲージ制で必殺技を多用できない&飛び道具を通常打撃で相殺できる『龍虎の拳』シリーズ)。
また「相手がダウンした際、こちらがやる事が無い」事態に対しても、挑発やダッシュ(及びバックダッシュ)に付与価値を設けることで対応している。

その後は「ハイパーネオジオ64」「ネオジオポケット(カラー)」といった新規ハードの不発、アミューズメント事業で失敗を繰り返して多額の負債を抱え、アーケード市場の縮小も手伝って90年代終盤に失速。
パチスロメーカー・アルゼ(現:ユニバーサル・エンターテインメント)の子会社となるが経営は好転せず、2001年10月に倒産した。
現在はSNKプレイモアがSNKの知的財産権を継承している。プレイモアは末期に作られたSNKのパチスロ用子会社であり、旧SNKの社員の一部などと言った血脈はそちらに存続している。
ただし、餓狼シリーズや龍虎シリーズを製作していた旧「SNK開発一部」の主要メンバーは会社末期に独立し、現在の株式会社ディンプスとなってゲーム開発を続けている。

 

株式会社エニックス(合併消滅)

ファミコン時代以前から参入している老舗メーカー。社名は「ENIAC(世界初のスーパーコンピュータ)」と「フェニックス」をかけた造語。
『ドラゴンクエストシリーズ』で有名なRPGのみならず、ゲーム史において欠かす事の出来ない企業である。
社内に開発室を置かず、すべての商品を関連企業や下請けに開発させるという、ゲーム本業の会社としては珍しいパブリッシングオンリー体制をとっており、ゲームコンテストから『森田将棋』の森田和郎や『ドアドア』の中村光一を輩出した。また出版業も営んでおり *2 、副業の域を超えた大手マンガ出版社に成長している。
2003年にスクウェアと経営統合してスクウェア・エニックスになった。

 

NECアベニュー株式会社(事業撤退)

NECグループのレコード会社だったが、同時にPCエンジンのセカンドパーティとしてソフトや周辺機器の開発・販売も行った。初期は『ファンタジーゾーン』『スーパーダライアス』などの他社移植作品、後期は『ドラゴンナイトIII』『卒業』などのギャルゲー路線が人気を集める。
1995年にゲーム関連のすべての事業をNECインターチャネルに移管。NECアベニューは音楽業務のみを行うことになった。その後、1998年に業務を完全停止。

NECインターチャネル株式会社/株式会社インターチャネル/株式会社インターチャネル・ホロン(事業撤退)

1995年に、NECおよび日本電気グループのソフトウェア部門を分離統合して生み出されたソフトウェア開発会社。PCエンジンやPC-FXのセカンドパーティとして、数多くのゲームソフトをリリースする。
2004年、NECから分社化して株式会社インターチャネルに社名変更。
2006年、株式の過半数をインデックスに取得されてNECグループを離れる。これに伴い株式会社インターチャネル・ホロンに改名。
2007年、コンシューマーゲーム部門はガンホーグループに売却されてガンホー・ワークスとなるが、これも後に解散。ガンホー・オンライン・エンターテイメントに事業継承される。
一方で、現在のインターチャネル・ホロンは映像作品の製作・販売を主な業務としている。

株式会社NMK(倒産)

ジャレコやUPLの下請けを行なっていたゲーム製作会社。1991年の『サンダードラゴン』以降は自社開発であることを明記するようになっている。
処女作である『アーガス』や『バルトリック』に象徴されるように、新しいアイデアを盛り込みつつも、ある者は「殺人的」と言い、ある者は「発狂」と呼ぶ高難易度STGを産出している。
敵の配置が意地悪でボム決め撃ち必至の『雷龍』、自機が動物で可愛らしいのに激ムズな『はちゃめちゃファイター』、ライフがないと大きく稼げるが当たり判定が大きくて事故死しやすい『ガンネイル』などなど。
1985年に日本マイコン開発として創業し、1989年にNMKと社名変更している。

折しもシューティングの難易度インフレ期であったため、その波に乗るように上記の高難度ゲームを送り出してきたが、1996年にエレメカに転進し、1999年に倒産した。
ラインナップは「ぶたさん」「サイキック5」「天聖龍」「サボテンボンバーズ」と言った秀作が多い。(エレメカ対象外)

名作レベルのクオリティとしては「オペレーション ラグナロク」と「湾岸戦争」の2つが挙げられる。双方ともさんたるること並木学によるBGMの人気が高く、難易度も割合低め。
彼は元々この会社の出身(ちなみに初期の名義「三太郎」は彼がNMKの3人目のサウンドコンポーザーということに由来する)で、後にバトルガレッガを皮切りに多くのSTGを手掛け、STG業界に欠かせない存在となる。
そのためか、いやその難易度の高さ故か。高品質ゲームの数が少ないにも関わらずシューターからは相当な支持を得ているので、古参シューターから名を聞く事も多い。

 

株式会社オークス/プリンセスソフト(倒産?)

プリンセスソフト、Nine's fox、Primaveraのブランドを擁するソフトメーカー。
2001年に創業。『君が望む永遠 ~Rumbling Heart~』(原作は副題ナシ)『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』『つよきす』などの有名作をはじめ数多くのPC用アダルトゲームを家庭用ゲーム機に移植する。
2004年10月から半年間、自社発売ソフトである『W~ウィッシュ~』と『Φなる・あぷろーち』のテレビアニメ版(いずれも15分番組)を「プリンセスアワー」と銘打って連続放送した。
また2005年には女性向けBLゲーム『カフェ・リンドバーグ-summer season-』(原作は副題ナシ)のPS2版移植も手がける。
2009年PS2で発売した『キラ☆キラ ~Rock'n'RollShow~』(原作は副題ナシ)を最後に新作の発売が途絶。オフィシャルサイトもリンク切れコンテンツが増えるなど十分に管理されていない状態であり、操業を停止していると思われる。

株式会社加賀クリエイト(解散)

加賀電子の系列企業であり、ゲームソフト開発を業務としていた。
1999年、株式会社デジタル・ゲインとして設立。セールスプロモーションやコンテンツ事業を展開。
2005年、加賀テック(ナグザット)よりゲーム事業を受け継ぐ。2007年に社名を株式会社加賀クリエイトとする。
近年は『咲-Saki- Portable』シリーズや『魔女こいにっきDragon×Caravan』『ひぐらしのなく頃に粋』などPS Vita専用ソフトを数多く発売する。またナグザット時代のゲームの配信・DL販売も行っていた。
2016年1月、「昨今のスマホアプリ中心のゲーム市場において大きな成長力を作り出すに到らなかったため」として会社解散を発表。

株式会社ガスト(合併消滅)

1995年にプレイステーションに参加した、長野県長野市南千歳にあるゲーム製作会社。2011年12月にコーエーテクモゲームスの完全子会社化、2014年7月に同社に吸収合併され、会社としては消滅。 以降はコーエーテクモゲームスの「ガスト長野開発部」として、引き続き「ガスト」のブランドも存続している。

会社として消滅するまでは、長野県内では初の、なおかつ唯一のゲーム制作会社であった。

元は古代ペルシャ風の戦略SLGやら3Dカートゥーンやらといったニッチ街道を突き進んでいたが、1997年の『マリーのアトリエ ~ザールブルグの錬金術士~』で一躍有名に。
非常に小さな会社だったが、看板シリーズを始めにキャラクター性の高い作品を多く抱え、会社規模以上に知名度がある。またガストサウンドチームによる音楽は定評があり、この分野では内製を保っていたが後に半外注になった。

以前は『フレースヴェルグ』を代表として3D制作も自社で行っていたが、近年は2Dも含めグラフィックは外注委託が多い。
他の分野でも外注依存が進み、デザイナーやデバッガー、シナリオライターがほとんど居なくなった結果として外注委託費の見積もりが全体のクオリティに直結するように。
初期の開発作品は、PCシミュレーションゲームの特徴が強かった(初期アトリエ含む)。
近年は時代の変化に伴ってか、キャラクター性とストーリー性の強化傾向にあり、一部タイトルを除くと戦闘システムもかなりシンプルな部類に入る。

ユーザーへのサポート、サービスは二面性を持つ。公式でのソフト定価販売及びグッズの通信販売を収益源として重視しており、その戦略により公式そのものが同人的なファンを促成する場として積極的に活動している。
反面、不具合の多さとそれに対するサポートの悪さ、完全版商法にも定評があり、一部は非常に悪質であった。

知名度が上がった事で様々なジャンルの作品開発に意欲的だった時期もあったが、看板シリーズ以外の売れるタイトルが少なく、保守化が進んだ。
また晩年はアフィリエイトブログで過剰に取り上げられ信者アンチともに先鋭化してしまった。ネット上では良い評価にせよ悪い評価にせよ極端に走ったものが目立つ。

ちなみに、コーエーテクモゲームスの子会社となる前の親会社は長野県内でも大手のSIerであり、開発室も本社と同じビル内にある(現在もそれは健在)。
そのため産業フェアなどで親会社のブースに行くと、何故かガストのブースが展開されていたりする様を見れた。

株式会社角川書店(事業譲渡)

自社コンテンツを題材としたゲームを多数発売。また他社製も含め数多くのゲームを家庭用ゲーム機に移植・発売した。
2013年10月、大規模構造改革により「株式会社KADOKAWA」となる。以降はゲームソフトの発売は行っていない。現在は系列企業である角川ゲームス(2009年創業)がゲーム業務を引き継いでいる。

株式会社カルチャーブレーン(事業譲渡)

1980年設立。当時は株式会社日本ゲームという社名で活動を行っていたが、1987年にカルチャーブレーンと改め本格的にファミコンなどの家庭用ゲーム機へ参戦。
社員100名以上を抱える中堅メーカーとして『飛龍の拳シリーズ』『スーパーチャイニーズシリーズ』などの名作を輩出し名を馳せた。
しかし1990年代後期頃より明らかなパクリゲームや胡散臭いキャラゲーを乱発するようになり、あっという間に衰退した。
2000年台からは携帯機中心に明らかに子供騙しな女児向けゲーを細々とリリースするまでに至り、凋落が止まることはなかった。
よく「本社はオリジン弁当の二階にある」とネタにされるが実際の本社は東京都葛飾区の宝町にあり、オリジン二階は営業所らしい。しかしその営業所も現在は引き払っている。

2015年11月に任天堂ホームページのソフトカタログにてカルチャーブレーン作品のメーカーが全て関連企業の「有限会社カルチャーブレーンエクセル」へと置き換わっていることが判明。
翌年1月にはホームページもエクセルの物にリニューアルされた為、全てのソフトの権利がエクセル社へ移ったものと思われる。
その後のカルチャーブレーンの消息は不明。

有限会社キャリエール(解散)

アダルトゲームのブランド。2007年3月に会社が法的に解散となり活動を停止した。
その後スタッフがTAILWINDを立ち上げた(法人名は株式会社インターアパレル)が、こちらも2009年9月にブランドとしては解散した。

株式会社クエスト(合併消滅)

代表作は『伝説のオウガバトル』『タクティクスオウガ』。またPCエンジンの隠れた名作シューティング『マジカルチェイス』も開発。
1990年にボーステックと合併。その後、ボーステックのゲーム部門ごとスクウェアに売却される。

株式会社クロスノーツ(営業停止)

東京都中野区に本社を置いていたメーカー。
当時ゲーム業界から撤退した会社「日本コンピュータシステム(NCS)のブランド「メサイヤ」を引き継ぎ、さらにシューティングや脱衣麻雀などで有名な会社「彩京」を吸収合併。メサイヤ・彩京の2つのブランドを所持していた。

しかしこれのリリース作品はことごとく過去の劣化品(PS2版『重装機兵ヴァルケン』はその極致として有名)だったため、ユーザーは大激怒してネット上で騒動が勃発。
それを発端に、法的に見てもかなりギリギリな会社の黒い面が露呈。「糞鬱」「クソノーツ」との蔑称で呼ばれることになる。

  • 彩京吸収後、 元彩京側スタッフを総追放。口減らしをしてブランドだけ残す。
  • 開発会社の詐称。
    • 「超兄貴リメイクを彩京にやらせる」が実際は全然違う所に外注。挙句未完成品をマスターアップとして提出。
    • 販売元に修正を求められて「開発チームはもう解散したから無理」と拒否し、権利者をマジギレさせる。

結局まともなソフト一つろくに出せないまま営業停止状態に陥るが、そのクロスノーツの資産を引き継ぐような形で「エクストリーム」を経て「ゼロディブ」として存続している。そのエクストリームやゼロディブもいろいろと問題作を生み出しており、負の遺伝子をしっかりと受け継いでいる。
非常に罪深い団体であることは明らかだったが、一時期旧クソゲーまとめwikiにおいて不自然かつ執拗にクロスノーツ関係の擁護をする輩が現れていた。

株式会社コスモス(倒産)

1977年設立。ゲーム業界にも進出していたが、玩具メーカーとしての活動が主だった。
1980年代にはカプセルトイの一種である「ガチャガチャ(ガシャガシャ)」や清涼飲料水タイプの大きさの自動販売機を全国各地の駄菓子屋に設置し、カプセルタイプのおもちゃを販売していた。
しかし、その内容を見てみると、当時のヒット作の模倣品を売り出していることが多く、中にはロッテのビックリマンを模倣した作品が「ロッチ騒動」として社会問題化してしまうケースもあった。

またアーケードゲームが人気を集めるとゲーム業界に参入するべく自社でアーケードゲーム機を開発したが、コナミの『スクランブル』のキャラクターグラフィックを差し替えただけのデッドコピー作品『フライングトレイン』であったりと模倣中心であることには変わりなかった。

1988年に倒産するが、販売子会社のいくつかはその後も存続しており、現在でもコスモスの自動販売機が各地にわずかながら残っている。

株式会社コンパイル(倒産)

魔導物語やぷよぷよで知られる。
かつてはSTGやアクションゲーム(アクションADV)を主とする硬派なメーカーとして知られていたが、上記魔導物語のヒットにより路線をそちらに大幅転換した結果、90年代中期から落ち物パズルメーカーとして名を馳せるようになったが、逆に「ぷよぷよ」及び「魔導物語」以外のゲームを殆ど出さない、魔導物語シリーズに依存した会社になってしまった。
マイナーチェンジの繰り返しによる非難や、ぷよぷよをかたどった饅頭「ぷよまん」の失敗(ぷよまん自体は売り上げも好調であったが、当初は委託製造であった処から自社工場を建てての自社製造に切り替えるなど、営業・販売規模に対して過剰な設備投資の代表と言えた)、過剰な広告宣伝、社員の過剰採用(当時の社員数と同数・もしくはそれ以上の数の新入社員を内定した)、社屋移転の繰り返し、果てはオートバイチーム設立などの非合理的ともとれる経営により、1998年3月に75億の負債を抱えて経営破綻(この年に発売したビジネスソフト「POWER ACTY」の失敗も一因とされる)。再建を図るも振るわず、2002年12月8日付で会社解散、2003年11月6日に破産宣告となってしまった。

『ぷよぷよ』シリーズの商標権等はセガに売却される事となり、現在はセガが開発・販売を行なっている。
それ以外のゲームはD4エンタープライズが保有し、「精霊戦士スプリガン」シリーズ関連作品は加賀電子(ナグザット ソフト)が保有している。
株式会社コンパイルハートと直接的な関係は無いが、コンパイルの代表を務めた仁井谷監修のパズルゲーム『のーみそコネコネパズル たころん』等が開発され、2006年12月5日に仁井谷との監修契約解除が発表されている。
このようにキャラクターや商標などの権利がバラ売りされた結果、魔導物語は人気シリーズにもかかわらずリメイクや同世界観を使った新作が殆ど出せない様な状態が続いている。

株式会社コーエー(合併消滅)

PCゲームの黎明期から活動していた超老舗メーカー。旧社名は「光栄マイコンシステム」。
『信長の野望』シリーズや『三國志』シリーズなどの歴史シミュレーションゲームが特に有名。『アンジェリーク』など女性向けゲーム(ネオロマンスシリーズ)も手掛ける。
出版業も営んでおり、自社ゲームの関連書籍や歴史関連書籍などを刊行している。

自社の有力シリーズにアペンドディスクを多発する事で知られるが、これはPC版『三国志3』において非公式のデータ改造ツールが一般に出回った(新武将の能力値をいじれるなど。この一件は後に裁判沙汰となり「三國志3事件」とも呼ばれている)事が発端と見られ、実際このアペンド版にはゲーム内のキャラデータなどを編集する機能を搭載することが定例となってきている。そしてそれは無双シリーズにも派生作にキャラクリエイトの要素を導入するという形で引き継がれている。

2000年にはPS2に「真・三國無双」を送り出し、一騎当千型のアクションゲームにも地歩を築き上げ、吸収合併を経てもなお主力タイトルの座を堅守するまでに至っている。

2009年4月にテクモと経営統合し、2010年には吸収合併してコーエーテクモゲームスに商号変更。

株式会社彩京(合併消滅)

初期の正式名称は株式会社彩アート京都だったが、それを縮めて「彩京」となる。
名作シューティングゲーム『ソニックウィングス』を開発したビデオシステムのスタッフが独立して興した会社であり、同作の要素を継承したSTGを多数世に送り出した。

その作風は「彩京弾」と呼ばれる高速の弾幕が最大の特徴。特に2周目ともなると目で追って避けることが完全に不可能な域に達する狂気の弾速は、シューターの間で語り草となっている。
少ない弾数で確実にプレイヤーを殺しにかかる傾向が強く、いわゆる「弾幕系」(敵弾の数は多いが弾速が遅いSTG)と対比されることが多い。
「覚えゲー」の要素を強く含み、一見避けられないような高速弾幕もパターンと対処法を把握してしまえば綺麗に潜り抜けられるよう計算された作りは、根強いファンを生む。
格闘ゲームが勢力を伸ばしていた当時のゲームセンター事情に合わせて「短く、熱く、シンプルに」楽しめるゲーム性は、シューター層から初心者層まで幅広い支持を受けた。
また、独特の濃い世界観やキャラクター性も売りにしており、『ストライカーズ1945』に見られるようなぶっ飛んだボスデザインやギミックは特徴的。
キャラクターデザインでは同社の看板絵師として活躍した司淳、中村博文や寺田克也、後にケロロ軍曹でブレイクする吉崎観音といった人気イラストレーターを起用していた。

STG以外では「ボタン連打でお仕置き」で有名な脱衣麻雀『対戦ホットギミック』シリーズや、退廃的で登場人物ほぼアングラ系の格闘ゲーム『堕落天使』などを製作。
前者ではゲーム内で「新声社爆破」(アーケード専門誌「ゲーメスト」の出版元)というギャグをやった直後に本当に新声社が爆死(倒産)してしまいシャレにならなくなるなど、ネタに事欠かなかったメーカーでもある。

処女作『戦国エース』のヒットを皮切りに90年代中期のSTG復権を担ったが、『ガンバード2』辺りからゲームデザインの弾幕化、及び高難度・複雑化が顕著になり、方向性を見失って衰退することに。
2002年5月にはよりにもよってクロスノーツに吸収合併(事実上解体)されてしまい、以後彩京ブランドのゲームは、2006年の『対戦ホットギミック 未来永劫(みらいへゴー)』を最後に出ていない。
彩京STG作品の新作は戦国キャノンで最後、ブランド所有社は改悪移植を繰り返す…と、ファンに嘆きの声を上げさせた。

  • 関連
    • 彩京STGシリーズ
    • 用語集(消メーカー)「クロスノーツ」(合併先、ブランド所持)

株式会社サイバーフロント(倒産)

かつて存在していたKIDの版権を継承した会社。PC、コンシューマー共に他メーカーの作品の数多くの移植・ローカライズを手がけていた。
2013年に加賀電子の完全子会社となるが、2013年12月をもって経営難を理由に業務を停止、倒産。ユーザーサポートは継続して行われたものの、2014年5月に公式サイトが閉鎖となり、2014年12月をもってユーザーサポートも終了した。
なお同社が所有していたKIDの版権は、現在5pb.が所有している。

Paradox Interactiveのゲーム(Crusader Kings/Europa Universalis/Victoria/Hearts of Iron)の代理店だったが、
先行していた有志訳と被る事を恐れた結果による『翻訳物の著作権の問題』を避けるためと思われる意図的な誤訳や、菊タブーを避けるための思われる『昭和天皇と言う名前のNPCユニット』を『人ですらない大本営』に差し替え、年単位で公開が遅れるパッチが批判された。

株式会社CSK総合研究所(CRI)/株式会社SEGA-AM2(合併消滅)

CSKを母体とするソフトウェア開発会社で、セガの系列企業。1989年から多数のゲームソフトを開発する。
多くはセガ製のゲームの移植版だが『ダイナブラザーズ』シリーズや『エアロダンシング』シリーズなどのオリジナル作も手がける。
2000年にセガのAM2研を営業譲渡され、体感ゲームや3Dゲームなどを多数開発。
2001年、社名を「SEGA-AM2」と改め、同時にゲーム以外のミドルウェア開発部門を分離して別会社「CRI・ミドルウェア」とする。
その後「SEGA-AM2」は2004年にセガに吸収されて、会社としては消滅。

CRIミドルウェアの製品である音声・映像ライブラリは自他社問わず多くのゲームに使われている。
ヤシの木モチーフのAM2ロゴや、スピーカーモチーフのCRIWAREロゴマークのどちらかを目にしたゲーマーは多いことだろう。

株式会社シャノン/株式会社パンドラボックス(活動停止?)

ブレイングレイで『ラストハルマゲドン』を手がけた飯島健男(現在は飯島多紀哉)が立てたゲーム開発会社。設立から2007年まで「パンドラボックス」名義でそれ以降は「シャノン」名義。下請けとして和風RPG『ONIシリーズ』や登山SLG『蒼天の白き神の座』などを生み出した。
1999年から自社ブランドで「1980円の超大作」を売りにしたパンドラMAXシリーズを開始するが6作で頓挫、以降2007年までの休眠状態を経て「シャノン」として再出発したものの、『四八(仮)』で特大のケチがつく結果となった。
2011年を最後に飯島がゲーム活動を止めており、会社ホームページの更新も停止している。
なおホームページの代表作にはブレイングレイ時代の物も載っているが、パンドラ関連と違いこちらは版権元不明である。

株式会社ジャレコ(倒産)

ゲームメーカーの古株会社の一つ。FCサードパーティー6社の一角。
ビアサーバーやアクアリウム用品の副業に手を出していた過去を持つ。アーケードでは筐体制作でも有名であり、そちらは名機として評価が高い物が多い。

創業時の名前は株式会社ジャパンレジャー。1983年に株式会社ジャレコ。2000年にパシフィック・センチュリー・サイバーワークス・ジャパン、2003年に株式会社ジャレコへ戻っている。

厳密に言うと現在のジャレコはジャパンレジャーが持っていたゲーム部門そのもので、株式会社ゲームヤロウに9億9千万の借金と共にたったの1円で売却されたと言う過去がある。
このこともあって全体的にゲームの質が悪い・ジャレコと言えばクソゲーメーカーという印象が強いが、あながちそれも間違いではない。
しかし時たまレベルの高い良作アクションを製作していたり、イカサマ当然の麻雀『スーチーパイシリーズ』を出したりと数々の功績も築き上げている。
だが、大抵方針や対象ユーザーが定まっておらず、その方面での重大な欠点を抱えている場合が殆ど。そのため結局は『燃えろ!!プロ野球』や『黄金の絆』しか記憶に残らない事になる。

2014年5月に親会社のゲームヤロウが破産し、版権は株式会社シティコネクションに引き継がれた。「クラリスゲームス」のレーベルで旧ジャレコゲームの配信や版権許諾を行っている企業のようである。

『イーハトーヴォ物語』で有名なヘクトはジャレコのプロデューサーが独立して造った会社である。

株式会社スクウェア(合併消滅)

『ファイナルファンタジー』などでRPG界に名を轟かせたゲームメーカー。
電友社のソフト開発部門としてスタート。PCゲームの開発を手がける。『ザ・デストラップII ウィル』 *3 、『アルファ』 *4 等のADVで、一定の評価を獲得。
その後、1986年に電友社から独立し開発対象をPCゲームからコンシュマーへと移した。
1987年に出した『ファイナルファンタジー』のヒットにより大きく躍進する事となる。

RPGの良作が多く、FFの他も『サガ』『聖剣伝説』『キングダム ハーツ』など多数の良ゲーを世に送り、一方で『半熟英雄』のようなバカゲーも出していた優良メーカーであった。どう見てもシューティングだがRPGと言い放つキングスナイト等、RPGに異様に拘るのが特徴。
特にスーパーファミコン時代には高いドット絵技術と分かりやすいシステムを兼ね備え、広く高評価を獲得する作品や、『ライブアライブ』といったアクが強いながらも出来は良い作品を次々に出していた。
しかしプレイステーション移行後にハード性能を生かしたムービーや3Dモデリングを重視した作品が増えて以降、賛否が大きく分かれる作品の輩出が目立つようになり、新規ファン層を開拓する一方でスクウェアを見限るプレイヤーも現れ出した *5

やがて膨大な制作費をかけたCG映画「ファイナルファンタジー」を作り、157億と言うギネスレベルの赤字を記録してしまうことに。
その影響は非常に大きく、監督を務めた坂口博信の引責辞任などのほか、アニメ『FF:U~ファイナルファンタジー:アンリミテッド~』の打ち切りなどシリーズの他作品までがとばっちりを食った。
その後間も無くエニックスと統合、株式会社スクウェア・エニックスとなった。(ちなみに映画版の赤字は『FF11』や『KH』のヒットによりほぼ回収されており、上記の失敗と合併は直接的な関係はないとしている)
なお、現在旧スクウェアのURLは同名の不動産会社が持っている。

すたじおみりす(解散)

バグまみれで「一周回って、逆に面白い」「宇宙麻雀」と呼ばれた『いただきじゃんがりあん』でデビューしたアダルトゲームメーカー。
ユーザーをデバッガー扱いしているとまで言われる凄まじいパッチ地獄を繰り広げたことでも有名。
ウェブラジオ「アケミとマリカのがっちゅみりみり放送局」を開始してからはそちらに人手や予算を回すようになり相対的にゲームの質も劣化。ラジオ内の自社CMでも「ゲーム遅れて、「もはやウェブラジオ屋」と叩かれるすたじおみりすの新作」と紹介するなど自虐なのか開き直りなのか釈然としない事をし続けた。
現在は当然ソフトウェアのサポートも完全終了し、バグも不具合も修正不能なものが多いので購入の際には細心の注意が必要となる。

株式会社セタ(倒産)

『スーパーリアル麻雀』シリーズや『森田将棋』をはじめ、将棋、麻雀ソフトを中心に多数開発。
2004年を最後にゲームソフト開発から撤退。2009年5月、東京地裁より特別清算開始決定を受ける。 

株式会社チュンソフト(合併消滅)

元々はドラゴンクエスト(I~IV)シリーズの開発元として活躍していたメーカー。
かまいたちの夜』『』といったサウンドノベルや『トルネコの大冒険』『風来のシレン』といったローグライクゲーム『不思議のダンジョン』シリーズの発売・流行で一気に知名度を上げ、同時にサウンドノベル・ローグライク両ジャンルを語る上で外せないメーカーとなった。
『トルネコ』『シレン』両シリーズの衰退などで一時は以前ほどの勢いを失っていたが、『不思議のダンジョン 風来のシレン4 神の眼と悪魔のヘソ』『428 ~封鎖された渋谷で~』など現在でも評価の高い作品を生み出す開発力を持っている。
2012年4月1日より、スパイクと合併し株式会社スパイク・チュンソフトとなった。

株式会社ティーアンドイーソフト(旧)/大黒屋グローバルホールディング株式会社(事業譲渡)

1982年に株式会社ティーアンドイーソフト(旧)として創業。『ハイドライド』シリーズ、『スターアーサー』シリーズ、『DAIVA』シリーズなどのPCゲームをリリース。
家庭用ゲーム機用ソフト開発は、1986年より『ハイドライド・スペシャル』(発売:東芝EMI)から。以降、PC、家庭用機を中心に多くのヒット作品を手がける。
2001年1月にディズニー社との資本業務提携を行い、2002年5月に株式会社ディーワンダーランドに社名変更しディズニー関連の事業を行うが、2005年1月にディズニー事業を終了。
2006年3月は質屋大手の大黒屋グループを子会社にし、2015年12月に大黒屋グループホールディング株式会社に社名変更。
ゲーム開発事業は、子会社だった株式会社ディープに譲渡。

株式会社ディープ/株式会社デジタルゴルフ(合併消滅)/株式会社ティーアンドイーソフト(新)(解散)

ディープは2002年7月に創業。デジタルゴルフは2003年1月に株式会社ディープの子会社として創業。
ディープは2005年に株式会社ディーワンダーランドが所有していたT&Eソフトの商標権を取得するが、2006年1月に子会社のデジタルゴルフに吸収合併される。親会社を吸収したデジタルゴルフは、正式にT&Eソフトのブランドで、旧T&Eのメインコンテンツだったゴルフゲームを中心にゲームを開発。
2008年1月にデジタルゴルフ名古屋支部を株式会社ティーアンドイーソフト(新)として分社化。ドワンググループだった株式会社ゲームズアリーナに売却。
2012年6月にゲームズアリーナが解散したため、T&Eとしての活動も停止した。
ティーアンドイーソフトの本拠地だった名古屋は、スパイクチュンソフト名古屋オフィスとして現在に至る。
デジタルゴルフは、2011年3月にコナミ(現:コナミホールディングス)の子会社になったあと、2014年元旦にコナミデジタルエンタテインメントに吸収合併される。

データイースト株式会社(倒産)

通称「デコ *6 」。データイースト産のゲームはデコゲーと総称され、キャッチコピーも「ヘンなゲームならまかせとけ」とされてしまうほどに変なゲームを多く作っている *7 。見た事の無い怪しいゲームがあったらとりあえず疑ってかかっていい。
とはいえ極端に人を選ぶセンスを抱えていはいるが、どのゲームもグラフィック・サウンド・システム全てが丁寧に作られている。
ゲームバランスは大味である場合が多いが、その重大な点が霞むほどの「触れる楽しさ」を提供してくれる数少ないメーカーな為、万人受けはしなくとも熱狂的なファンも多い。
実は変なゲームだけではなく暑苦しいゲーム *8 も多いメーカーである。その両方な場合も。

80年代~90年代はピンボール台の輸入・製造(撤退後はセガ・ピンボール、現在はスターン・ピンボールとして存続)、晩年には暑苦しさを捨ててギャルゲー(ただし、昔のアドベンチャーよろしく殺伐とした死にゲーでもあった)なども出していた。
ゲームだけでなく通信・情報機器の開発や、乾燥椎茸やガスマスク販売などの副業もしていたが、本業も副業も売上が芳しく無く、99年11月に和議申し立てを行い、2004年に倒産。

現在デコの作品の大半が、一部を除きG-Modeが保有 *9 している。 本Wikiに項目があるソフトはその多くが「デコゲーらしからぬ硬派なゲーム」だが、出回りは少ない。

株式会社テクノスジャパン(倒産)

データイーストの役員や元スタッフが1981年に設立したゲーム会社。通称は「テクノス」。
1986年にアーケードで『熱血硬派くにおくん』をリリース、翌年にファミコンに移植されるやたちまち同社の看板ソフトに成長する。「くにお」は社長の名前から取られたことは有名。
その後も『ダブルドラゴン』等の様々なシリーズを次々とリリースするが、1991年に建設した自社ビルの建設費が経営を圧迫したこと、『コンバットライブス』や『すごろクエスト』や『ダンクエスト 魔神封印の伝説』などといったくにおくん及びダブルドラゴン以外のシリーズにヒット作が生まれなかったことなどから1995年に経営破綻した。
しかし同社の出したこの両シリーズの人気は非常に高く、今でもリメイク作や二次創作が多数出ている。
2015年現在、旧スタッフが立ち上げた会社である株式会社ミリオンが旧テクノスのIPを保有している。その他の旧テクノスの流れをくむ会社としてはエイビット新潟、エープラスなどがある
2015年6月に、ミリオンが保有していた旧テクノスのIPをアークシステムワークスが譲受することになった。

 

株式会社テクノソフト (倒産)

かつて長崎県佐世保市に存在したメーカー。設立当初の名称は「佐世保マイコンセンター」。看板ソフトは『サンダーフォースシリーズ』など。
技術力に定評があり、8bitパソコン時代からコアなファンが多かった。
16bitパソコンX68000で開発された『サンダーフォースII』が高い評価を得た後、これをMDに移植(『サンダーフォースII MD』)して本格的に家庭用ゲーム機市場に参入。
後にサンダーフォースシリーズはセガハード中心にリリースされ、熱狂的なファンを生み出すこととなった。
しかし、サンダーフォースに続く様な作品を中々生み出せず、AC進出の失敗、PS・SSに開発の場を移して以降の微妙な出来の作品乱発等もあり、急速に存在感を弱めてしまう。
それでも末期には『ネオリュードシリーズ』や『サンダーフォースV』、『マイガーデン』といった良作を生み出したものの、1999年にはゲーム事業から撤退、その後倒産した。

テクモ株式会社(合併消滅)

アーケードゲーム、家庭用ゲームの開発や、アミューズメント施設の経営を主としていた企業。
2009年4月にコーエーと経営統合、2010年には吸収合併してコーエーテクモゲームスに商号変更。

株式会社デジキューブ(倒産)

スクウェアによって設立された会社。コンビニエンスストアでのゲーム販売や「アルティマニア」シリーズの攻略本製作などを手がけ、自身もイースI・IIなどの多数のゲームソフトを販売していた。
しかしコンビニエンスストアでゲームを買えるという手軽さは確かに魅力であったものの、原則的に定価でしかソフトを売らないという時代遅れの販売戦略に加え、
Amazonや楽天などの安価で手軽なネット通販がこの当時に台頭した事もあって思うように業績を伸ばせず、さらにファイナルファンタジーXIIの発売延期によって大打撃を受けた事が決定的となり、2003年に経営破綻した。通常、親会社の支援策などが講じられるべき場面で何の支援もなく、即倒産確定したことは当時社会を大きく驚かせた。

デジキューブ倒産後、攻略本の「アルティマニア」シリーズに関する全ての版権は、親会社のスクウェア・エニックスに譲渡された。
かつてデジキューブが発行していたアルティマニアシリーズはスクウェア・エニックス名義で再発行が行われており、新規のアルティマニアシリーズもスクウェア・エニックスが製作を行っている。

株式会社東亜プラン(倒産)

「ジャイロダイン」を開発し、後に倒産したオルカ(倒産後に起こしたクラックスが倒産した跡に元クラックス)のスタッフが起こした企業。
ゲーム販売代理店である東亜企画の開発部門として1984年からアーケードゲームを発表。タイトーの下請けとして開発した『究極タイガー』の大ヒットにより知名度をあげ、自社ブランドでのゲーム販売も行うようになる。

『TATSUJIN』『BATSUGUN』などの高難度シューティングゲームが有名。後に東亜企画より独立して、株式会社東亜プランとなる。
1994年に倒産。主要スタッフの多くはその後ケイブを設立し、今もなおシューティングゲームの開発を続けている。

株式会社トーワチキ(倒産)

東和サン機電(現在はTBグループ)の子会社で電子玩具の製造を行っていたメーカー。1986年にファミコンに参入した。
処女作が説明書で平然と嘘をついた『シャーロック・ホームズ 伯爵令嬢誘拐事件』、2作目が最後の謎解きにシステムの盲点を利用した『エルナークの財宝』とたて続けに問題作を出したが、それ以降は特に目立たなかった。その中でもナツメ開発で発表した『アイドル八犬伝』が電波アドベンチャーとして後にカルトな人気を得た。
1990年を最後にゲーム事業から撤退、オーディオビジュアル部門を担う東和エンタープライズの子会社として活動していたが、2001年に親会社ともゲオに譲渡され、特別清算を以て消滅した。

株式会社ナムコ(初代)(合併消滅)

アーケードおよびコンシューマーゲームの老舗メーカー。アミューズメント施設の運営も行なっていた。
2005年6月、株式会社バンダイのゲーム部門を吸収して株式会社バンダイナムコゲームスとなる。同時にバンダイナムコホールディングスの完全子会社となり上場廃止。いわゆる「バンダイナムコグループ」の一員となる。
現在存在している「ナムコ」は、上記とは別の企業。「バンダイナムコゲームス」同様にバンダイナムコホールディングスの完全子会社であり、アミューズメント施設の運営を主業務とする。

日本コンピュータシステム株式会社(NCS/メサイヤ)(事業撤退)

かつては『ラングリッサー』シリーズや『超兄貴』シリーズや『改造町人シュビビンマン』シリーズや『魔物ハンター妖子』シリーズなどで知られるゲームメーカーだったが、現在は企業向けの組み込みソフトウェアや通信系システムを手がけておりゲーム開発からは撤退。

メサイヤブランドの著作物のライセンス事業を本業と平行して行なっていたが、2014年11月14日よりメサイヤの商標権はこれまで管理委託を担当してきていた株式会社エクストリームに譲渡した。
これによりエクストリームは新ブランド【メサイヤゲームス】を発足し、今後もメサイヤ作品はエクストリームより発売・配信されることになる。

かつてはクロスノーツに移管していたが…。(上記のクロスノーツの項目も参照)

全く同名の会社が複数存在し、名前ゆえにIT業界の現役企業であることが多いため(あちらはゲーム事業に手を染めたことは一度もない)、話題にしたり、意見を送りつけたりする際には気をつけられたい。

株式会社日本テレネット/株式会社ウルフチーム/株式会社ナムコ・テイルズスタジオ(合併消滅)

パソコンやPCエンジンをはじめ、多数のハードウェアにソフトを供給したゲームメーカー。代表作は『夢幻戦士 ヴァリス』シリーズなど。その開発部門は「ウルフチーム」と呼ばれ、後にその名は同社の独立ブランド名にもなった。
90年代後期にはオリジナルブランドのヒット作は減るが、下請けとしてナムコの『テイルズ オブ』シリーズを手がけて大ヒットとなる。
2003年にナムコとの共同出資でナムコ・テイルズスタジオを設立。開発スタッフの大部分を同社へ異動させ、コンシューマゲーム開発から事実上撤退する。
2007年に解散。その後ナムコ・テイルズスタジオはバンダイナムコゲームスに吸収される。

株式会社日本テレネット(倒産)

1983年に設立されたメーカーで、主にパソコンやPCエンジンのソフトリリースに重心を置いていた。代表作は『夢幻戦士 ヴァリス』シリーズなど。
ゲーム内のビジュアルシーンやBGMに関して非常に力を注いでいるのが特徴で、ゲームの出来が多少アレでもそれらがセールスポイントになり得た8ビットパソコン時代にはかなりの人気を博したソフトハウスのひとつであった。
しかし家庭用ゲーム機においてはビジュアルシーンのみを売りにすることは難しく、どちらかと言えばクソゲーメーカーという悪評を受けてしまったことは否定出来ない。
しかし全てにおいてダメなわけではなく、家庭用移植としては割と評価の高いMD版『イースIII』のような作品もある。

PCE市場衰退後は参入ハードをSFCのみに絞り、ブランド名もウルフチームに統一する。
自社ソフトを発売する一方、かねてから縁のあったナムコのテイルズオブシリーズの開発や、パチンコ、パチスロ関連の事業がメインとなっていく。

しかし、90年代に入ってから開発チームの独立が相次ぎ、徐々に社内の開発力が低下、作品の質や売上が低迷していった。
通信関連の企業として発足する予定だったのを直前に方向転換してゲーム企業になったという経緯を持つ会社である故に、
社長自身にゲーム開発事業に関する知識が欠如していた事、そのために開発現場を無視した経営が常態化し、
開発環境の悪化が著しかった事に大きな要因があったと言われている。
その後、2003年のナムコ・テイルズスタジオ設立に伴い、開発者が移籍して日本テレネットはコンシューマ事業から完全撤退する。

その後も経営の悪化に歯止めはかからず、窮余の策として2000年代になって突如ヴァリスシリーズを始めとする看板作品の多くを次々と18禁ゲーム化するという暴挙に及んでしまった。
(厳密には版権をアダルトゲームメーカーに売り渡し制作されたものを自社販売していた)
原作の開発スタッフやファンの心情を無視したこの行為は内外から強い非難を浴び、不買運動にまで発展するという騒動を巻き起こした末、
かねてからの経営不振に自ら追い討ちをかける結果となってしまった。

やがて採算性の低下で債務超過に陥り、様々な経営再建を行うも2007年に倒産。24年の歴史に終止符を打った。

今現在、テレネットの知的財産権はサン電子が保有している
かつてはスターフィッシュ・エスディが一部版権を所持していたらしいが、現在どうなっているかは不明である。

株式会社ウルフチーム(合併消滅)

元々はかつて存在した日本テレネットの社内チームであり、テレネット発売の『夢幻戦士 ヴァリス』などを開発を担当していた。
後に独立して自社ブランドを立ち上げたが、その期間は短く、再び日本テレネットの子会社となった。
日本テレネットはPCE市場衰退後自社ブランドをウルフチームに統一し、SFC市場のみで活動するようになった。
本メーカーが関わった主な作品は『斬シリーズ』『アークスシリーズ』『グラナダ』などがあるが、全体的にクセがかなり強い作風故に、はっきりと好みが分かれるものがほとんどであった模様 *10

本メーカーは独立組が非常に多い事で有名で、ネバーランドカンパニーやトライエースなども元はここのスタッフが立ち上げたメーカーである。
また、テイルズオブシリーズでお馴染みのゲームミュージック作曲家である桜庭統氏もかつては本メーカーの所属であった。
2003年、ナムコ(現:バンダイナムコゲームス)と日本テレネットの共同出資で設立されたナムコ・テイルズスタジオに開発者が移籍し、日本テレネットはコンシューマ事業から完全撤退・ウルフチームも完全に消滅した。

株式会社ナムコ・テイルズスタジオ(合併消滅)

ナムコと日本テレネットによる共同出資を受けて設立したメーカー。名前通り『テイルズオブシリーズ』のゲームのみを開発する。
開発チームは「シンフォニアチーム」と「デスティニーチーム *11 」が存在し、基本的にこの2つのチームが交互に本編作品を制作していた。
2012年1月1日付で親会社の株式会社バンダイナムコゲームスに吸収合併、2012年4月2日に設立されたバンダイナムコスタジオが実質的な後継会社となっている。

日本電気ホームエレクトロニクス株式会社(事業撤退・解散)

略称はNEC-HE。カラーテレビからワープロまで、さまざまな製品を発売する家電メーカー。
1987年にPCエンジン(HEシステム)でゲーム業界に参入。家庭用ゲーム機としては初と言っていいCD-ROMの本格採用により一定のシェアを確保する。
そして、『ムーンライトレディ」、『女神天国』、『機装ルーガII』などの様々なゲームを発売する。
しかし後継機であるPC-FXは不振。これが原因となって業績悪化を招き、NECグループの大規模構造改革によって2000年に解散した。
ソフトメーカーとしても、1991年から1999年にかけて、PCエンジンおよびPC-FXのゲームソフトを数多くリリース。最末期にはドリームキャスト専用ソフト『戦国TURB』もリリースしている。

日本物産株式会社(事業停止・版権譲渡)

通称・一般向けゲームブランド「ニチブツ」アダルトゲームブランド「スフィンクス」
1970年創業、当時23歳だった鳥井末治が妻と共に始めたジュークボックスのレンタル業が始まり。1978年にアーケードゲーム市場に参入。
アウトローな面を持っており『スペースインベーダー』のコピーゲームがタイトーから訴えられてたり、業務提携先のナムコの『ギャラクシアン』もコピーして賠償金を支払っているなどの過去を持つ。
その後もコピーゲームが同社のオリジナル作品として企業案内書にコピーゲームと工場の写真を掲載していた。コピーゲームがメインのゲームセンターも開業していた模様。
一方で自社製のムーンクレスタのコピーゲームに対しては厳しい姿勢で臨んでいたようで「類似・改変造をした商品を扱われますと、法的手続きにより、ご迷惑をおかけすることになります。」と他社に警告していた。

1980年に『ムーンクレスタ』や『クレイジー・クライマー』などのヒット作品をリリース。
1983年の『雀豪ナイト』は、業界初の脱衣要素を持つ麻雀ゲームであり、脱衣麻雀というジャンルを確立させた。
1984年にも業界初のゲーム基板に回転機能を搭載した『チューブパニック』を開発して技術力の高さに他社から注目されていた。
1980年代中盤からは、脱衣麻雀やメダルゲームに力を入れる一方で、FM音源チップを採用したゲームをリリース。
この頃の金属質で攻撃的な音楽は「ニチブツサウンド」と呼ばれている。
かつて「日本アミューズメントマシン工業協会」に加盟していたが、1989年『AV麻雀 ビデオの妖精』の件に連なるいざこざで同協会を退会。
これ以降は脱衣麻雀を始めとするアダルト作品に比重を移すようになり、1994年『まーじゃん吉本劇場』を最後に、一般向けのアーケードゲームはリリースしていない。

家庭用ゲーム市場には、1983年に自社開発の家庭用ゲーム機「マイビジョン」で参入。
1986年、ファミコン市場に『マグマックス』を発表して移籍。
1990年、PCエンジンでリリースした『F1サーカス』は時流に乗って大ヒットし、人気シリーズとなる。
その際ニチブツはF1レーシングチームのチーム・ロータスのスポンサーとなっていた。
1995年、PCエンジンでリリースした『セクシーアイドル麻雀 野球拳の詩』は公式ライセンスのゲームソフトとしては家庭用ゲーム機初の18歳以上推奨ソフトとなった。

1990年代後半にアダルトゲームブランド「スフィンクス」を設立し、AVメーカーと業務提携してDVDを採用した実写脱衣麻雀を主に手掛けていた。こちらでのソフト開発は2005年まで続いた。
脱衣麻雀に注力した結果、多数の社員が退職したために一般ゲームを開発することが出来なくなってしまい、2005年を最後にゲーム開発は停止し、2007年まで版権管理していたものの、2009年に事業停止、本社ビルは分譲貸し出しされ2010年に取り壊された。
2014年、株式会社ハムスターにニチブツの版権を譲渡した模様

過去にはヨット模型の企画・販売や公式サイトにカレー屋のデータベースを掲載していた。
社長の趣味でゲームポスターなどに女性モデルやAV女優、宇宙人のコスプレをしたルードモデルなどを多数登場させたりしていた。
1995年に発売した『初体験』というアダルト作品には同社社長がAVメーカーの社長役として実写取り込みで出演している。
F1サーカスの開発時に社内会議で社長がゲームに勝利すると裸の女性が登場したり、女性が脱いでいくのはどうかと提案した事があった *12

株式会社ネバーランドカンパニー(倒産)

東京都新宿区に本社を置いていたゲーム製作会社。
90年代にかけて『エストポリス伝記II』や『カオスシード -風水回廊記-』で一気に名が知れ渡る。
また、原作レイプ覚悟の良作として有名な『ロードス島戦記 邪神降臨』、シリーズ最高傑作と名高い『不思議のダンジョン 風来のシレン外伝 女剣士アスカ見参!』の開発元でもある。

ハード末期に作品を出す等してヒット作に恵まれないが、質の高い作品が多く、コアなファンに支持され続けている優良メーカーであった。
しかし2006年、アルテピアッツァと共に開発に参加した『新牧場物語シリーズ』では『イノセントライフ-新牧場物語-』が残念な出来になり、『ルーンファクトリー -新牧場物語-』はとんでもないバグゲー(及びその他諸々)となってしまう。その結果、『新牧場物語シリーズ』は2作で終わる事になった。

皮肉にも『ルーンファクトリー』は当時自社最高クラスの5万本の売上を記録したため、「『ルーンファクトリー』のネバーランドカンパニー」と有り難くないイメージまでついてしまう。
その後、『ルーンファクトリー』は本家から独立してシリーズ化。残念ながら続編『2』でも前作同様の轍を踏んでしまうが、『フロンティア』及び『3』では、まるで今までの借りを返すかのような良作となり、その後の新作も一定以上の評価が得られる人気シリーズへと成長して行った。

だが2013年11月29日に事業停止、破産手続きに入ることを発表。近年の事業低迷に加え、資金繰りの悪化が原因とのこと。

株式会社ハドソン(合併消滅)

1973年に創業。当初はアマチュア無線ショップだったが、80年代初期からはパソコンソフトメーカーの大手になる。ファミコン黎明期の頃に、サードパーティのメーカー第一号として「ロードランナー」を発売。
以降、『高橋名人の冒険島』『スターソルジャー』『ボンバーマン』などのヒット作品をリリースする。この頃からは「月刊コロコロコミック」の小学館とのタイアップを行い、ファミコンブームを一斉に盛り上げていた。

1987年には、日本電気ホームエレクトロニクスとの協力で、PCエンジンを開発。90年代は、自社のPCエンジン、ライバル企業のスーパーファミコン、メガドライブとゲーム機の覇権争いを展開。
しかし、メインバンクとしていた北海道拓殖銀行(通称拓銀)が1997年に経営破綻してしまい、資金繰りが悪化。なんとかしようと携帯電話向けの事業に乗り出すも、全く状況は好転しなかった。
2000年代に入ると業績が悪化し、2005年にはコナミグループの一社に加わる。
2011年4月、コナミデジタルエンタテインメント(以下KONAMI)の完全子会社となる。以後、ゲームソフト開発はKONAMIに移管し、携帯電話コンテンツの開発などを行なってきた。
2012年3月、KONAMIに吸収されて完全に消滅する。それまでは公式サイトは残っていたが、2014年現在はサイトも消滅。

また、1989年3月にPCエンジンCD-ROM2用ゲームソフト『コブラ 黒竜王の伝説』が発売され、1991年6月に『コブラII 伝説の男』が発売された。

株式会社バンダイ(事業譲渡)

1950年に設立された「株式会社萬代屋」が前身である、おもちゃ業界における超古株メーカー。
現在はゲーム部門は分割されて、ナムコとの合併で誕生した企業「バンダイナムコゲームス」となっているため、バンダイ本社はゲーム事業から手を引いた形となっている。

元がおもちゃメーカーだけあってか、80年代からファミコンを筆頭に数多くのキャラゲーをリリースしている。
しかしゲーム開発は畑違いだったのか、それともキャラゲーに特有の事情によってか、かなりの割合でクソゲーかそれに近いソフトが多い。「キャラゲーはクソゲー」のイメージ形成の元凶というべき存在であった。

ハードメーカーとしても古くより活動している。
82年から83年にかけて、海外製ゲーム機のローカライズである「インテレビジョン(IntelliVision/インテリビジョン)」「アルカディア」「コンピュータービジョン 光速船(Vectrex)」を相次いで投入、83年にはホビーパソコン「RX-78」(シャープ製)を発売。
時は流れ、94年には動画再生に特化した「プレイディア」を、そして96年にはアップルコンピュータと共同開発した「ピピンアットマーク」を発売している。
もっともこれらも尽く商業的な成功を収める事は叶わなかったが…。

99年に、横井軍平氏率いるコトと共同開発した「ワンダースワン」を発売 *13
意欲的な要素を持ちスクウェア参入やSCEの自社ソフトライセンス提供などもあったが、不安定な販売戦略がたたってか、2002年発売の「スワンクリスタル」を最後にこのハードも終わりを迎えた。その後、事業部合併に至る。

株式会社バンプレスト/コアランドテクノロジー株式会社/豊栄産業(事業撤退)

旧社名はコアランドテクノロジー株式会社(それ以前は豊栄産業)。
セガ販売で『ペンゴ』という名作を輩出する一方、『青春スキャンダル』『ごんべえのあいむそ~り~』という非常にアクの強いアーケードゲームを数多く開発していた。またコナミ販売で『WECルマン24』『ブラックパンサー』も開発していた。

1989年2月、株式会社バンダイの子会社となり株式会社バンプレストに社名変更。「ガンダム」「ウルトラマン」はもちろん「マクロス(NMK開発)」や「セーラームーン」、『スーパーロボット大戦』をはじめとするコンパチヒーローシリーズなど、バンダイ版権を活かしたキャラゲーを数多く開発・販売する。 平行してプライズゲーム機の景品開発も行っており、その中で生み出された人気シリーズ「カピバラさん」はバンプレスト内のチーム「トライワークス」の作品である。

2008年4月、株式会社バンダイナムコゲームスにゲーム開発事業を譲渡してゲーム業界から撤退する。現在はプライズ景品の開発・製造や、コンビニ等で展開される「一番くじ」などを主な業務としている。
しかしゲームからの撤退後もしばらくの間、その名前はバンダイナムコゲームスのブランド名として残り続け、「バンプレストの新作ソフト」は2014年までリリースされ続けた。

(コアランドおよびバンプレストの企業沿革は極めて複雑である。より正確な情報はWikipedia等も参照されたし。)

株式会社ビーピーエス(倒産)

ブランド名は「BPS」。黎明期の老舗メーカーであり、最初期のコンピュータRPGである『ブラックオニキス』『ファイヤークリスタル』が有名。またコンシューマゲームが定着してからは『テトリス』(ファミコン版)で大ヒットを飛ばす。
2001年3月をもって解散。

株式会社ビック東海/株式会社TOKAIコミュニケーションズ(事業撤退)

1977年に焼津ケーブルビジョン株式会社の名称で創業。翌年にビック東海に名称変更。
1986年にゲームソフト業界に参入。ファミコン用ソフト『アイギーナの予言』を発売。以降、アーケード、任天堂、セガ系ハードを中心にゲームソフトを開発。
1993年発売のメガドライブの『バトルマニア大吟醸』を最後に、ゲーム事業を撤退。2000年代はインターネット事業、ケーブルテレビ事業に移行。
2011年4月にエネルギー事業のTOKAIと共に共同持株会社株式会社TOKAIホールディングスを設立し、経営統合。
同年10月に株式会社TOKAIコミュニケーションズに社名変更。TOKAIグループの子会社として今日に至る。

ヒューマン株式会社(倒産)

『ファイヤープロレスリング』シリーズや『フォーメーションサッカー』シリーズで知られるゲームメーカー。1990年には世界初のゲームスクールと言われる「ヒューマンクリエイティブスクール」を設立。またNEC-HEと合弁で「ヒューネックス」を設立し、PCエンジンやPC-FXのソフトを開発した。
しかしアーケードゲームへの参入失敗により多額の赤字を計上。1999年に和議申立。2000年に専門学校を売却して破産。
開発スタッフや人気タイトルの知的所有権はスパイクが受け入れた。他社に売却された専門学校は2003年に廃校となる。
著名な出身クリエーターには須田剛一、志倉千代丸、河野一二三などがいる。 ちなみに現在存在する、資格学校を経営する「ヒューマンアカデミー」とは全く無関係。

有限会社富貴商会/フウキグループ(消滅?)

京都にあった会社。元々ゲームセンター経営や基板販売を行っていたらしい。宮城県の自動車修理業の「富貴商会有限会社」とは恐らく無関係。
家庭用やアーケードでいくつかのゲームを出していたが出回りは非常に少なく、特に対戦格闘ゲーム『アシュラブレード』『アシュラバスター』は雑誌「アルカディア」で特集も組まれたものの「本当に正式稼働版が存在するのか?」という旨の投稿が何回も掲載される程
『アシュラブレード』『アシュラバスター』の製作に至ってはかなりきな臭い事情があったようで、2chで当時のスタッフの一人が内部告発に近い形でそれをぶちまけ、お祭り騒ぎになったこともあった。
公式サイトは2015年春でも一応残っていたが、トップページと2011年3月25日の基板取扱業休止のお知らせ以外はデッドリンク。ゲームセンターは全て閉店・グループから独立したらしい。各種就職情報サイトに残っているデータには「フウキビル3F」とあるが、ストリートビューで見ると該当の住所に3階建て以上の建物は無い…。

株式会社フライト・プラン(倒産)

サモンナイト』シリーズや『BLACK/MATRIX』シリーズの実製作を手がけたゲーム開発会社。現在は公式サイトが消滅、自社ビルも解体していることから、事業停止したと思われる。
2014年現在、旧スタッフが立ち上げた企業に、アポロソフトとフェリステラがある。特に後者の会社は、サモンナイトシリーズの開発の他、コンパイルハート作品の開発も手がけている。

  • 良作項目のあるソフト…サモンナイトシリーズ(クラフトソード物語:1/2/はじまりの石)

株式会社ホット・ビィ(倒産)

広告代理店内の企画部門が、1983年に独立して設立。
1987年、伝説のクソゲー『星をみるひと』を生み出し、一躍別の意味で有名になる。
一部ではクソゲーメーカーと見なされることが多いが、元々パソコンではそれなりに知られたメーカーであり家庭用ゲーム機進出後はアーケードゲーム(『中華大仙』『インセクターX』)にまで手を広げていた。
1993年『バズー!魔法世界』の発売日の翌日、手形の不渡りを出して倒産した。
後にスタッフの一部が株式会社スターフィッシュ・エスディを設立した。
スターフィッシュのゲームにホット・ビィの関連作(鋼鉄帝国、スーパーブラックバスシリーズなど)があり、実質上、ホット・ビィの遺伝子はこの会社が受け継いでいる模様。

株式会社ユーピーエル(倒産)

元の名前はユニバーサルプレイランド。株式会社ユニバーサル(後のアルゼ、現ユニバーサル・エンターテインメント)の子会社で、1984年にUPLに改名している。
製作ソフト数は決して多くないものの『宇宙戦艦ゴモラ』や『忍者くん 阿修羅の章』『ぺんぎんくんWARS』と言った隠れた名作が多く、古い作品であっても若いファンも多い。
世界設定やBGMにどこか悲壮感が漂うのが特徴であり、無機質で無骨なドット絵も評判だったが、如何せんどの作品も地味であったため売れ行きは芳しく無かったようである。
また、ハドソンの人気シリーズである『ボンバーマン』も製作予定であったが、著作権料の問題で折り合いがつかず、万策尽きて1992年に倒産した。

株式会社マイルストーン(営業停止または倒産)

旧コンパイル従業員を中心に2003年に創業。創業当初は外注中心だったが、2004年から自社作品の開発・販売を行うようになった。
『ラジルギ』、『カラス』などの電波系シューティングゲームのほか、任天堂ハード向けの教育ソフトもリリースしていた。
子会社にはバイオエタノールを扱う企業としてMSバイオエナジーがある。しかし、2013年3月5日にマイルストーンの社長が、金融商品取引法違反で逮捕された。
現在はサイトが閲覧できない状態が続き、事実上の活動停止状態になっている。マイルストーンの従業員は独立して株式会社クロンを立ち上げ、
マイルストーンの一部作品の開発を引き継いでいた。(2014年11月をもって開発終了している。)

株式会社ミッチェル(消息不明)

主にアーケードゲームでパズルやアクションゲーム、脱衣ものを制作していた。
有名な作品は『パズループ』シリーズ(行列ナゲループ等)、かつてカプコンで『ストライダー飛竜』を手掛けたスタッフによる『キャノンダンサー』、読みにくいタイトルがインパクト大な『チャタンヤラクーシャンク』、カオスな展開の『ミラージュ 妖獣麻雀伝』等。
1960年設立、2012年11月頃に新入社員の採用を休止し、その後公式サイトが消滅。

株式会社ライジング(合併消滅)

1993年設立。東亜プランのハードウェアと開発者の一部を受け継ぎ、質の高いシューティングゲームを開発した。代表作は『魔法大作戦』シリーズ、『バトルガレッガ』、『蒼穹紅蓮隊』など。
兄弟会社である株式会社エイティングと同時に設立されており、当初はライジングが開発を、エイティングが販売を担当する形をとっていた。ゲームのクレジットも「8ing/RAIZING」という表記である。
2000年10月、エイティングに吸収されて解散。



*1 社員がtwitter上で連絡を呼び掛けるなどの異常事態となっていた。

*2 『ドラゴンクエストシリーズ』が出た年と出ない年で売り上げが違う(と株主から突き上げを食らう)事に対して、売り上げを安定される目的で始めたのだとか。

*3 処女作であったハードボイルドADVの『I』がコケて、美少女とアニメを売りにした本作がヒットしたのが、同社がビジュアル偏重になった原因と噂されている。

*4 こちらも(半裸の)美少女とアニメが売り。

*5 もっとも前述の通り、電友社時代からビジュアル重視あるいは偏重したPCゲームをいくつも作っており、特に『クルーズ チェイサー ブラスティー』のようにビジュアル偏重が裏目に出た作品も初めてではなかった。PS時代に入って突然方向性が様変わりした訳ではなく、むしろ元々あった潜在的要素がハードの発展により強く出るようになったとも言える。

*6 「データイースト・コーポレーション」の略。ロゴも「DC」である

*7 ただし営業部が勝手に作ったコピーなので、それを知った開発部が「何処が変なんだ」と憤ったとか。天然か?

*8 当時のゲーメスト誌からも「普通のメーカーならお姫様(=美女)を助けるところを大統領(=おっさん)ばかり助けている」と指摘された。

*9 「ウルフファング」「チェルノブ」「ヘラクレスの栄光」はパオン、「探偵神宮寺三郎」シリーズはワークジャム、「メタルマックス」シリーズはクレアテックとKADOKAWAが保有している。

*10 というか「ゲームはOPデモのおまけ」というのがこの会社の評価でもあった。

*11 ユーザーからの通称は「デスティニー2チーム」

*12 元社員の吉田健志がmixi内で証言している。

*13 しかし、本機発売以前に横井氏は事故死されている。